第6話 月明り照らす道

 街道を駆けること2時間、空が夕日に染まる頃に、どうにか初日に目にした大銀杏の木まで戻ってこれた。森の中で周囲を見渡すも、長く伸びた木々の影に紛れ、目的の物はなかなか見つからない。


「(確か、この辺りだったはず)……ってあった!」


 空が紫色に変わる頃になり、ようやく探し物が見つかり、思わずを声を上げる。岩陰に隠れるよう転がる岩に駆け寄ると、岩陰に2m程の鉄の塊を見つけ安堵する。


「見つかって良かったぁ……」


 魔力動力式二輪自走車両アレダ二式39号。旧式の水分子分解爆発式原動機の車両、いわゆる魔動バイクあるいは単車である。この地域で普及している魔動三輪自動車に比べ、乗車人員数と積載量は劣るものの、小回りが利くため、小道や荒れ地へ入る機会の多い危険生物調査業務では重宝する。アレダ二式は旧式の単車ではあり、最高速度が精々時速50キロと最新の単車に比べて控えめではあるが、道路環境が整備される以前の設計思想のため、悪路の走破性が高い相棒その2、ついでにに言えば涙目で探していた探し物の正体である。ちなみに辺境の地であるこの森唯一の移動手段であるため、見つからなければ即延泊確定だった。

 棒状の鍵を原動機に刺し込み、原動機側面の球状の水晶へ魔力を流しこむ。しばらくすると、前方に備えられた照明装置が点灯し、ボフンと破裂音を立て原動機が始動する。


「うーん……(なんか調子悪いか?)」


 5分程、そのまま待機していると、不規則にボフボフと聞こえた破裂音が、ボッボッと規則的て音を立て始め安堵の息を漏らす。


「よし……問題ないね……オハギ、帰るよ?」

「キュー(いつでもいけるぞ)!」


 相棒その1に声を掛ければ、首元からご機嫌そうな声が聞こえる。いつの間にか、頭の上からフードの中へと移動していたようである。シートに跨りゴーグルを装着すると変速機のロック機構をカチカチと解除していく。


「じゃあ行くよー」


 変速機を操作し、ハンドルの加速装置を握りこむと、ボボボと小気味の良い破裂音を立てながら単車は加速し始める。


「(あとはもう帰るだけ。頑張ろう……)」


 △△△

 △△△


 暗闇の中を頼りない単車の前方灯頼りに掛けること、1時間弱。木々の隙間から水田が目に入る。


「(やっとここまで来た……)」


 家屋や商店が立ち並ぶ都市部と違い、水田しかない辺境の耕作地帯は街灯一つなく闇が深い。水田の隙間をしばらく走り続けると、作業小屋に隣接した広場を見つけたため、単車を止め休息を取ることにする。


「後で夜食作るから簡単で良い?」

「キュッ(しょうがねーな)」


 首元の大食いウサギに許可を取ると、食材と調理器具の入った収納袋を取り出し、夕食の準備をしていく。


 焙煎した蒲公英(たんぽぽ)の根の粉をティーボール(投げ込み式茶漉し器)に詰め、火にかけていた薬缶へと放り込む。白湯でも良いが、せめて香りだけでもととりあえず投げ込みはしたものの、正直まともな味になるとは思えない。


「(流石に薄いかなぁ……)」


 丸太を切り出しただけの机に木皿を置き、堅パン、乾燥腸詰めそれに乾酪を薄くスライスし並べていく。途中、腹ペコウサギに目を向ければ、全然足りませんがと言わんばかりに不満気な様子を見せるので追加で乾燥無花果を取り出すと空気が和らぐ。


「キュ!キュ!」

「(我儘なヤツめ……最後の無花果だぞ?)……オハギ、嬉しそうだけど、無花果はそれで終わりだからな?次は秋口まで手に入らないから大事に食べろよ?」

「キュッ⁉(え、聞いてない⁉)」

 

