【偉大なるジャイアント馬場】掌編小説

統失2級

1話完結

過去のアメリカにおける人種差別は現代よりも凄惨で、現代よりも何倍も卑劣なものだった。20代の頃、私はハーバード大学で法律を学ぶ黒人学生だった。私は天下のハーバード大学に入学出来たという実績で有頂天になっており、世界の主役にでもなったかの様な高揚感に包まれ毎日を過ごしていた。そんなとある日、私は気まぐれで入ったレストランで想定外な人種差別に遭遇し屈辱感を与えられる事になる。入店した私を見付けた白人の中年男性が私に近寄って来ると、彼は店主を名乗り、私の目を見ながら臆面もなく「この店には黒人に出す料理は1つも無い。さっさと帰ってくれ」と言い放って来たのだ。私はその男性に抗議する事も出来ず、傷心のまま自宅に帰宅する事になった。私の華やかな青春は無残にも残酷に粉砕されてしまったのだ。その深夜、重く沈み込んだ気持ちのままテレビを点けると、過去のモノクロ映像のプロレス番組が放送されていた。画面には威風堂々とした東洋人の巨人が映っていた。その巨人は身軽な仕草と力強い仕草で、白人レスラーを一方的に追い詰め苦しめていた。私は彼の戦いざまを目撃し、魂が揺さぶられる思いがした。テレビ画面に映っていたのは東洋の大巨人、ミスタージャイアント馬場だった。偉大なるミスター馬場の前では屈強なる白人レスラーもまるで臆病な子猫同然だった。ミスター馬場は白人レスラーに何発ものチョップを喰らわし、投げ飛ばし、最後はドロップキックで吹っ飛ばしてフォール勝ちを収めていた。その瞬間、会場からは耳を劈くような馬場コールが沸き起こっていた。有色人種でも努力すれば勝者になれる。有色人種でも強ければヒーローになれる。眼光鋭いミスター馬場は傷心の私にそんなメッセージを送ってくれているかの様に思えた。その後の私はミスター馬場を見習い力強く生きる事を決心し、全身全霊でそれまで以上に努力と研鑽を重ね、規律ある生活を心掛けた。そして、光輝く自らの魂に「人種差別には断じて屈しない」と力強く誓った。私は一切誇張する事無く断言する。人種差別が日常的なアメリカ社会で私が成功出来たのは、全てミスター馬場のお陰だったと言っても過言ではないのだ。もしも、ミスター馬場が存在しなかったなら、アメリカ合衆国第44代大統領バラク・オバマという私が生きる世界線も存在しなかった事だろう。大袈裟に聞こえるかも知れないが、これは核心的な事実である。私は生涯、ミスター馬場への感謝の念を忘れる事は決して無い。しかし、人の命とは儚いものである。残念ながらもあれほど強靭だったミスター馬場も病には勝てず、1999年には惜しまれつつ他界してしまった。私はその一報を聞いた時、両膝から崩れ落ち、両目から溢れ出る大量の涙を止める術も知らず、ぼやけた視界に悲痛なる精神を委ねる事しか出来なかった。もう、この世には私が心の底から憧れたミスター馬場は存在しない。私の心を支え続けたミスター馬場は存在しない。そう考えると私は鋼鉄のハンマーで後頭部を殴打されたかのような心境になっていた。しかし、心の傷は時間が癒してくれるものだ。その後、ミスター馬場の死から立ち直るには3ヶ月以上の期間を要する事になってしまったが、今の私は強力に確信している。ミスター馬場は天国から地上の全ての有色人種に向けて力いっぱいのエールを送っていると。力いっぱいのエールで全ての有色人種を応援するミスター馬場は世界中の有色人種の精神的支柱であり、永遠に色褪せぬ人類史上最大のヒーローなのだと。

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