第20話 私、お嫁さんになります。

 温泉を楽しんでから10も歳下の彼ピとイチャイチャしまくる、という爛れた休暇を堪能してから、仕事に戻ったのはドライブに出かけてから2日後。

 社長ことお祖父ちゃんとお母さんに晃太郎と結婚する、という事をごくあっさりと話しておいた。

「あらそうなの? おめでと」

 というのがお母さんの返事。お祖父ちゃんに至っては

「ん、わかった」

 とコーヒーを飲みながら、新聞から目を離すこともなく実に軽いお返事だった。

「え? ねぇ、あのさ? 仮にも一人娘とか、孫娘がさ? 結婚するっていう話しなんだけどさ?」

「まぁ良いんじゃない? 晃太郎くんなら子供の頃から知ってる子だし、まぁ歳は少し離れてるけど、2人が良いなら別にいうことないわよ? それにほら、アンタもうすぐ30才なんだから。子供ほしいなら色々急いだほうが良いじゃない。ねぇ? 社長?」

「ん、まぁな。日向子もあんま相手選んでられるワケじゃないしなぁ」

 あんまりにも遠慮もデリカシーも気遣いも思いやりもない言葉だけれど、かえって『あぁやっぱりお祖父ちゃんとお母さんだ』と安心できた。

 ちなみに、マトモに『誰と結婚するんだ』『生活はどうする』『相手は仕事してるのか』『え? 晃太郎? 晃太郎ってあの晃太郎か?』『とりあえず、良いから一度家に連れてきなさい』と思える返事をしたのはお父さんただ1人。

 今度晃太郎を実家につれてくことになるけれど、正直気が重い。

 お父さんは私が高校生くらいの頃から『日向子が彼氏を連れてきたら「お前にお義父さんと呼ばれす筋合いはない」とか言ったほうが良いのか?』だの『結婚相手を連れてきたときには、とりあえず「娘との結婚は認めん」くらいは言っておこうか』など、時代錯誤も甚だしい事を言っていたような人だ。

 まぁ晃太郎くらい飄々としていれば、特に問題はないだろう。

 ちなみに私は、晃太郎の両親からやたら気に入られている。

 群馬県の館林に住んでいる晃太郎の両親、とくにお母さんは私の両親とも仲が良い上、私にちょくちょく『日向子ちゃん、お嫁に来ない?』などと言ってくれていたくらいだ。

 子供の頃からよく遊びに行っていたし、晃太郎がまだ私のことを「おねえちゃん」と呼んでいた頃などは週1で通っていた。晃太郎のお父さんは一人っ子の晃太郎のことを大事にしていたが娘も欲しかった、と言っていたらしく、ちょくちょく通ってくる私の事は本当に大事にしてくれた。下手すればお祖父ちゃんやお父さんよりも、父親らしくしてくれたかも知れない。

「学生結婚になっちゃうからね、とりあえず館林のオジさんちにも行かなきゃ」

「そりゃそうよ。結婚するならそういうとこきっちりしなさい。あ、仕事は続けるのよ? 産休とかは取っていいから」

「あたりまえでしょ。育休もガッツリとるよ。あ、あと晃太郎がちゃんと稼ぐようになるまで援助よろしく。現金大歓迎だから」

「え? あんた親にたかるの?」

「何? 孫抱かせないよ? ねぇお祖父ちゃんお願い、ママがいじめるの。晃太郎が社会人になってちゃんと稼いで生活安定して子供が落ち着いて3人目が中学校にあがるくらいまでで良いから。ねぇお願ぁい」

「おうおう、任しときなさい」

 よし、三十路近くになっても孫娘パワーは健在だ。言質は取った。これで生活は大丈夫だろう。

「ちょっとおジイちゃん、孫娘だからって甘やかさない」

「まぁ良いじゃないかぁ、だってなぁ? 日向子がお願いっていうんだから」

「ありがとお祖父ちゃん、大好き」

 よしよし、鼻の下を伸ばしてデレデレし始めた。もうこっちのものだ。いま限定で、晃太郎のものになった使い所のないFカップをちょっと腕に押しつけてやろう。いまら3分以内なら、尻か太ももなら撫でても許す。

「なワケでお母さん、館林のオジさんち言って挨拶すませたら、ソッコー入籍するから。ンで入籍したら引っ越すね。ほら、お祖父ちゃんが買ってくれたあのマンション。晃太郎がきっちり『キレイに』してあるから、住んで大丈夫でしょ?」

「そうしなさい。あのマンションはそのつもりで買ったんだから。いやぁ、ひ孫はいつだろうかねぇ」

 孫娘の色仕掛けには弱いのか、流石にs人文も畳んでちゃんとこちらを見て話をし始めた。

「いやぁ、しかしとうとう日向子も結婚だなぁ……ま、晃太郎くんが相手なら名前は変わらんから良いな」

「ま、そうねぇ。一時期はホントに一生独身なんじゃないかって思ったけど、割れ鍋に綴じ蓋ってあるのねぇ」

「ちょっとお母さん、言い方」

「こりゃもう家をあげて婿を大事にしないといけないわね。日向子みたいな物件を貰ってくれたんだから」

「何が物件だ、まるで私が事故物件みたいに」

「アンタ高校生の頃から同性愛の同人誌ばっか読んで、彼氏のひとりも出来なかったじゃないの。友達だって家に呼んだことないし、お母さんも心配してたのよ」

 うん、友達とか呼べるわけがない。そもそも居ないし、いたとしてもローターだの背腹身先生の汁だくなBL本なんかが床に転がってる部屋、晃太郎以外呼べるわけがない。

「あんた、結婚したら最低限掃除はするのよ?」

「はいはいするする」

「たまに見に行くからね」

 それは嫌だ。断じて新婚夫婦の愛の巣を、母親とはいえ人に見せてなるものか。

「マンション、鍵替えとこ」

 そう呟いた私に呆れた顔を向け、お母さんは『まったくもう、これだから』とため息を付く。

 どこの家でも『娘の結婚直前』ってこんな感じなんだろうか。

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2025年12月9日 18:00

とある清掃業者のおシゴト @Kairiki_Kumaotoko

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