もう少しだけ

第1話 10年ぶりの再会(side遥)

もう、1年ないんだろうな。

 余命宣告を受けて1年、最後であろう誕生日。それが今日、3月26日。

 私は病院の中庭にいた。


「なぁ、何してるんだ?」

 だれ、だろ。聞き覚えのない、男子の声がする。

「別に、何もないですけど」

 今は話しかけないで欲しい。もう、この日を、誕生日を、迎えられないんだろうから。

「そーなのか?俺には、そうは見えないけどな」

 顔を覗かせてくる。こんな人、会ったことあったっけ……?

「よっ、覚えてるか?はるか

 なんで、私の名前知ってるの?

 覚えてるのかって、全然わかんないんだけど。

「えっと……?」

「覚えてねーのか?流星だよ。小1の時のクラスメイトだった」

 流星……えっ、りゅう君⁉︎

「……!りゅう君?なんで、ここに居んの……?」

 りゅう君……吉原流星よしはらりゅうせい君。私の小1の時のクラスメイト。小2で転校したから、かなり前に会ったっきりの、私の……初恋の人。

「ばーちゃんがここに居るんだよ。こないだ山菜取りに行って骨折ったんだとさ。んで店しばらく閉めっぱなのもあれやから、春休みだしこっち来た。今母さんが店開けてる」

「そっか、りゅう君のおばあさん、ここに居るんだ。お店やってたのは聞いたことあったっけ」

「おう。んで、なんで遥はこんなとこに居んだ?そのカッコ、入院してんじゃないの?」

「……秘密。入院してるのはほんとだけど」

 そりゃ、院内着にカーディガンじゃバレるよね……。

「教えてよー。誰にも言わんからさー?」

「……言わない。本当に知りたい、んだったらさ。また来てよ。少なくとも春休み中はおるからさ」

 もう一回でいいから、りゅう君に会いたい。気づけば、そんな頼みをしていた。

「いいけど……教えてくれよ?」

「……たぶんね?」

「またな、遥」

「……うん」

 バイバイ、と手を振るりゅう君。控えめに手を振りかえす。

 りゅう君に、また会える。また、話せるんだ。




「よっ、はーるか」

 一昨日とおんなじ中庭のベンチにいたら、りゅう君がきた。

「りゅう君……来たんだ」

「お前が来いって言ったんだろ?」

 そうだけど、来てくれるとは思ってなかったし。

「まぁ、ね。で、やっぱり知りたいの?なんで私がこんなとこ居るんか」

「そりゃ気になるからな?」

 りゅう君だったらいっかな……余命のことも、話しちゃおう。

「絶対、言わないでね。おばさんにもおじさんにも、おばあさんたちにも。……私、ね。脳の病気なんだ。症例もあんまないみたいで、治療もほとんどできないって。……余命宣告も、されたの。あと……1年ない。ママはどこかに行ったし,パパにはこのことすら伝えてるのかわかんない」

 空気がズンっと重くなる。



 私の病気がわかったのは、高1の夏だった。梅雨も明け、夏休みが近づいてきた頃。文化祭の準備が始まる頃。

 特待生として市内の私立高校に入学して、新しい友達もできて。虹色に輝いていた日々は、その日を境にどんどんくすんでいった。

 朝起きたら、頭が割れるように痛くって。病院に行ったら精密検査を受けてくださいって、大学病院の紹介状を渡されて。

 そのままその病院に行ったら検査が始まって。採血とかはともかく、よくわかんない検査ばっかだったっけ。

 検査結果は、脳に腫瘍があるって事らしい。珍しい症例な上に、場所が場所で手術で取ることができないから、対処療法しかできない。長く生きれないだろうって言われた。

 何種類もの薬が処方された。前と同じような生活は送れなくなった。どうしても制限があったから。激しい運動はできないから、入っていたバド部も辞めた。体育は見学。体育祭なんてもってのほか。

 余命宣告されたのは、その年の終わりの春休み。あと2年だって18の誕生日は迎えられないかもしれないって。そして2月、定期検診で入院が決まった。学校も休学することになった。

 経過観察がメインの入院だから、外泊許可も出せるときもあると言われたけど,そんな気は起きなかった。もういいやって,投げやりになってたから。

 病気がわかったときも,余命宣告をされたときも,不思議と涙は出てこなかった。きっとわからなくなってたんだろうな。自分というものが,存在する理由が。

 余命宣告されてたとき,私よりショックを受けていたのはママだった。そして2月の入院の日の翌日、ママが居なくなった。

 元々パパは仕事人間で、学校行事とかに来てくれたことなんて、なかった。ママが居なくなって、ずっと私は1人だった。パパに余命宣告のことは話せなかった。会えなかったから。連絡先もよくわかんなかったから。

 

そして最後の誕生日が、一昨日だった。


「……それ、ほんとに俺に言ってよかった?」

「いいよ。……りゅう君、私の……ううん、なんでもない」

「遥のなんなんだ、俺は……そういえば、今高校行ってんの?」

「一応休学中だけど、そのうち辞めるでしょ。どうせ死ぬんだし」

 助かんないんなら、死ぬんなら、行かんくてもいいでしょ?つまんないし。

「……死にたいのか?」

「死にたい、わけじゃないけど。生きれんし、やりたい事もないから、死んでもいいよ」

「……なぁ、遥。……最後に、俺と付き合って欲しい。俺、遥のこと、好きだったから。最初は思い出作りでもいいから、付き合ってくれないか」

 付き合う……?彼氏彼女って、こと……?

「りゅう君……どういう事……?」

「俺の初恋、遥なんだよ。転校しちゃって会えなくなって、気持ちなんか伝えれなかったけど、ずっと、もう一回会いたいって、好きって言いたいって、思ってた」

 りゅう君が、そんなふうに思ってくれてたなんて,知らんかった……でも,嬉しいな。

「りゅう君……喜んで、お受けします……私の初恋も、りゅう君だから……!」

「!遥、ありがとう!」

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