異世界転生者だった夫が死んだので正妻戦争が始まった

緋西 皐

1.

 夫が死んだとき、まるで花畑のようにベッドの周りには妻がいた。私を含め、七人の女だ。夫の心臓が切れたとき、その全員が似たような笑みをしたのに驚くところではなかった。ただ私が一番、一番なのだと、自信があった。

 でも実際、夫の執事はその三日後のベッドでとんでもないものを見せてきた。夫の遺書である。内容はアリエルに遺産を与えるというものだ。私は到底、それを受け入れられず、暖炉の炭にした。


 「ミランダ様! いいのですか!」

 「ウィーン。あなたは私がキョウスケの妻じゃないとでもいうの?」

 「いえ、そうではないですが」

 「なによ! いいたいことがあるなら言ってみなさいよ!」

 「いいえ。ちょっと悲しくなっただけです」


 私はウィーンが引き出しに隠す指輪に気づいていたが、そんなはしたもので女を買えないことに気づいていない時点で話すことはない。私はローブを羽織って、すぐに行動した。

 今夜は新月。それでも暗い曇りの向こうにある星が六つだけだ。私は執事を呼んで話した――私が持っている金と、夫から貰った金品を必要なだけ売るように。そしてその金で暗殺者を雇い、他の六人を殺すように。

 私の計画は完璧だった。私は一番の妻。夫との付き合いが一番長い。従って一番金品を貰っていた。つまり一番財力があるのは私。なら戦争しても勝利するのは渡しに決まっている。だって金があれば思い通りになるのだから!――違った。私は明朝、執事からはっきり言われた。


 「ミランダ。あなたはキョウスケ殿の妻を暗殺しようとした疑いがある、危険人物なので屋敷から出て行ってもらいます!」


 フラれた男のプライドは金なんかでは動かないらしい。私はこうして屋敷から追い出された。

 そのときの他六人の目はまさに女豹のよう。そうして一層、私の遺産への欲望は大きくなった。

 私は少ない荷物、似合わないドレスを着て馬車を待った。馬車が――来ない。


 「来ないに決まってるでしょ」


 窓から七番目の妻、アンナが吐きかけてきた。


 「あんたはもう、あの人の何でもないのですから! 歩きなさいよ、その質素なドレスで!! きゃはははは!」


 アンナは正直、一番不細工だ。肌も白より赤く、そばかすが目立つ豚の鼻で、胸も一番小さい。お尻なんてカバの尻のようで見るに堪えない。私は何度も新しい妻がベッドに入ってくるのを見たが、彼女ほど酷い裸は無く、夫の前で笑いを堪えるのも難しかった。

 そういう風で彼女の扱いは最悪だった。最悪になった。下劣な彼女を人として扱う女はいなかった。アリエルくらいだろうか。その妬みが今、徐に私へ飛んできた。こんな不細工をなぜ選んだのか、私は夫の趣味をまた疑っている。


 「ここは平民が来る場所じゃないわよ。ましてや売女なんてね!」

 「はは……ははははは!」

 「何がおかしいの!」

 「面白いだけよ。芸者みたいで」

 「言ってろ。七股!!」


 私は固い固い煉瓦の地面を踏んだ。まずはこの女から殺してやろうと。


 私の財産はほとんど没収された。ウィーンが裏切るだなんて予想できなかった。なんなら夫よりも親密だと思っていたから。でも丁寧に私を追放してくれたのはウィーンの慈悲であるのは理解している。ウィーンはこのまま私が逃げるのを望んでいるのだろう。さらに丁寧に私が夫から貰ったものでちょうど鞄に入って、一番値が付きやすいものを教えてくれた。裏切った癖に未練が気持ち悪い。

 それがこの、海のように鮮やかに輝く宝石のネックレス。るしゅーれ、うんたらが二百年前にどうたらと、説明してくれたが、さすがにそこまで嘘だと疑う勇気は私にはなかった。嘘だったら呪い殺す。

