八禁の果実

穢飢穢

第1話

 はじめに、神は天地を想像された。


 そこには平原があった、足を包み込むやわらかい芝生がつづく。

 そこには海があった、土に汚れた足を塩水できれいに洗えた。

 そして、砂漠があった、物が腐らぬように換気をしていた。


 神は一日でこれをつくられた。


 さみしくないよう、人間をつくられた。

 これらの自然を整える存在が必要だった。

 すべての自然を枯らし、腐らせぬよう、強靭な体をもつ「男」をつくられた。


 神はこれを二日目でつくられた。


 植物たちは豊かに育った。みるみる増えた。男の数が足りなくなり、神は、男を二つにわけ、これを増やした。

 男の筋肉を育てるため、筋肉の種を木の幹につけられた。


 神はこれを三日目で行われた。


 男は木に実った筋肉の種を食べ尽くし、栄養過多でいくつか死んだ。

 神は哀しみ、木の実を二つに割って、食べること、健康を保つことを管理する女をつくられた。

 女はとてもみずみずしく、活気よく、男の仕事をそつなく指示した。

 男は木の実と女の水気に毒され、腐らぬよう、一日の終わりに砂浴びすることとした。


 そして、神は、男に肉体を、女に心を与えた。

 


 神はこれを4日目で行われた。


 女の活気のつよさに、男の体力は勝てなかった。男は疲れ、仕事から手を止めるものがでた。男は休みを覚えた。休む男は、仕事をせず木の実を食べ尽くし、腐って死んだ。


 それを知った神は、男を苦しみから解放させる最終手段として、腐った木の実をつくられた。


 そして言われた、

「木の実を食べるものは、間違って腐った木の実を食べるかもしれない。

 気をつけなさい」


 神はこれを五日目で行われた。


 男の死体から出た涙は、砂を流れた。そこからできた生き物を、女はヘビと呼んだ。

 女は男の生まれ変わりを喜んだが、ヘビは男と同じく心がなかった。


 ヘビは言う、

「女よ、男の死は誰のせいだろうか。

 神の御心みこころは優しく、その答えを言われない」


 女は涙を溢れさせ、木々を腐らせた。男を失ってしまったからである。負い目を感じていた。


 女は言った、

「神よ、私は男を死なせてしまった。私はいない方がいい。

 神よ、あなたは完璧なる男をおつくりください。」

 そして、女は腐った実を食べた。

 男と違い、女は心を腐らせた。

 最初に、男は肉体を、女は心を与えられたからである。


 神は死に損なった女をあわれみ、願いを聞き入れた。

 神は完璧なる男をつくられるため、その女と最初につくられた男を二つに分け、合体させた。

 今度は壊れないよう、体の下に枝と実を二つつけられた。

 ここちんである。女の涙は悲しみを表していた。女はまだ後悔していた。男は女のことを考えると、「木」から涙を流した。


 神はこれを六日目で行われた。


 しかし、出来上がった男は心を腐らせていた。神はまたつくられても、男は腐ってしまう。女が最後に溢れさせた涙の洪水のせいだった。


 神は男たちに木で船をつくらせ、遠い地へ逃げるように言われた。


 男たちは急いで船をつくった。作業中に濡れたものもいた。れた男たちは白カビが生えてしまっていた。濡れた男たちは白カビを木に塗り、ある程度完成させた。ちょうど木と木を接続せつぞくしたからである。洪水の波が迫ってくる。男たちはみな船に乗る。我先にと。水への恐怖である。飛び乗るものもいた。残りの部分を、男の自らの体でめた。もう、船内に空きがなかったからである。「木」が足りなかったからである。男たちは、恐れながらも、肉を震わせたからだじょうり出して外を見て、た。生まれ故郷でもあるそのは、倒木にまみれ、荒れた様だった。はやくも腐った木もあった。神が見放されたのだろうと思った。一言もさぬものの、みな諦めるべきことをわかっていた。辿り着いた波が船をし、うごかした。破壊の涙が、皮肉にも新たな船出でるを祝っているようだった。


 外の様を眺めていたものたちはみな船内に戻っていた。もう、思い出してはならぬ。みな、そう感じていた。そして同時に、自分たちは次になにをしたらよいのだろうか。そう、不安を感じていた。思い入れあっても、忘れなければならぬ矛盾に、別れ、人と出会う春を思わせた。恋とはこのようなものなのだろうか。

