第5話 黄金毒花姫




黄金毒花姫と影で呼ばれる少女がエストラート王国王宮内を、メイドのアンと共に歩いていた。


制服姿ではなく、少女が描いた意匠のドレスを纏って。

赤基調に黒の差し色の意匠は、彼女の強い意思を体現するように、際立つ存在感を放っている。

斜めに作られたドレスの裾の下、生々しく白い右足が太ももからして見える。

制服と同じく、煽情的であり攻撃的な意匠であった。


豪奢な廊下の上。

すれ違う官吏や従僕、使用人に至るまで、爵位に差はあろうが皆一人残らず貴族である。

その誰もがすれ違う黄金毒花姫の歩く邪魔にならぬよう脇に避け、立礼を取る。

当の黄金毒花姫は目礼を返すのみ。


これだけを切り取ってみれば、彼女の爵位が上位も上位で、彼女が膝を折る相手が限りなく少ない事が想像されるのだが、

「アフィリア殿!そう自由勝手に王宮に出入りされると困るんだがっ!」

苛立ちを隠せない声色が、黄金毒花姫―――アフィリアに浴びせられた。


アフィリアは、廊下の先に立ちはだかる声の主と、数人の取り巻きを眺め表情を変えぬまま―――

その横を素通りした、完全に無視して。


「―――!」


無視され絶句する声の主。


「ぐ、失礼ではないか!お、王子であるホールデン殿下を無視するなど!た、ただの預かりの身でっ!」


怒りに唾を飛ばしながら声を荒げたのは、取り巻きの一人である


アフィリアに最初に声をかけたのは、確かにこのエストラート王国の第三王子である。

取り巻きの言を借りるなら、アフィリアはエストラート王国に預かってもらっている立場であり、お世話されている身分である。


その預かりの身でありながら、王子とその取り巻きの非難に、アフィリアは歩みを一切止めぬまま、進む。


「アフィリア様、宜しかったのですか?」


斜め後ろから、専属メイドのアンが心配で声をかけたが。


爵位も高くないただの取り巻きが、すぐに頭に血を登らせて相手を非難する………。

その行為が、自分を取り巻きの一人として側に置いている、彼自身が主とする相手にどう影響するかも考えず、唾を飛ばして喚こうが、アフィリアには蛙が「グヘエ」と鳴くのを聞くのと同じである。

