第5話:沈下地点コアサンプル調査──異常層準と人為的封鎖痕
今回の調査では、沈下が特に顕著となっている三地点を中心に、ボーリング採取を実施した。採掘深度は規定値を基準とし、各層準の地質、含水量、堆積構造を詳細に記録しながら採取した。
採取地点は以下である。
A地点:最初に沈下が報告された住宅敷地内の庭
B地点:旧水路跡と推定される細長い沈み帯の中央部
C地点:今も夜間に水音が聞こえると住民が訴える空き地
当日の天候は曇り。雨量は前日から増えておらず、地盤調査には適していた。
作業は順調に進むはずだった。
少なくとも、地表を破るまでは。
*
A地点。地表から深度35センチ。土質は表土層のはずだが、サンプルに濡れた黒土が混ざり始める。本来この深度で含水が顕著になることは考えにくい。
臭いがある。腐葉土とも違う。湿っているのに、どこか古く乾いた建材の匂い。同行していた地質専門員は「昔の土木工事の残土である可能性」を口にしたが、その声には揺らぎがあった。
さらに掘り進め、深度60センチ付近で明確な異常層を確認した。
層全体が薄く圧縮されていた。まるで何かが押し潰されたようだった。
そして、そこに混ざっていた。
木片。
だが木片にしては形状が均質すぎる。断面に加工の跡がある。建材の破片だろうと思われたが、表面に残っている焦げは異様だった。表面だけ焼かれ、内部までは炭化していない。かつて火を入れられた痕跡――それは建築ではなく、儀式に近い。
その時、作業員の一人がぼそりと言った。
「これ……塞いだ跡じゃないか?」
笑った口調だったが、作業員の顔は笑っていなかった。
採取を続けると、さらに深度80センチで異物が混じり始めた。
縄。
腐っているのに、繊維はまだ解けていなかった。
そして、その縄は結ばれたまま土に埋まっていた。ほどけた痕跡がない。つまり埋める前に結束されたものが、そのまま層として固定されている。
同行した調査員が小さく呟いた。
「地中で結ばれてる……なんで……?」
私は声に出さなかったが、加藤氏の録音の言葉が浮かんだ。
塞ぐ者と、祓う者。
片方だけでやれば、持っていかれる。
採取中、急に地面が微かに振動し、作業員のブーツが沈むように揺れた。
乾いた土のはずなのに、踏むたびに柔らかさが増す。不自然すぎた。
後退する際、採取筒を引き抜く音が妙に濁って聞こえた。
その濁りは、水音ではなかった。
濡れているはずのない地層が、吸い込むような沈黙を持っていた。
*
B地点。旧水路跡と推定される区画。
ここではさらにはっきりとした層が現れた。
深度50センチ付近。土の粒度が急に揃い始める。人工的に固めた層の特徴である。
そして、層の下部に、金属片が混じっていた。
釘である。だが、規格品ではない。手打ちの古い釘だ。茶褐色に錆びているにもかかわらず、形は崩れていない。
そして、釘の向きが揃っている。
地質構造から考えるとありえない。
何者かが、この向きで、この層に釘を挿入した。
封じるように。
固定するように。
動かせないものを縫い止めるように。
目視できる限り、釘は一本ではなかった。
少なくとも十二本。
ただ、それ以上確認する前に、奇妙な音がした。
乾いた土から湿った音が鳴った。
地面から、泡が弾けるような、低い呼吸のような音。
作業員がわずかに後ずさりすると、掘削孔の土がわずかに沈み、周縁が薄い波紋を描くように揺れた。
風はなかった。
振動計にも異常はなかった。
しかし、土だけが揺れていた。
そのとき、同行していた観測用の簡易マイクが、あり得ない音を拾った。
チャプ……チャプ……という水音。
だが孔を覗いても、水はなかった。
ただ黒い土だけが、呼吸するように膨らんだり沈んだりしていた。
*
C地点。最後の採取地点。
ここでは掘削開始からわずか15センチで異物が現れた。
それは板状の石で、表面は平らで規則性を持っていた。
単なる地層ではなく、意図的に置かれたもの。
調査員が道具で土を払いながら呟く。
「……蓋?」
擦ると石表面に刻まれた線刻が見える。
文字か、模様か判別できない。ただ、一度見たら脳裏に焼き付く均一な曲線。
専門員がヘッドライトを向ける。光が反射し、細い溝が浮き上がる。
そこで、気づいた。
模様は流れていた。
刻まれているのではなく、濡れて光っている。
サンプルに触れると、指先がぬめりを帯びた。
液体は透明だが、わずかに粘性がある。
調査員が慌てて布で拭き取ったが、指先に残る冷たさが取れないと言い続けた。
最終的に石板を持ち上げることは中止された。
理由は、現場責任者の判断による。
現場にいた全員が同じことを感じていたからだ。
もしその蓋を開ければ、
下から何かが出てくる。
*
採取した全サンプルの分析結果速報は次章にまとめる。
現時点で確実なのは、ひとつ。
沈下の原因は自然現象ではない。
そして、埋められているのは水路だけではない。
それは閉じられた構造であり、意図的な封鎖の痕跡を持つ。
誰かが埋め、
誰かが縫い止め、
誰かが蓋をした。
ただし、その封鎖が完成した痕跡はない。
むしろ逆だ。
地中の何かは今、
封を押し返すように、ゆっくりと浮上し始めている。
まるで地上へ戻る準備をしているように。
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