転生ロリジジイ、無刀取りで無双せり!
下田 空斗🌤
第1章
第1話 剛勇、降誕
「
病室。ひとつだけ備えられたベッドに、中学制服を着た少女が目に涙を溜めて寄り添う。
シーツの上に
「ふふ……そんな顔をするでない。
絞り出すような
ベッドの周囲には少女の他に、彼の息子夫婦、孫夫婦、医者と看護師、そして、武道着を
——齢九十九……これ以上を望むは、罰当たりというもんじゃろう……。
心の内で呟き、わずかに口の端を上げた。
彼は横たわったままゆっくりと首を回すと、道衣の大男へと視線を向ける。それを察し、ひ孫と代わる形で男がベッドに近付いた。
浅い呼吸音の合間を縫いながら、消え入りそうな声を紡ぐ。
「儂の決断は、変わらん……。あの看板は、お前が継げ……。良いな……?」
「し、しかし師範……っ!」
「ふっ……いつまで儂を、師範にさせておくつもりじゃ……。お前への、最期の授け……素直に受け取らんかい……道場主」
「っ……はいっ!」
力強い返事と共に、凄めば熊すら逃げ出しそうな顔は崩れ、ボロボロと大粒の涙が両頬を伝った。感化され、幾人かの啜り泣く声が病室を浸していく。
それらに耳を傾けながら、老人は仰向けになり、深くひとつ息を吐く。悲喜こもごもあった長い永い旅路——その切り抜き写真たちが、真っ新な天井をスクリーンにして映し出される。
やがて彼の瞼が、劇場に幕を下ろしていく。
「あゝ……。本当に……
——だがひとつ、心残りがあるとすれば……
筋肉が
——身体が満足に、動く内に、武の、真髄、を、極め……たかっ…………
空気を裂くような電子音。
各々が、思い思いに、老人を呼ぶ。
診断を終えた医師が、静かに告げる。
「
熱を失っていく遺骸に、子が、孫が、ひ孫が、弟子が、
形を成さない声たちが、小さな一室に
◇ ◇ ◇
「ん、う……」
不快感で、意識が次第に覚醒する。
頬、腕、そして布越しに胸や脚に当たる、冷たさと硬さ。手のひらと指で探り、じわじわと鮮明になる視界で、うつ伏せな体の下にある物を認識する。
——石畳……。
舗装された道路。しかしそれは幾つもの石を土に埋め、路面となるよう表面を削ったもの。現代日本の一般道とは明らかに様式が異なる。
顔を上げる。まばらに行き交う人々と、背の低い建築物が視界に飛び込む。洋風で
両腕を支えにして上体を起こし、見回すべく頭を振った。その時——
——パサリ。
柔らかな感触が肩に触れ、何かが視界の端でキラリと輝いた。
それは、腰あたりまで長く伸びた、絹糸と見紛うほど美しい白髪——否、
「なんじゃ、コレ——」
唇から紡がれた言葉を、
その声は、まるで鈴の音を思わせるほど高く透き通った清らかさ。今まで慣れ親しんだ自身の声からは、遥かにかけ離れている。
——何が……何が起こっとる……?
口元を覆ったまま、困惑する頭で周囲を見渡す。
——ここは、浄土なのか……?
束の間浮かんだ見解は、道行く人から浴びせられる冷ややかな視線で掻き消えた。みな、腫れ物でも見るような
ゆっくりと、身体のバランスを確かめながら立ち上がる。
視線が、過ぎ去る通行人よりも、頭ひとつ分ほど低い。
横を向くと、四角い格子窓に反射する銀髪頭が。ぱっちり開かれた眼に長い睫毛。頬や額に泥が付いていても、なお白く透き通るきめ細かい肌。小さくもシュッとした顔立ち。
——もしや……!
ハッとして、手を股ぐらと胸元へ押し当てる。
麻袋のようなボロ服。その布下、腿と腿の間、彼の生前にはあったはずのモノが、無い。痩せた胸骨の上には、ささやかだが、しかし確かに膨らみが、有る。
「お、お、
ガラスを撫でるかの如き声音で、老父だった幼女は、ポツリと呟いた。
震える両手の平を、顔の近くへと寄せる。どこからどう見ても
ぐっ、ぱ、ぐっ、ぱ、と数たび動かす。
——む?
続けて、手首、肘、肩。さらに膝、足首を回す。
——おお、おおっ!? 関節が滑らかじゃ!!
銀髪幼女の口元が綻び、確かめるようにその場で飛び跳ねる。
——うむうむ。筋力はさほど無いが、節々の痛みは一切無い。素晴らしい! 若い身体、最高じゃ!
小さな四肢で、さまざまな屈伸運動。その様子を、辺りの一般人たちは
「ふむ。ここが
「じゃが、これは
言い終わりに合わせ、ひとつ鋭く正拳突き。握り拳が
と、その時。
「きゃあああああっ!」
遠くから響く、甲高い悲鳴。
幼女は長髪を振り、声のした方角へと顔を向ける。家屋の向こう側。この通りから伸びる、脇道の先。
周囲の人々は、一瞬だけそちらへと反応したが、すぐさま俯き足を早めた。
その様を見て、元老人は鼻息をひとつ鳴らす。
「やれやれ、無関心な者らじゃのぅ。どれ、この儂が義理人情とは何たるかを見せてやるとするかの」
そう独り
◇ ◇ ◇
「や、やめてください!」
日の差さない路地裏。地に倒れ尻を着いた女性が、怯えつつも拒絶する。
「へっへっへっ! 俺様に楯突こうってかァ!? よっぽどこの刃の錆になりてぇようだなァ!!」
下卑た笑みを浮かべる巨漢が、刀身の大きく反り返ったサーベル——その剣の背で右肩を叩きながら
女は深緑のビロード色をしたおさげ髪を揺らしながら
「あ、あなたのような荒くれ者に渡す
恐怖に震えてもなお、丸眼鏡の奥にある
「そうかい、そうかい。そんじゃ……テメェがくたばった後に貰ってくとするぜェ!!」
剣を握る太い腕が、高く高く持ち上がった。
死を覚悟し、ギュッと目を
間。
待てど、彼女の身体に痛みは走らなかった。
代わりに聞こえてきたのは——
「な、なんだァ!? この小娘はァ!!?」
男の驚愕に満ちた声だった。
恐る恐る瞼を開いた彼女の眼前に、信じられない光景が広がっていた。
サラリと風に
そして何より異様だったのは、体格で遥かに勝る大男が振り下ろした曲刀——その刃を、
「う、うそ……」
さっきまで命の危機に
それもそのはず。この世界で、かような技を扱える者など、現代にも、過去にも、存在しなかった。
しかし、かの老人が生きた世界の、極東の島国に住まう者ならば、多くの者が知り得る絶技——。
真
剣
白
刃
取
り
「テ、テメェ! 何者だァッ!?」
幼く可憐な声の幼女は、答える。
「
涼しげな顔が、妖しく微笑んだ。
「武の真髄を、極める者じゃ」
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