第8話 突然の金曜日と、四人の三連休旅行

チャイムが鳴り響き、ようやく五時間目の授業が終了した。


「……はあ」


僕はイスの背もたれに体重を預け、大きく息を吐いた。 平穏を願った高校生活は、昼休みに美少女二人から手作り弁当を押し付けられるという、とんでもない展開を迎えている。そして明日からは週末だ。


「よし、解放される……三連休はひたすら寝るぞ」


そう心の中で誓った瞬間、担任が笑顔で告げた。

「今日は金曜日だが、珍しく特に伝えることはない。まぁ来週も頑張れよ。解散!」


ガタガタガタッ!


担任が教室を出るか出ないかのうちに、教室内は一気に騒々しくなった。明日からの連休に歓喜する生徒たち。


「翼! 翼、ちょっと待て!」

僕が帰宅準備を始めようとすると、親友の陽介が、異様なほどニヤニヤした顔で僕の机に覆いかぶさってきた。


「なんだよ、気持ち悪いぞ」

「お前さ、明日からの三連休、予定空いてるよな?」

「予定? もちろん、ゲームと睡眠でびっちり埋まってるけど」

「残念! その予定は全部キャンセルだ!」


陽介は満面の笑みで、爆弾を落とした。

「お前も愛梨も萌香も、明日から二泊三日でディズニー旅行に行くぞ! ランドとシー、両方だ!」


「…………は?」


僕の頭の中は、一瞬で真っ白になった。


「いやいや、待て待て待て! 何を言ってるんだお前は! いつ誰がそんな計画を立てたんだ!?」

「え、私たちみんなで行くんでしょ?」


僕の左隣から、呆れたような声がした。 姫野 萌香だ。彼女はリュックを背負いながら、当たり前のように言った。


「陽介からLINEあったじゃん? 『翼の慰安旅行を計画するぞ!』って。私と愛梨で、大体乗りたいアトラクションとか決めたよ!」

「慰安旅行? なんだそれ! 俺は聞いてないよ?!」


すると、僕の正面から、秋本 愛梨が静かに立ち上がった。彼女の瞳は、入学式の宣誓の時と同じくらい真剣だった。


「ごめんなさい、翼。事後報告になったのは許して。でも、これは決定事項なの」 愛梨はそう言うと、一枚の紙切れを僕の机に置いた。

それは、豪華なホテルのスイートルームの予約確認書と、パークチケットの引換券だった。


「チケットとホテルは、私が手配したわ。翼は、本当に何も気にしなくていい。入学のお祝い、そして……これからの高校生活を頑張るための、私たちからの慰安旅行よ」


超エリート校のトップ合格者が、僕の予定を勝手に決め、費用を負担している。 陽介は僕の肩を叩き、耳元で囁いた。

「翼、諦めろ。美少女二人がここまで準備したら、ノーとは言えねえだろ。費用も愛梨が全部持つって言うんだから、ありがたく受け取っとけ」

「おい陽介! お前も便乗してるだけだろ!」


「とにかく、今夜は急いで準備! 明日の朝8時に東京駅で待ち合わせだからね!」

萌香はそう言うと、僕の腕を掴み、そのまま勢いよく教室を飛び出した。


駅までの帰り道。 僕の右腕に抱きつき、嬉しそうに連休の計画を語る萌香。 その萌香を牽制しつつ、僕の鞄の肩紐をそっと掴み、歩調を合わせる愛梨。 そして、楽しそうに笑いながら、僕たちの少し前を歩く陽介。


「ねえ翼、シーのタワー・オブ・テラー、絶対一緒に乗ろうね! 絶叫系、苦手でしょ?」

「苦手とか関係なく、なんでお前と乗るんだよ」

「決まってるでしょ? 翼が怖がって、私に抱きついてくるかもしれないじゃん!」


萌香がニヤニヤしながら僕を見上げてくる。


すると愛梨が静かに口を開いた。

「萌香。タワー・オブ・テラーは、グループで座るわ。翼、私は景色を楽しみたいから、隣で静かにしてくれる?」

「愛梨、何言ってるの!? 絶叫系で静かにするなんて不可能だよ!」

「不可能に挑むのが、透花大付属の生徒でしょ?」


また始まった。僕を巡る、直接的で意味不明な代理戦争。 しかも、今回は二泊三日、逃げ場のない夢の国での戦いだ。


「いや、そもそも俺は行きたく……」

「今夜、電話するわね、翼。持ち物リストを共有するから」

「え、電話?」


愛梨はそう言うと、小さく手を振り、通学路の途中で優雅に別れていった。


「もう! 愛梨ったら、また翼を独り占めしようとして!」

萌香はそう言いながらも、僕の腕を離さない。

「とにかく、翼! 覚悟しときなさいよ! 三連休、絶対に愛梨より私の方が翼をドキドキさせるからね!」


夜の帳が下り始めた頃、僕は萌香からようやく解放された。

明日から三日間、僕は夢と魔法の王国で、二人の美少女による熱烈な攻防戦のサンドイッチになるらしい。 しかも、完全にお膳立てされた、デートのような旅行だ。

……もはやデートでは??


大好きな彼女を僕は知らない。 だが、その彼女との距離が、決定的に縮まる三日間が始まろうとしていた。

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