ウーバー〇ーツのバイトしたら住所がダンジョンだった

緋西 皐

1.右乳レアメタル

 都内のビル群を圧倒する鏡の巨塔が現れたのは数年前である。初めは自衛隊が攻め入って、謎にメディアが騒ぎ立てたのも、今となっては新しいテーマパークと言わんばかりの繁盛である。あの巨塔の呼称がダンジョンなのはもはや言うまでもない。

 そんな当たり前の記事が書かれた新聞を車輪がちょうど踏みつぶした。僕は忙しなく誰かもわからん飯を運ぶウーバー〇ーツ配達員。原付の煙を野良猫にぶつけっちゃったから、引っ掻かれながらリュックを揺らすまいと走っている。

 どこにでもあるフリーターのいつかの午後三時。揺れるスカート。ちょうど青春がやや痛いげに僕を見つめる赤信号。僕は改めて住所を確認した。


 「いや、まさかな」


 アプリのバグではない。勇敢な矢印は聳える巨塔に真っすぐこの先と示していた。


 どうでもいい話であろうが、僕が何者なのかを改めて宣言しておきたい。僕の名前は檀上彰。アキラとかアッキーとか好きに呼んでほしい。ダンちゃん? それは元カノを思い出すからやめてくれ。アキラさんと呼べ。

 ちょうど一か月前、転職をしようとした。悪徳な転職業者だったらしい。もう少しでベトナムに飛ばされるところだった。それで僕は無職になった。市役所や生活うんぬらセンターに訴えても対応されず、しょうがないから仕事を探して、未だ見つからず、金も尽きそうだからまた市役所に行ったりもしたが、実家に帰るか、働くかと言われ、とどのつまりクソ田舎で臭い顔を見たくないので、こうして原付を走らせている。

 嘘をついている? 身分証明書ならいくらでもある。免許書、マイナンバー、それからウーバー〇ーツのやつと、最近催促がうるさい年金の紙。

 

……と俺はダンジョンの警備員に訴えた。


 「だからわかっただろ? 僕は配達員なんだ。通してくれ」

 「魔物がマクド○ルドを食べるとでも?」

 「転売屋だって食べるだろ」

 「冗談はよしてくれ。帰れ帰れ」

 「帰れませんよ。さっきだって犬を引いて配達が遅れたんだ。またミスったらクビだよ」

 「そいつはあんたが悪いだろう。仕事ってのはミスしてもいいようにやるもんだ。今が。。ミスするときだ」


 僕は日本の未来を憂いた。道徳観や制度に縛られるあまり、目の前の困っている人一人救えない。この五十代のおっさんの頬に集まった皴とシミばかりの肌がまさしくそうだ。それらしい存在感を放っていた。決まりに縛られて何もする気のない大人。

 しかし僕は違った。未だ腿を噛み千切っている野良猫をぶん投げた。おっさんの顔にぶつけた。その横からダンジョンに駆け込んだ。


 「待て!」

 「さっきの言葉そっくりそのまま言い返す。今、、ミスするときだったな!!」


 勢いそのままダンジョンに入ったものの、あとのことを考えるのが怖い。そのせいか体が重い――なんてな。ほんとうに背中が重いんだ。この中にはびっしりと、夜マックじゃないけど、ハンバーガーが入っている。しかしだからこそ軽くしたいんだ。今回リュックを空にすれば配送料がかなり貰える。特別価格というやつだ。となればこれぐらいの無茶は許される。許されてもいい。

 そう信じて俺は走った。しばらくしておっさんが「まぁ、ダンジョンにウーバー○ーツ入ったって言ってもフェンタニル吸ってんのかって馬鹿にされるだけか」と諦めてくれた。クビになりたくないのはお互い様だったようだ。


 ダンジョンの中はご想像通り、洞窟っぽい。ダンジョンは初めてだが、、最近レアメタルがうんぬらと政府が言っているのを聞いたことがある。ここにあるのだろうか。冒険者とはつまり採掘師ってところか。

 と、床に落ちていたツルハシを、それにしては二メートルと大きい、けれどもなんとか片手で持てるほど軽い、不思議を眺めながら想像にふけていた。

 ふけていた、のは僕だけでないようだ。僕の隣にシュレックにも負けない大きな鼻、シュレックにもまた負けない緑色の肌の、シュレックには負ける汚い声の、同じくらいの背丈の男、いや、違う、まるで魔物みたいなやつがいた。そいつが「じゃあ採掘の続き頑張るぞ~」と言わんばかりに僕の肩を叩いてきた。


 で、目が合った。


 しばらく時間が止まった。ダンジョンでの初めての出会い。ときめきを隠さずにはいられない――狂喜を隠さずにはいられない! ゴブリンは俺目掛けてツルハシを叩きつけてきた。俺は逃げた。ゴブリンは叫んで仲間を呼んだ。ツルハシ持った薄緑がぞろぞろとやってきた!