 こうして男たちは、なんとか園を出た。思い切り。


 これは七日目であった


 外の姿は荒れていた。つぎはぎの男が声を大きく、みなに知らせた。

 次から次へとぶつかる波。


「船よ、寒いではないか」


 ちいさく。

 とても小さく、口蓋垂のどちんこの中だけでこだまする。


 震える体。

 山のように、噛み締めた口は屹立した咬筋アゴのきんにくに囲まれていた。

 浮き出た喉仏は、痩せた土地で育つ、屈強のオリーブのようだった。


 中の男たちは、みな固まってうずくまっていた。


 完璧なる男は言った、

「兄弟たちよ、恐れてはいけない。

 恐れは力を弱めるからである。

 助け合いは心を奮い立たせる」


 男たちは立ち上がって、肩を並べた。

 船は揺れる。


 男の中でよろめくものがあったが、

「がんばろう。

 神は見ておられる

 見て、おられる…」


 と励ましあった。


 これは八日目であった。


 完璧なる男が目を覚ました。まぶしかったからである。

 完璧なる男は外を見、無事に洪水から逃れ、安息の地に着いたことを喜んだ。しかし、それを喜ぶ声は少なかった。

 手に砂の細やかな存在感があった。

 男たちがいくつか死んでいたからである。

 完璧なる男はとてもかなしみ、夕べの赤い空を冷えた瞳でぼんやり眺めた。

 完璧なる男は自らの木の実を捧げた。神を呼んだ。


「神よ、私の願いを聞かれよ。

 この者たちに命の潤いを与えてください。」


 その通りになった。木の実は男たちの肉となり、心となった。神の愛を知ったのである。

 命を吹き返した男たちは、神に祈りを捧げた。感謝をしたのである。

 男たちは潤いを克服した。悦びに満ちた笑みに包まれ、男たちは完璧なる男の汚れを、涙を拭い、礼を尽くした。

 それを奴隷のように舐め、忠心を表した。神の愛を感じた。男たちは、生暖かいミルクの香りを運ぶ風を追い、鼻を尖らせ動いた。その先にある、完璧なる男の二匹の子鹿を嗅いだ。乳香の丘を、透き通る山を舌が登った。


 山の頂上で高く叫んだ、

「神よ、あなたは怒っておられるか。

 神よ、あなたは私たちをお嫌いになられたのではないか。

 神よ、しかし私たちはあなたを愛しているのです」


 完璧なる男の内は暖かくなった。


「神よ、私たちはあなたがわからない。

 怒っておられるのか、愛してくださっているのか。」


 男たちはわからなかった。なにもかも。襲う潮の匂いが頭の中食べ尽くし、考えられなかった。


「それとも、怒っているのは女なのか。

 女よ、あなたの想いは、私たちと同じなのか。」


 不思議な感覚であった。はじめてしるよろこびである。神に教わっていないため、許可されていない気分だった。しかし、私は神である。神につくられたのである。どうして、してはいけないことを。それをする者を、神はつくられよう。


 完全なる男は言う、

「女よ、わたしのうちでよろこんでいる。

 女よ、あなたは男たちをよみがえらせ、罪を赦されただろう。

 女よ、あなたはだれよりもよろこびなさい。」


 しかし、女の返事はなかった。女ではなく、男たちが返事をした。女は、完全なる男の内にもういなかった。女は、よみがえらせ、男たちの内にすんでいた。完全なる男はそれを理解したが、男たちは気づかなかった。男たちは、完全なる男の内をさがし、母なる女を感じようとした。女は完全なる男をあらたにつくろうとしていた。しかし、完全なる男はそれをかんじると、愛を探した。神の愛があるのか。神を裏切るわけにはいかなかった。


 神に背を向き、そむき、道を進む。背を突き、慰め合う様は、迷子の氈鹿カモシカをおもう。蜂蜜をくまなくさがし、あわていきをもらす。

 水に運ばれる雄しべのように、男たちは船にゆりゆらる。

 心は忙しなく、神の愛を求め、たゆたう。

 戻れぬ道筋に交わり、ただ届かぬ灯りを探していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

八禁の果実 穢飢穢 @aiueo00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