第17話 強引な男はキライです

 警察に散々文句を言ったのは副社長であるお母さん、そして社長を勤めるお祖父ちゃんの二人だ。

 通報をしたのに『まだ襲われていないから動かない』と行動しなかったがために、娘が殺されるところだった。この事はマスコミ、SNSを通じて広く有識者の意見を問わざるを得ないと話いた上で、録音されていた私の通報時の通話を再生したところ、警察の偉い人が出てきて平謝りだったそうだ。

 お祖父ちゃんは警察の人と話をつけてくると行って、鼻息も荒く警察へと乗り込んでいった。

 刑部クリーニングは本日は臨時休業となっている。

「日向ちゃん、怖かったわね。もう大丈夫よ。晃太郎くんもありがとう、大学早退してきたんでしょ?」

「あぁ、俺は大丈夫。別に大学の講義なんて1日休んだくらいじゃどってことないし。そんなモンより日向ちゃんの安全のほうが大事でしょ」

 この状況でそんな事を言われたら、うっかり惚れてしまいそうだ。これは、もう今夜もベッドで優しく慰めてもらうしかないではないか。

「で、誰だったの今日来たやつって。晃太郎くん知ってる人?」

「いや、多分だけど心霊系ユーチューバーだと思う。ほら、この動画やってるやつ」

 晃太郎がスマホをずい、とお母さんに向けて見せる。

 私は顔をまともに見ていないが、晃太郎に取り押さえられた男の首筋のタトゥーは見えた。確かに動画のチャンネルに映っていた男のタトゥーの柄と同じだ。

「とりあえず首根っこ掴んで近寄ったからさ。多分ごっそり『焼いた』と思う。今頃まぁまぁヒドい事になってるんじゃないかな。警察に連れてかれたでしょ? ああいう場所って結構色々いるんでしょ?」

 そうだ。あの男は結局晃太郎に取り押さえられて『焼き尽くされた』挙げ句、脅迫と器物損壊の現行犯で逮捕となった。

 今頃は拘置所かどこかでお泊りコースになっているだろう。被害届だって絶対に取り下げたりしない。

 さっき、晃太郎がタトゥー男のチャンネルにコメントを書き込んでいた。

 突然襲われた、会社のドアを壊された、脅迫を受けた、という事実を書き込んだがまだ反応はない。

 が、どっちにしてもこのチャンネルはもう終わりだろう。

 それに、あの男自身ももう終わりかも知れない。

「あいつ……ドア越しっていうか、モニター越しにしか見てないけど、メチャクチャ引き寄せてた……アレで無事だったのって、多分守護霊とかその辺のが相当強力だったんだと思う」

 でもそれが晃太郎が至近距離に居てしばらくそのままだったがために、全部焼き尽くされているはずだ。

 となれば、引き寄せるだけ引き寄せておいて、自身を護る者が何も無い。

 おまけに、あの祠を晃太郎が『焼き尽くして』しまったために、結果的に呪詛返しのような事もやったことになっている。

 今からあいつは、自分が植え付けた呪いの種見たいなものに群がった奴ら、それにその辺にうようよしている浮遊霊や怨霊の類に寄って集って憑かれることになる。

 サメのいる海に、全身に血を塗って裸のままで飛び込むようなものだ。いや、そっちの方がまだいいかも知れない。

 サメの海だったら普通に死ぬことも出来るだろうけど、これからあいつは『お願いですから殺して下さい』と泣きわめきながら懇願するような目に遭うことになる。

「気の毒に、とか思わないわよ。こっちは一人娘を襲われたんだから。もうほんとに晃太郎くんが早くに着いてくれてなかったらどうなってたか」

「たまたまだけど、間に合ってよかったよ。まぁ日向ちゃんもショックだったろうしさ、ちょっとゆっくり休んだら? 1週間くらい」

「そうねぇ。ここしばらく忙しかったし、ちょうど案件も一段落したことだし……晃太郎くんも日向ちゃんも、2週間くらい休んでいいわよ。ちょっと気晴らしに旅行でも行ってきたら? 2人で」

「え、良いの?」

「良いわよ。まぁ結構無茶な詰め込み方しちゃったからね。気晴らししてらっしゃい。ほら、軍資金ちょっとあげるから」

 なんと、いつもなら財布の紐がチタンか鉄で出来てるんじゃないかと思うくらい硬いお母さんが、万札を数枚差し出してきた。

「最近寒くなってきたし、温泉でも行ってみたら? 2人で一緒に。泊まってらっしゃいよ」

「行く。ね、晃太郎もいいでしょ? 行こ? 私運転するからさ。温泉行こうよ。家族風呂あるとこ」

「え? 俺は良いけど……おばちゃん、いいの?」

「ん? 良いわよ? ほら、お互いオトナなんだから」

 実にあっさりとしたものだ。一人娘が、身内とは言え年頃のオトコと2人で泊りがけの旅行に行こうというのに『オトナなんだから』ということは、もう何があっても親公認、ということで良いんだろう。

「行ってみたい温泉があってさ、そこ家族風呂もあるし一日ゴロゴロしててもいいし、露天とか色々なお風呂もあるみたいだしさ? ね? 良くない?」

「ん、わかった。じゃあそこ予約とか任せて良いの?」

「うん。大丈夫。仕事モードで電話すれば予約くらいなんとかなる」

 仕事をするようになって、私のコミュ障はだいぶ改善されたと思う。仕事モードという、外面を良くすることに全精力を傾けるモードなら、知らない人相手でもそこそこ会話は出来るようになった。

「じゃあ日向ちゃん?」

 突然お母さんが私の肩に手をおいて、耳に口を近づけてくる。

「頑張んなさい。あんた晃太郎くん逃がすと、一生結婚できないわよ。場合によっちゃ子供が先になってもオッケーだから」

 とんでもないことを言ってくる母親だ。

 到底母が娘にかける言葉とは思えない事を言って、ぐっと親指を立ててくる。

 しょうがない、ここは頑張るしかないか。

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