第5話 街道保守のおしごと

 夜明け前のテントの中で、干飯がグツグツと舞い踊る小鍋を横目に、カップに満たした水を飲む。


「(頭痛い……)おはぎ……水いる?イラナイか……お前は酒強いな……」


 こちらを見る相棒の目は何処か冷たい。昨晩は勝手に落ち込み、勝手に盛り上げ、さぁ酒を飲もう!と濁り酒を取り出したは良いものの、一合呑まずして撃沈。最後に見たのは呆れるような目で干し肉を頬張るマメウサギの顔であったのは覚えている。カップの水を飲み干すと小鍋に魚醤を垂らし、雑炊の味を調える。


 △△△

 △△△


「はぁ染み渡るぅ」


 干飯と魚醤の塩味が溶け込んだ雑炊は、シンプルでいてどこか懐かしい味がする。飲むように木椀の中身を空にしていく相棒の横で、具無しの雑炊をゆっくりと嚥下する。

 木椀を啜りながら、広域の地図を確認する。本日の予定は、巳能路(みのじ)第三街道の点検と言う名の安全確保作業である。目的地までの距離は問題が怒らなければ急ぎ足で2時間程で到達できそうである。


「うーん。水場が遠いから……あんま居なさそう……赤字かなぁ」


 危険生物駆除を業務の主とする駆除組合からの孫請け業務である街道の点検は、発注の大本が国にも関わらず契約金額が安い。調査組合へと回ってくる地点は、基本的に谷や崖周りが基本で、立ち入る難易度が高い癖に小遣い程度の儲けしか無く、小鬼1匹出ないようであれば確実に赤字になる仕事である。幸いな事に街道周りにて出現した小鬼などの危険生物は、駆除することで報奨金が出るため、この手の点検、安全確保業務では実際の作業よりも現地で駆除した生物の駆除報奨金が主な収入となっている。


「オハギさん、今日はお前便りだから……」

「キュー……キュ……」

「え?いつも?いやいや!感謝してるけど、実際に動くのは僕なんですけど!ほら、無花果やるから!お願いしますね?」


 どこか小馬鹿にするような素振りの相棒に抗議しつつ、地図を懐に仕舞う。小鬼を5匹も駆除出来ればトントンかな?などと思いつつ木椀の雑炊を胃に押し込んだ。


 △△△

 △△△


「はぁ……」

「キュー」


 フラフラと苔むした街道を歩きながらため息をつく。

 太陽は既に西の空にあり、日差しも既に赤みがかっている。街道周辺の駆除作業を開始し、既に数時間。朝は朝で野営地から街道までの道のりが予想上に悪く、途中から強化魔法も併用し、どうにか9時前に街道へと到着したが、急いだのは正解であった。

 最初の小鬼に遭遇した時は、黒字確定だと喜んだものの、その喜びは長くは続かなかった。4,5匹程の群れを討伐し、周囲を探れば次の群れが見つかり、気が付けば20程の群れと無数の水妖を駆除し、回収した証拠品の小鬼の角は50を優に超え、水妖の核石については数える気力もなくなる程の数となっている。


「やっとついた……」

 

 注連縄を巻き付けられた小さな鳥居が目に入り、立ち止まる。本日の最終目的地である六拾の文字が刻まれた鳥居だ。時間を確認すれば時刻は既に16時、これから山を下りるととしても、日があるうちに降りれるかは微妙である。


「いくら何でも増え過ぎだろう……」


 異常な駆除数の原因は、本来水源が無いハズのこの区間に、降雨時のみ水が流れる所謂、涸れ谷があったためである。地図にも資料にも記録の無い枯れ谷は、かなりの流量を誇り、川筋には無数の水妖がたむろし、その結果このあり様である。


「キツかったけど、無視するわけにもいかないしなぁ……」

 

 水妖事体は危険度が低くとも、既に多数の小鬼が群れていたように二次的に周囲の危険度を上昇させる。水に強く依存する水妖は、確かに涸れ谷が干上がれば、数週間程で死滅する。しかし、今回の涸れ谷の規模では、いつ干上がるかも判断できず、放置して進むのも倫理的によろしくないため、片っ端から駆除していったが……


「水妖多すぎだろ……一人でやる量じゃなかった……」


 日が傾き始め少し気温が落ち始めた頃にどうにか枯れ谷源流に到達し、思わずその場に座り込んでしまった。ノロノロとした動作で真新しい注連縄を鳥居に設置すると、街道の空気が軽くなる。魔力濃度が低下した兆しだ。


「終わった……今日のお仕事おしまい!今日はもう何も駆除しない!おはぎもお疲れ……帰ろうかぁ」


 大きく背伸びをして体をほぐす。長雨で仕事が出来なかったため体がなまっていたとは言え、流石に疲労が溜まる。


「(体がガタガタだぁ……無理やりでも山降りないと……)もう一泊かな……せめて危険地帯は抜けたいな……」


 △△△

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