少し不快だが、どうでも良い。


「よい。いちいち蛙ごときに構っておれぬ」


アフィリアはアンにそう返した。


そして、取り巻きが短慮であるのと、彼の王子様は大差はないのだが、彼の従者であるハングス=イグニールは、何を考えてか積極的に口を出さないでいるようだ。

聡明だと聞く。

王子より年上で、王子もハングスの諫言なら聞く、とも。


「ハングス殿は、王子様をどうするつもりなのやら………」


独り言ちたアフィリアだが、それもアフィリアにはどうでも良い事である。


アフィリアは廊下の先、ひと際豪奢で巨大な扉の前に立った。


扉の両脇には護衛騎士が立ち、無言だがアフィリアの動向に注意を向けるのみで、握る槍を動かすこともしない。

しかし、もの言いたげな無言が、アフィリアにはその心の内が聞こえるようだ。

「開けずに去れ!去ってくれ!」

である。


その護衛騎士の沈黙の願い虚しく、アフィリアは入室の伺いも何も一切しないまま、扉を開いた。

「「………っ!」」

扉をくぐる時、護衛騎士の落胆の吐息を感じた気がしたが、それもどうでも良い事である。


目の前にいるのは、エストラート王国国王ハレインド=ドゥエ=エストラートと、宰相以下数名の上級官吏や近衛兵である。

何かの報告中だったのか、官吏たちの手には資料と思しき紙の束が握られていた。

国王ハレインドは、計算高いと評される視線鋭い壮年の男である。


その王の王室に、アフィリアは許可を求めることなく勝手に入った。

メイドのアンこそ、彼女自身の今後の立場を考えて扉の外に待たせたものの、即刻重罰を与えられてもおかしくない所業である。


しかし、エストラート王ハレインドはアフィリアを見て、ため息をこそ吐き出したものの、怒ることもなく、

「今度は何用かな。アフィリア殿?」

落ち着いた口調で問うた。


宰相も上級官吏たちも、眉根を寄せて不快感は隠せていないが、口をはさむつもりもないらしい。


「陛下のご機嫌うかがいですわ」

日頃の少々尊大な口調を控えたアフィリアはそう返したが、ハレインドはそれを意味のない挨拶と知りながら、

「アフィリア殿がエストラート王族を腰抜け呼ばわりしたと聞いた。よって機嫌は良くない」

と嫌味を込めた挨拶を返し、

「あら、あの時私に直接抗議する者はおりませんでしたのに、後でご注進とは。陛下も心強い民に囲まれ、さぞご安心でしょう?」

お前の民は、王家を侮辱された場面で黙っていたのに、コソコソ告げ口するだけとは意気地がないな、と痛烈な嫌味を返した。

ハレインドの眉根の皺が深くなり、アフィリアは口角を上げた表情を崩さない。


「挨拶も済んだ。本題に入ってもらいたいな、アフィリア殿?」


ハレインドは、静かに息を吐き出し、少し高ぶった精神を鎮めて本題へと話を向ける。


「グランデリアは、お願いが三つございます。陛下?」

わざと家名を名乗ったアフィリアに、

「お願いが、多いことだね。アフィリア殿?」

わざとフォーストネームに変えて返すハレインド王。


名前一つで圧力を掛け合う、二人の視線が交錯する。

二人は、薄笑顔を張り付けた無表情で向かい合い、しばし。


そのアフィリアが目を見開いて、

「そのようなこと!陛下ったら意地悪ですのね!」

アフィリアはいつもの口調を令嬢口調に変えて、口をとがらせて見せるから、

「分かった、聞こう。余で遊ぶことは控えられよ。臣下の目もある」

とハレインド王は硬い声で応じた。



◆◆◆◆



「ど、どうして?僕が、誰と、何をしろと?」


アフィリアに聞かされたばかりの内容に盛大に驚き、怯え、震えるルカを前に、

「第三王子と、模擬戦を」

そうアフィリアが答え、

「む、無理ですぅ!」

ルカを涙目にした。



ルカがアフィリアの妖精人形を完成させた後、

「これ程の妖精人形に見合った礼を考えておく」

その言葉をルカは、アフィリアの最大限の賛辞として受け取って帰った。


家に帰ったルカは、疲労から三日寝込み、それからさらに四日後に学校に再び通うようになった。

心配していたトマスやロンドに事情を話し、作った妖精人形の話をしたら驚かれ。

休んだ三日間でアフィリアに作ったものと全く同じに作ったフィを見せたら絶句されて。

今までで最良の妖精人形を完成させた満足感を胸に、ルカは日常生活に戻ったはずだった。

ルカがアフィリアに妖精人形を渡してちょうど8日目、アフィリアからの使いが来て、アフィリアの元で、信じたくない衝撃の要請を聞くまでは。


「な、何のために?」

「妖精人形の価値を証明せよ、と」

「ど、どうして?」

「エストラート騎士団の中で、妖精人形を使う成人への非難の声が大きいのだ。妖精人形は子供の玩具であり誇り高き騎士が使う物に非ず、とな………」


アフィリアは、自分の妖精人形クインを眺める。

それはルカ製で、アフィリアはその姿に確かな満足感を感じて笑んだが、次に吐き出す内容には不満しかない。


「今では、騎士にとどまらず王国民全てに向けて、妖精人形を隠れ持つ者がいるのではないか?探し出して、その在り方を正すべきではないかなどと、より強い排除思想になりつつある」

「そんな事されたら………」

「エストラート王は、この問題を解決されたいのだ。妖精人形使いに機会を与えることで」

「機会とは?」

「妖精人形が、妖精武装に勝って、価値があると証明する機会だ」

「そんな大事な場面で、なんで僕なんですかぁ?」

「公平さが前提だからな。第三王子と近しい年齢の相手であり、同じ生徒という括りでより公平性を示すなら騎士学校に絞られる。さて、この騎士学校で妖精人形を連れている者がそう居ると思うか?」

「アフィリア様だって―――」

「私の様な、か弱き女が戦える訳なかろう?」

「ぐ………」


ルカは一瞬、アフィリアは果たしてか弱いのだろうかと逡巡したが、ルカが逃げて女性を戦わせるのも、それは酷い仕打ちに思えたから、ぐぬぬと唸る。


そこに、アフィリアが上目遣いでルカの目を見て、

「ルカなら、戦ってくれよう?」

と困ったように眉をハの字にしてお願いしたが、

「む、無理ですぅ………」

それくらいで折れるほどルカの弱気は、弱くなかった。


ルカは騎士学校の生徒だが騎士科ではなく、戦う訓練など行われない商工科生徒である。

模擬戦が仕方ないとしても、なぜ相手が王国の第三王子なのだ?

ルカの中で整理された、要求の理不尽さが数えられていく。


「やらねば、この国で妖精人形を連れて外を歩くことは叶わなくなるが、良いのか?」

「ぐ………」

「逃げて、これから妖精人形を好きになる同士に、今以上の日陰の道を用意するのか?」

「ううぁ………」

「しかし、………勝てばどうなる?」

「え………」

「妖精人形は子供の玩具に非ずと、妖精人形を持つ者は軟弱者に非ずと、妖精人形は妖精武装に決して劣らぬ存在であると―――国中に示せるが、どうする?」

「くう………」

「何より、妖精武装に勝つのはフィだ。お主の愛して止まぬフィが、お主の作った妖精人形が、妖精武装を打ち破った時、皆はどう思おう?」

「くくぅ………」

「もし勝ってくれたなら、このアフィリアが世界最高峰の妖精人形工房への紹介を約束しよう」


ルカの絶望を希望にすり替え。

負の印象を、希望の印象へ誘導し。

勝つ事で得られる喜びと、最大級の褒美を鼻先に吊るして―――、

「王都のすべての妖精人形を好む者の代表として、勝ってくれよう?」

アフィリアが再び乞う。

「………はいぃ」

こうして、ルカは落ちた。

アフィリアの、いや黄金毒花姫の誘導によって。


「模擬戦はひと月後。ルカよ………死・ぬ・気・で・は・げ・め」



模擬戦を受けると心に決めたはずのルカだったが、アフィリアがそう言ったから、一層怖くなって、入念な準備をしようと心に決めた。

そう、入念な準備を。




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