 抗議の声を無視しながらコーヒーモドキをカップに注ぎ啜る。


「うーん……(僅かに苦味を感じる気がするけど、白湯だなこりゃ)微妙……。まぁ無いよりマシかぁ」


 6月とはいえ、夜はまだ冷える。加えて単車で1時間も夜風を切れば、体温が下がるため暖を取るように両手でカップを持つ。


「温かい……。けど味はやっぱ微妙だな……(あと2時間……頑張ろう……)」


 △△△

 △△△


 簡素な食事を済ませ、再び単車を走らせること数時間。見渡す限り水田が広がる道を月明りの下走りぬける。

 遠く水田の先には街灯がいくつも灯っており、ここが都市部の近くであることを証明している。水田と川の境界の一角に生える樹高20m程の栴檀(せんだん)の脇に単車を止め、大きく伸びをする。


「(なんとかついた……)」

 

 肩を大きく回し、体をほぐして周囲を確認するも、周囲に気配はなく、栴檀の巨木を見上げれば枝の上に粗末な小屋が目に入る。


「(今日は誰も使ってないかぁ)」


 ここはホームとしている吉田市の調査組合員向けの簡易宿泊所である。宿泊所とは言え、雨風を防げる屋根と壁があるだけで、寝台も水場も無くなんなら入り口すらも使用者の魔法技量任せである。

 長時間の運転で固まった四肢をほぐし終わると、軽く魔力を下肢に込め栴檀の木へと跳躍する。所々コブ状になった幹に足をかけ、小屋が据え付けられた大枝にまで登っていく。そうして枝の上へと降り立つと、葦簀(よしず)を掛けただけの粗末な入り口から小屋に入りポケットより取り出したテントを室内へ設置する。

 簡素ではあるが、県内には調査組合が設置した同様の宿もどきがいくつもあり、日中に関所内に入れなかった組合員向けの施設ということになっている。


「(噂だと、温泉付きの場所もあるらしいけど……雨風防げるだけマシかぁ)《繋げ……》お疲れ様です。ヤマダです」 


 簡素な屋根の梁から吊り下げたテントの中へ入り、遠話魔法を紡ぐ。遠話魔法は文字通り遠隔地にいる人間と話をする魔法である。公的機関への連絡もこの魔法を使用するため、魔法使用者は細かく管理されており、無資格での使用は罰則があったりする。俺は泊りの仕事で宿泊所を使用する機械が増えた頃に中級遠話師の資格を取得している。魔法を紡いでしばらくすると、魔法を繋がり耳元に女性の声が届く。


『はいはい。こちら三川組合の林です』

「ハヤシさん、夜分遅くにすみません。今、吉田の宿泊所に到着しました」

『あーヤマダ君お疲れ様。予定より到着が遅いから、心配してたんだ』

「すみません。街道の担当区間に枯れ谷がありまして……」

『エ……ひょっとして……』

「はい……水妖が大繁殖してて小鬼も大量で……。丸一日駆除して、この時間になりました……」

『えー!早く切り上げれば良かったのに。そんなに多かったなら、駆除組合の方に処理任せれば良かったのよ?』

「そんな事出来るんですか⁉」

『知らなかったの?ってヤマダ君は若いからそうよね……。他の組合員さんは、途中で切り上げて駆除組合の方に押し付けてるよ?それに元々、駆除はウチの領分じゃないんだから……!人によっては本当に駆除技術の無い人だっていますし、異常があったときは押し付け元に押し付け返しちゃえばいいのよ!……ちなみにどのくらい居たの?』


 予想外の情報に、思わず固まる。街道保守系の仕事は、学舎を出て以来続けているも、基本的に赤字の仕事で、稀に駆除対象が出現するも、出ても数匹程度であり見つけ次第すべて駆除するよう教えられてきた。


「(まさか……そんな手段があるなんて……!)っ。小鬼だけで50超、水妖はちょっと数えてないですけど……100は越えると思います……」

『うわぁ……それは頑張り過ぎですよ。(押し付けれること)知らなかったんですね。お疲れ様です。駄目ですよ?そう言う基本的なことは覚えておかないと。明日は何時頃に来れそうですか?受け入れ準備はしておくから教えてください?』

「えっと(基本だったんですか……)、……今日の分の報告書を作成してからなんで、今日中に終われば朝一で行けるかも……」

『うーん……今から書くの?……そうだ。数の確認はこちらでやるので、今日はもう休んでください。報告書は、いつもと違って地図に涸れ谷の位置起こしだけで大丈夫です。どうせ、定期調査の報告書は書き終わっているんですよね?これなら昼前頃には来れそうですか?』

