第13話 あの花が咲く時に

「花火大会?」

「そ!屋台出るし、行かね?」

 アイツはそう言って、チラシを見せた。そこにはたしかに花火大会の文字があった。そう言えば、毎年これぐらいの時期にやっていた記憶がある。

「まあ、いいけど」

「マジ?」

「マジ」

 パッとアイツは顔を明るくさせた。それから、待ち合わせ場所や時間を決めてその日は別れた。


 数日後、花火大会当日を迎えた。母親に花火大会に行くと言ったら浴衣を着なさいと言われて着付けをされた。暑さは日中に比べればだいぶマシではあるが、それでも暑い。扇を持たされ、髪を少し結ばれて慣れない下駄まで履かされた。おかげで待ち合わせ時間に遅刻しそうになった。

 待ち合わせ場所に行くと人だかりができていた。誰かいるんだろうか、と考えながらぼうっとベンチに座って時計台を眺めた。

 周囲が少し騒がしい。なんでだろう。ふと、そう思って周囲を見れば、数人でかたまっている女性たちと目が合った。俺の視線に気付くと目線をそらしてなにやらこしょこしょと話していた。うーん、雰囲気が悪い。

 時計台を見れば約束の時間はとっくに来ていた。アイツはまだいないらしい。仕方なくスマホを取り出して着信履歴の一番上にあったアイツの番号を押す。

 呼び出し音が鳴る。ツーコールでアイツは出た。

「もしもし?今どこ?」

「どこって、待ち合わせ場所だけど」

「はあ?」

 ぐるりと周囲を見てみる。けれど、見覚えのあるほどほどの身長はない。

「いないじゃん」

「はあ?いや、お前こそどこだよ」

「待ち合わせ場所にいるってば」

「は?」

「は?」

 その時、ドォン、と花火が上がった。夜空を彩るそれはとても綺麗だった。

「綺麗だな」

「あぁ」

 なんでも良いや、もう。

 濃紺の空を鮮やかに染める花火は、パッと咲いては散っていく桜のよう。侘び寂びというこの国の文化を象徴しているような気がした。

「なんだ、近くにいたんじゃん」

 スマホごし、いや、声が二重に聞こえてそちらを見ればアイツが立っていた。アイツは灰色の甚平を着ていた。ゆるく着流している様子が格好良い。

「どこいたんだよ」

「そこ」

 アイツが指差したのは、先ほどまで人だかりができていたところだった。どうやらアイツは囲まれていたらしい。そりゃあ俺が気付けるわけないじゃん。

「行こ」

「花火見ながらな」

「えぇ?屋台飯だよ、今は」

「食うのかよ、これから」

「当たり前。俺、夕食まだだぞ」

「軽く食べてこいよ、全く」

 アイツは肩を揺らしながら右手を俺の前に出した。俺は迷わずそれをとった。ぐいっと引き寄せられ、よろけた俺を支えてアイツはかすめるように唇を重ねた。

 ぼっと頬が熱を持つ。アイツはやはり小さく笑って歩き出した。カランコロンと鳴る下駄の音と俺の心臓の鼓動が重なっていた。

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