第3話 極相林の入り口にて

 林内に茜色の日差しが刺し込み、あたりが急速に暗くなり始めたため、急ぎ足で林内を進める。そうして林内を駆けると、景観は広葉樹林帯から針葉樹帯に変わり、何処か寒々しさを感じさせる空気に変わり足を止める。


「あー。日が落ちる前になんとか着いたぁ~」


 80m級の杉が立ち並ぶ極相林。それが本日の目的地兼野営地である。最初の小鬼と遭遇して抵以降、予想以上に異業種と遭遇し、野営地への到着が日が落ちる直前になってしまった。


「(ギリギリ~。足元暗いし……危なかった……)」


 周囲を見回していると、ひと際大きな幹の杉の木が目に入り、根本に歩み寄り見上げる。その巨木に人の胴回りはありそうな太枝を見つけ口元が緩む。


「イイ感じの枝発見……!……よし!(この位強化すれば……先ずはあの枝!)」


 下半身を中心に魔力をたぎらせると身体強化魔法が発動する。数メートル程後ろに下がり勢いをつけると2m程跳躍し、巨木の枝から枝へ飛び移り、巨木を登っていく。そうしてお目当てとしていた太枝に辿り着くと、空間拡張が施されたポケットより小型の滑車を取り出し、ロープで太枝へ固定すると、同じく取り出したロープ束を滑車に通しながら地面に落としていく。


「よっし……着いた」


 地面にロープが到達したのを確認すると、残りのロープ束を無造作に投げ落とし、登るときと逆の手順で枝から枝へと跳躍し地面へと降りる。


「確か……背中の……うん?うーん……あっ、あった!」


 背面のポケットをまさぐり、お目当ての真っ赤な収納袋(空間拡張と重量軽減魔法を施した魔具)を取り出すと、袋内より折りたたんだ若草色の布束を引っ張り出す。布束を軽く広げ、縫い付けられた金具を見つけ魔力を込めると、布束はひとりでに膨らんでいき、直径1m程の円錐状のテントが完成する。太枝より投げ落としたロープの端を金具に固定してやり、逆端のロープをしばらく引いてやれば、地面に接地していたテントが幹に沿って上昇する。


「問題は……ないね」


 地表より持ち上げたテントの確認が終わると、収納袋とロープの端を片手にテントの入り口を開く。この小さなテントも重量軽減や空間拡張など複数の魔法効果が組み込まれた魔具で、見た目こそは直径1m程の小さな子供用の玩具のテントであるが、内部空間は直径6m程まで拡張されており、簡易な煮炊き場に水浴び場まで供えられた高性能な野営用魔具となっている。


「よいしょっと……良い感じかな?」


 テント内にロープの端を持って入り込むと、入り口より頭を出しながらロープを引き、スルスルと20m程の高さまで魔具テントを持ち上げていく。ロープの端をテント内に供えられた金具へと固定してやれば、テントはゆらゆらと揺れながら上昇を止める。再びテントから頭を出し、入り口を片手で掴みテントを揺するも問題なく固定出来ているようである。

 確認が終わりテント内に入ると、固定具に手を当て魔力を流し込めば、フラフラ揺れていたテントは動きを止めた。


「これで……よし!オハギも今日はお疲れ様―」


 テントの入り口で靴を脱ぐと、背伸びをし、室内に据え付けられている家具の点検を始める。


「光源……良し、水のストック……良し、コンロも……大丈夫。他も問題ないね、忘れないうちに日報を……」

「キュー!キュー!(ごはん!ごはん!)」

「って、はぁ……ハイハイ……ご飯ね。分かったよ」


 今日の成果を整理しようとすれば、頭上で丸まっていた相棒が抗議の声を上げたため、簡易炊事場に向かう。


 △△△

 △△△

 

 簡易炊事場に置かれた木箱を開け、小鍋とナイフにまな板、それに乾燥腸詰と玉葱(タマネギ)に大蒜(ニンニク)、鷹の爪に調味料と焼しめたパンを取り出す。

「スープとパンで良い?」

「キュー(たらないー)」

「あー足らないですか……芋も入れて、乾燥無花果(いちじく)もつけるよ。それで良い?」

「キュキュキュ―(いちじくあるならゆるしてやるー)」

「はいはい。《清めよ》」


 抗議の声が上がったため、追加で食材を取り出し、調理台に並べると、調査で汚れた服毎浄化魔法をかけ、汚れを落とす。

 身綺麗になったことを確認すると、調理台に向き合い、ナイフで大蒜(ニンニク)を潰し小鍋に猪の脂肪を落とす。簡易コンロの基盤へ魔力を流し込めば、ポンと小気味よい音を立て火が灯る。火力を弱め、油を炙り出している間に玉葱、馬鈴薯の皮をむき、腸詰と共に一口大に刻んでいくと、溶け出した油に大蒜片が落ち、ジュージューと気泡を形成しながら音を立てる。鼻孔へ漂うこうばしい香りを嗅ぎながら具材を切り刻むと、鍋に入れた大蒜片から気泡が消えたため、鷹の爪を放り込み、軽く煽る。


「腹減る匂いだ……」

「キュ……」


 危険地帯での調査では、野生生物に気取られるため韮(ニラ)や大蒜など臭いの強い食材は、普通は山林に入る際は使えないのだが、この調理場付きの高性能テントは消臭機能まで付いており、外部へ臭いを漏らさない。これに加えて浄化魔法と消臭魔法の組み合わせで口臭、体臭まで消せてしまうため、何の気兼ねも無く使用することが出来る。