「本当ですか?いつも通りに作ると、大分時間が掛かると思ってたので助かります。定期の方は、終わってます。あとは確認して封印するだけです。」

『流石ですね~。報告については、もともと駆除組合が涸れ谷を把握していなかったのが原因なんですから!苦情を兼ねてこちらから報告しておきます。』

「……お手数おかけしますが、よろしくお願いします。それでは、今日の所はこの辺りで……」

『ハイ。ゆっくり休んでくださいね!おやすみなさい』

「はい。お休みなさい。ふぅ……」


 帰還の報告をすると、急激に瞼が重くなる。報告書だけは書いてしまおうかと考えていたが、どうにも頭が回らない。


「キュー!」

「あぁ……ゴメン。ちょっと眠すぎて……乾き物出しておくから、勝手に食べて……」

「キュ?キュー」

「あとあした、はやめにおこしてぇ……」

「キュー……」


 なんとか手持ちの食料を机に取り出すと、這いつくばるように寝袋に突っ込みそのまま目を閉じた


 △△△

 △△△


「キュー!キュ!キュ!」

「うぁ……おはぎ?……おはよう」


 日が昇った直後であろうか、少し冷え込むテント内でオハギの鳴き声で目を開ければ、面倒くさそうな顔をするオハギが目の前にいた。まだあまり遅くない時間に起きれたようである。


「キュ!」

「あーご飯ね。ちゃんと作るよ……(雑炊でいいか)」


 フラフラと寝袋を抜け出し、昨夜取り出した食材を片付けつつ、魚醤と干飯に残っていた乾燥野菜を小鍋に出していく。片付けが終わると、小鍋へ水を満たし火にかける。眠気眼に水がふつふつと沸騰していく小鍋を眺め、カラカラだった食材がしんなりとし始めたところで、味を調え、木椀によそってやる。


「簡単でごめんねー。お昼は外食しようか」

「キュ!」

「そうかー。気になるとこ見つけたら教えてちょうだい」


 半ば寝ぼけながら食事を済ますと、報告書を取り出し確認していく。手帳の記録を確認しつつ内容を見返し、間違いが無いことを確認し封筒に戻すと、少し太めの麻ひもを取り出す。これは、儀式魔法をおこなうための補助魔具である。

 麻紐を伸ばし封筒の下で広げると、筆入れから小さな縫い針を取り出し、中指へと刺す。


「っ……」


 僅かな痛みを覚えつつ、指先から滲み出た血を麻紐へと垂らしてやれば、封筒下に広げられた麻紐がグネグネと動きだし、封筒に巻き付き封筒を封じた。原理は知らないが、こうして指定の書式の書類を封印することで、国の中央図書館にて書類の複製が転写される仕組みとなっている。


「あとは……昨日の分の地図……。報告も簡単に書いておけばいいかぁ……」


 △△△

 


 簡素な小屋の中で、上着の収納ポケットからしまい込んであった物品を取り出し並べていく。県においても違うが、関所と壁が設けられた市街地内では、空間拡張した収納袋などの魔具は、一目でそれと分かるよう赤や黄色の収納袋に納める必要がある。調査時に着用している上着は、ポケットがすべて空間拡張されているため、関所内で使用した場合は違法となってしまうのだ。

 資材をすべて派手な彩色をされた収納袋へと詰めると、白い肩掛け鞄へと報告書類とともに仕舞っていく。


「よし……。《繋げ》……あ、タカハシさん、おはようございます。調査組合のヤマダです」

『あーヤマダ君、お疲れ様。吉田関所の高橋です。これから封印に来る感じかな?』

「はい。今、装備の整理が終わったので、これから伺います。また検査と調査用のジャケットの封印処理お願いします」

『はいはい。了解です。今日も手隙だから、すぐ見られると思うよ』

「反応返しにくいのでそれはやめてくださいよ。それじゃあ……30分位で着くと思うのでよろしくお願いします」

『アハハ。30分ね。了解。待ってます』

「それでは、後ほど……よし。行こうか」


 △△△

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