 「おいおいダンジョンってこんな危険なの? 聞いてないぞ」

 「ソ゛ウ゛ダヨ゛ォ!!」ゴブリンのコール。

 「聞いてないぞ!」

 「コ゛ロ゛ズ!!」ゴブリンのアンコール。


 ともあれ僕は曲がり角をくいっと曲がって、配達員で極められた土地予想能力を駆使してまた曲がって裏を取って隠れる、、つもりがそこは行き止まりでした。詰んだ。

 ゴブリンはゴロゴロとやってきた。茶色の壁と緑の壁。完全に逃げ道は塞がれた。

 こういうとき、僕は今ツルハシを持っているが、それを武器にして自暴自棄になるべきではない。こういう緊迫したときほど冷静に、冷静に頭を使うべきなんだ。

 僕はリュックからひとつ、ハンバーガーを取り出した。それを一口齧って、投げつけた。


 「ウーバー○ーツですよ?」ニコッと捻じれた苦笑い。


 ゴブリンらは興味津々。ハンバーガーを掬いあげると、くんくんくんくんと匂いを嗅いだ。むしゃりと一口食べた。その目、異種族でもわかる、美味しい! ので、ゴブリンらは「オ゛デモ゛ダベル゛! オ゛デモ゛ダベル゛!゛」と互いに取り合いになった。喧嘩が始まった――計画通り。僕はその隙に逃げた!!

 とうまく行けばよかったが、最近のゴブリンは頭が良いらしい。きっとお前らよりも賢い。僕がまだハンバーガーを持っていることを察知して。僕は今、頭から掴まれて走る足も浮く様である。


 「話せばわかる!」

 「そ゛う゛がも゛!」

 「わかんねえよ!!」僕はツルハシで殴った。


 そして逃げた。気分はすっかり逃走者だ。そういえば先週やっていた逃走中もダンジョンでやっていたな。なんて思い返している場合じゃない。そんなことをしているから岩につま先が引っかかって転ぶんだ!――アキラ、脱落!!


 「僕の百万円が~」

 「――むむ? おお! ついに! ついに来た!! 来たぁー!!」


 どこからか女の声が響いた。朗らかな女の声。真下からだ。おや、つま先に引っかかったのは岩ではない。冒険者のお姉さんだった! ぶわっと僕はバク転した。着地失敗。

 

 「その恰好! ウーバーだな。いや、助かった!」

 「あなたが呼んだんですか?」

 「そう! いやぁ、飢餓寸前で。迷っちゃって」

 「あー間に合ってよかった」

 「ま゛に゛あ゛って゛よ゛がった゛!」ゴブリンらが万歳してこっちにくる。

 「よくない! ゴブリンに追われてるんです!」

 「なるほど。じゃああたしに任しとけ!」


 女は薄っぺらい鎧から谷間を出した、自信あふれる恰好。およそ男より男勝りの屈強。彼女は大剣を力強く握りしめると一振り。――靡く赤髪のポニーテイル、優雅に揺れた横乳、それらを殴るように付着した紫の血飛沫――瞬く間にゴブリンを一掃した。


 「次はスケルトンだなっ!」

 「僕は人間です」

 「ああそうだった」


 僕はもちろん真面目だから、女の豊満な体をじろじろみつつも、片目でスマホを確認した。その片目もチラチラと彼女の肉付きに夢中なので、却ってスマホがデレデレした。お前じゃねえよ。

 住所はダンジョンというだけでどの階層かまでは書いていないが、ダンジョンでウーバー○ーツを頼む基地外もさほどいないだろうと、それを目に焼き付けた。スマホはげんなりした。


 「あの、見過ぎですって」

 「ああ、すいません。現金払いですね」

 「あー。千円あれば足りる? あれ、ハンバーガー? あたしが頼んだのはフライドチキンですよ」

 「いや、注文入ってませんね」

 「じゃあハンバーガーでいいです」

 「いや、待ってください。それはダメです」

 「え? 餓死寸前なんですよ、あたし」

 「違う。あんた、僕がミスったと思っているよね? いくらなんでもハンバーガーとフライドチキンを間違えるなんてしませんよ」

 「いやいや。まぁいいや。とにかくハンバーガーでいいから」

 「だからよくないって。僕は間違えたらクビなんです」


 僕も僕とて飢餓寸前だった。こういうことが数十分続いて女はキレた。そののちにようやく納得したらしい。右乳を三回揉ませてくれる代わりに僕はハンバーガーを三つ、譲った。もちろん僕は目の前に飢餓寸前の女性がいたら沢山食べ物を食べさせた方がいいと心配して、ハンバーガーを五十個ほど渡そうとしたが、拒否された。


 「ダンジョンに来てまでダイエットですか。アラサーって大変ですね」

 「いっそのこと事故死させてやろうか」大剣ブンブン。

 「冗談ですよ」


 僕はペチャンコのハンバーガ―とは雲泥の差のものを右手に握り、堪能した。このまま夜○ックしたかった。と馬鹿なことに酔いしれた。

 どこか締まりがないと言えばないのはそのようなところで。僕は虚しく、アラサー戦士エリエルを仲間にした。真のお客様を探してダンジョンを進んでいくのでした。

 



 

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