「便利なもんだわ……。よくぞこんな高性能魔具を開発してくれたもんだ」


 刻んだ具材を追加し、香りの溶け込んだ油を和えるよう煽り、呪文を紡ぐ。


「……よし。《潅(そそ)げ》」


 バチバチと音を立てながら小鍋に水が満ちてくの様子を眺め、水が湧き立つのを待つ。


「キュー!」

「あ……塩、塩……」


 ぼーっと鍋の中身を眺めていると、頭頂部からの抗議の声で我に返り、塩を三摘まみ程投入し、木杓子でかき混ぜる。しばらくそうしていると、鍋の水が1割程減少したところで味見をする。


「うーん。まぁこんなもんか。あー堅パン切らないと《清めよ》」


 火を落とし、浄化魔法でまな板とナイフを清めると、殺人的な硬度を誇る堅パンにナイフを当て、慎重に薄く切り出し、木皿へ無花果と共に並べていく。


「よし……ポトフの完成……」

「キュー!」


 木椀にスープを潅ぐと、まな板を配膳盆替わりにし座卓へと向かう。頭上から熱心に調理の手際を確認していたらしき相棒が、「まぁ及第点だ。許してやろう」と言わんばかりに一鳴きする。


「はいはい。明日はちゃんと作りますよ……」


 △△△

 △△△


 明らかに自分の目方より多い食事を食べるマメウサギの横で、木椀を啜りながら手帳を確認する。


「(やっぱ水妖多いな……)」


 本日遭遇した水妖の数は120匹、大猪が2匹、それに小鬼が20。小鬼ついてはすべて単独行動の若い雄ばかり。


「(けど……何より小鬼が多い。全部若い雄だし……こんなの初めてだな……)」


 この付近の調査を回され始め、早5年。四季を通して出現する危険生物は水妖数匹と大狼と大猪が数匹、稀に小鬼が迷い込むことがあるも、出ても1匹居るかどうかであった。


「それが……20匹か……うーん……大雨……水妖繁殖……エサ資源の増加……小鬼の増加……増加……うーん?群れから溢れたか?って推測は駄目かぁ」


 △△△

 △△△


「えっと……『水無月26日 三河北部定期調査1日目 大銀杏24号測線

 開始9時  天候 晴 気温 23度 風向 南の微風 開始時の魔力濃度 3

 終了16時 天候 晴 気温16度 風向 南の微風 開始時の魔力濃度 7

 項目 春季広葉樹地帯線調査 (10 キロ0.5キロ幅)

 出現種:水妖、小鬼、大猪、…… 計10種

 出現箇所:各種の出現箇所は別紙資料に記す

 個体数: 以下の通りである

 水妖 121

 小鬼 20

 ……』うん。こんな感じか……。あとは所見を、所見ねぇ……」

 

 調査日報と書かれた白紙の紙へ、テストの穴埋め問題のように、必要事項を書き連ねたところで、自由記載する項目にて筆が止まる。日報は指定の書式などなく、淡々と結果を羅列し、正確な現地情報を報告することが求められる。必要な情報は記載し、過分な情報は私情が入るため、必要最低限の情報だけを書き連ねれば良い。学舎を卒業し数年間、ようやく掴んだ報告書の基本である。このため淡々とした一覧表のような報告書を作成しているのだが……自由記載する項目については加減が難しい。


「(けど、水妖の増加については記載しないと不味いし……いや小鬼の出現もイレギュラーだしなぁ……)」


 あーでもないこーでもないとと考えた結果、数行程の文章を書き加えた。


「えっと……『出現した小鬼はすべて成熟した若い雄個体であり、体長はおおむね80cm未満であった。確認した小鬼の内1個体が水妖を捕食しており、餌および水資源としての利用を確認した。』……と。『放浪雄の発生要因は不明であるが、過剰に繁殖した水妖を餌或いは水資源として利用し棲息地を一時的に拡大した可能性がある。』……うん。とりあえずコレでよし」


 一般的に群れを形成する生物において、放浪個体が生まれる条件は複数ある。ただし、どれも条件が限定的であり、普遍性がある条件ではない。このため情報不足の段階で記載することは推測や憶測を超えてただの妄言や想像になってしまう。正直……どこまでが推測でどこからからが妄言なのか分からないのであるが。


「これ……やっぱ異常値になるよな。補足調査決定かぁ……。まぁ仕方ない。終わり終わり!」


 この手の調査で、何かしらの異常を認めた場合、組合員はその解明のために追加で半日程度の調査をおこない異常事態を誘発した原因の特定を行うことが義務付けられている。今回は、長雨が原因と一言で済ましても問題はないが、あまりおざなりな成果を上げ続ければ、組合からの信用度が下がり、不利益を被る可能性がある。このため、大して危険度も高くない種であるが、小鬼あるいは水妖について追加の調査をおこなうことが確定してしまった。


「はぁ……明日は小鬼の群れ探しかなぁ……」


 手間が増えたことに溜息をつくと、筆記具と手帳を片付け、手を組んで大きく伸びをする。体の節々がポキポキと鳴る……思ったより体がなまっていたようだ。しばらくそうして固まった体をほぐしていると、書類のインクが渇いたため、大判の封筒に納め、簡易机の引き出しにしまい込む。これで本日の仕事は終わりである。懐中時計を取り出し、時間を確認すれば既に19時を回り、テントの外は暗くなっていた。


「やばっ!明日は追加あるし早く寝よ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る