私は、こうして「こたつ記事」のライターになった

 あの頃は小説を書くのが楽しくて仕方なかった。高校生のとき、アオイは文芸部に所属して小説を書き始めた。登下校の電車の中でもストーリーを考え、授業中もノートの隅に思いついたアイデアを走り書きしていた。部の仲間たちの中では、アオイの筆力は頭一つ抜けており、「将来は小説家だね!」と冷やかされていたし、自分でもそれを信じて疑わなかった。

 進学先も文芸創作を学べる大学を選び、ゼミで小説家でもある教授の指導を受けつつ、創作を続けた。


 だが、そこで知った世界は広すぎた。

 ゼミの先輩たちは才能にあふれていた。早くも有名文芸誌のコンクールに入賞する者、ネット上で作品を発表し圧倒的な評価を得る者。一方で自分の作品は「構成が弱い」「描写が平板」と酷評された。大学生活も後半になると、創作意欲は完全に削がれていた。


 それでも文学への思いは捨てられず、方向転換を図った。書き手ではなく、作品を世に出す側になろう。文芸誌の編集者を目指す就職活動が始まった。


「文芸誌の編集に興味があると」


 面接官は穏やかな表情でそう言い、続けた。

「ただ、ご存知の通り出版業界は厳しい状況です。特に文芸誌は部数が年々減少していて、単体では収益が難しくなっています。弊社でも『文學季報』のオンライン版の強化や、人気作家のオーディオブック展開、さらにはSNSを活用した新人発掘プロジェクトなども進めているんです。これからの編集者には従来の紙媒体だけでなく、こうしたデジタル展開にも積極的に関わってもらいたいと考えています。ぜひ若い世代の感覚を生かしたいと考えていますが――もし採用になったら、やってみたい企画などありますか?」


 大手出版社の面接。アオイはしどろもどろとなるばかりだった。


「あの、はい…でも、小説にはネットにはない力があると…」


 面接官の表情が曇るのが分かった。


 結果は不採用。他の出版社も同様だった。文芸誌の採用枠自体が極端に少なく、あっても「デジタル戦略に理解がある」「SNSでの発信力がある」といった条件が加えられていた。アオイは何社も落ち続けた。


 そんな中、学生時代からバイトをしていたFLMニュースの編集長から声がかかった。

 学生時代のアオイの仕事は、編集部のCMS投稿の補助が中心だった。記者が書いた原稿をシステムに入力し、タグ付けや画像の添付、SNSへの投稿文作成などを担当していた。そのほかにも校正作業や、公式TwitterとInstagramのアカウント更新、電話対応、来客時のお茶出しなど、編集部の雑用全般をこなしていた。特に専門知識はなかったし、ネットにも疎い方だったが、几帳面な性格で重宝されていた。


「卒業後、うちで働きませんか?」


 それ以前から、手が足りないときなどに、アオイは簡単な原稿を書かされていた。編集長は「なかなか筋がいいですね」と言いつつ、真っ赤になるほどの修正を入れて戻してきていたのだが。


「契約ライターとして記事を書いてくれるなら、1本いくらで原稿料を払いますよ。就職先が見つかるまでのバイト代わりにどうですか」


 当初の原稿料は一本3000円。それでも、一日3本も書けば1万円弱の収入にはなる。就職先が決まらないまま卒業を迎えようとしていたアオイは、「一時的に」という気持ちでその話に乗った。

 たいしたモチベーションもないまま始めた仕事ではあったが、編集長に言われるままに書くうち、自分でもコツがつかめてきた。いつの間にか毎日3、4本のこたつ記事を書くことが日課になり、アオイの専門分野と言われるまでになっていた。


 気づけば大学卒業から3年。もう26歳。当初「一時的に」と思っていた契約ライターの仕事は、いつの間にか生活の中心になっていた――。


 パソコンからチャット音が鳴った。別のライターからのメッセージだ。アオイは我に返り、スマホを手に取った。インスタグラムのアプリを開き、ネタ探しを再開する。

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