 まぁでも、知り合いのエアンダルテ公爵に見せてみれば、円い眼鏡で目を凝らして、たしかにと証明してくれた。値にして五万ゴールド。


 「今までの生活を考えるとはした金ね」

 「声が漏れてますぞ、フジン」

 「どっちの意味?」

 「そこは貴方に任せますよ。私たちの間でもキョウスケが殿が亡くなってから夫人方の動向が激しいと噂になっておりまして」

 「へぇ、詳しく教えてくれる?」

 「少し値が張りますね。それでもよければ」

 「すっかり婦人ね」

 「なに平等の精神ですよ。これからどうするのです?」

 「とにかく、そのネックレスはあげるわ」

 「それで?」

 「教える義理はないでしょ?」

 「ふむ。ミランダ、あなたとの付き合いは長い。友人ですね」

 「そうね。友人。そうじゃなくていいならそうじゃくても……」

 「ははは。ふざけてる場合ですか。少しだけなら力になれるかもしれませんよ」

 「少し?」

 「ええ。少し。今日の二十六時、この住所に行ってください。もしもあなたにやる気があるのなら」

 「……うーん。変な店じゃないよね?」

 「私がそんな外道に見えますか」

 「わかった。行ってみる」

 「ちゃんとわからない恰好をしておくのですよ」

 「わかってるわよ」


 私は親切な馬車に揺られ、町に戻った。時間までぶらぶらと街を歩こうとしたけど、ジロジロと平民が見てくる、決して美女へ向けるものじゃない。私が追い出されたのを知ったのだろう。


 「へい、お嬢さん! このあと紅茶なんか!」一匹。

 「いらない! 消えろ、カス」

 「おっと、せっかくの美女がそんな言葉を使っちゃ勿体ないぜ?」二匹。

 「消えなさい。社畜」


 ナンパ野郎はキレた。私を掴んで路地裏に引き摺ろうとした。私は叫んだ。のに、誰も来ない。衛兵がそこにいる。絶対聞こえている。けど、来ない。


 「もうお前はただの女なんだよ!」

 「この女は上等だ。高く売れるぞ!」

 「ああ、でもその前に味見しとかないと」

 「待て。商品に傷を付けたら」

 「すでに傷もんだろ」


 どの口が言うのか。と塞がれた口で文句を叫ぼうとしても、股を開かれただけだった。慣れた手つきで賊共は私のドレスを破き、ベルトを外した。


 「ちっさ」

 「この尼があああああ!!」

 「尼から一番遠いぞ、この女」


 いくつかビンタされ、冷たい石に身が凍えた。ネズミも糞もあるこんな臭い場所で私は犯される。その上、売られる。こんなのってないわ。

 私は賢いから抵抗しなかった。怖いんじゃない。いや、やっぱい嫌だ!――口に突っ込んできたブツを噛み千切り、私は叫んだ。


 「誰か!」

 「騒がしいな。さっきから……あれ、お取込み中? ってわけでもなさそうだな」


 その声は右の窓からボサボサの男がそこにいた。私の境遇に気づいて「おっ」と私の胸に向けていた目をやめて、逃げた、え、逃げた?

 ではなかった。思いきりドアを開けてそこにいた男を一人叩き飛ばした。


 「ふわぁ~盗賊?」

 「ああ、そうだ!」残る二人が短刀を出した。そして襲い掛かった。

 「ったく。一発ひと揉み! させてもらおうかぁ!!」


 男は短刀を躱し、躱し、壁を蹴って滑って躱し、素手で二人を吹っ飛ばした。

 男は不敵な笑みを浮かべ、指で煽り、挑発した。盗賊の二人はまんまと乗っかりまた斬りかかった。されどすぐにまた倒された。男はどこか楽しんでいるようだ。違う。


 「揉みたいだけ?」

 「当たり前だろうが?」


 男が相手が二人でも素手で戦えるのは単に男がものすごく強いからでもあるが、ここが閉所であるから局所的に一対一になるという原理にある。そのまま男は一人を伸ばした。

 もう一人は――私を人質にした。


 「おい、近づくな! この女を殺す」

 「そうか。お嬢さん、死にたくないよな。じゃあ俺は何もできない。でも、一人倒したんだ。十発くらいだ。契約は守ってもらうぜ」

 「おい、近づくな!」

 「いや、契約だから」

 「近づくなっていってんだ!」

 「死に体でも俺は揉むぞ!」


 なんだこの馬鹿な男は。私はその隙に肘で盗賊の顔をぶん殴った。すると男は段取りよくそいつを蹴り飛ばして気絶させた。それで段取りよく私の胸を触った。もう何とでもなれだ。


 「お嬢さん。これは俺の勘だが、あんたは盗賊に狙われている」

 「そうかもね」

 「守ってやろうか。金はいらない。その代わり……」

 「あんたには慈悲が無いの?」

 「慈悲、おお、ちょうど家にあるんだ。入ってく?」

 「あ~あ。ご飯もある?」

 「もちろん!」


 私は男が料理している間に男を縛り付け、夜まで汚いベッドで眠った。最悪の物件だここは。

 男はずっと私を眠らせまいとうるさくしたけど、私はそれでも眠ってやった。それでもうるさく私を引き留めようとするが、もちろん無視した。


 「くそ、あんな美女は――」

 「忘れ物した」

 「俺のことか!?」

 「コート」


 私はちょうどあったコートを奪って目的の場所まで歩いた。男の悲鳴なんて聞こえない。

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