第15話 ヤなものはお返しします

 晃太郎がスマホを無言で差し出してくる。

「え、何」

 山での祠探索から1週間、少し案件が落ち着いて来たこともあって、私は無事に有給をとってゴージャスなバカンス――など出来るだけの予算などあろうはずもなく、一緒に休みだけを取れた私と晃太郎は、スパ銭で優雅なひと時を過ごしていた。

「何? このチャンネルってアレでしょ? 例のほら、祠に最初に行ったっていう」

「そ。なんかチャンネル更新止まったっぽいんだよね」

「え? ホントに?」

 晃太郎のスマホをよくよくみてみると、これまでは毎日何かしら短い動画なんかでもアップしていたようなのに、ここ1週間はまったく動画を上げていない。

 コメントへの返信も完全に止まってしまい、チャンネルの常連と思しきユーザーのコメントでは『更新止まってんぞ』『どうした? ついにやられた?』『やっぱ祠の呪いじゃね?』『いつかヤられると思ったんだ』『え、マジで死んだ?』などと、デリカシーなどというものが存在しないようなコメントがいくつも書き込まれている。

「そりゃそうなるよね、こんな罰当たりなことばっかやってたらさ」

「んー、それもそうなんだけどさぁ……日向ちゃん、『呪詛返し』って聞いたことある?」

「あぁ、あるある。ンなことよりさ晃太郎、ちょっとビール買ってきて」

「ダメだよ、誰が運転すんの」

「えー? 晃太郎免許取ったんでしょ? 私の車運転させてあげるからさぁ」

「私の車って社用車じゃん。それにまだ運転怖い」

「ふぅん? 何ぃ? 怖いんだぁ? お子ちゃまぁ」

「そだよ。お子ちゃまだから俺運転できない。なワケでビールは買わない」

 いかん、墓穴を掘ったか。おちょくったつもりがカウンターを食らってしまった。

 まぁ致し方ない、ビールは帰ってからのお楽しみにしよう。

 それよりもさっき晃太郎が口走った、ちょっと物騒な言葉だ。

「で? 何返し? 香典返しだったっけ?」

「呪詛返し。ほら、なんか呪いとかそういうのを弾き返したら、呪った本人に飛んでくとかそういうの」

「あぁ、迷信じゃない? 非科学的だしさ」

「俺達がやってる仕事も大概非科学的だけどね?」

 くそう、ああ言えばこういうヤツだ。

 小さい頃は私の言うことならウソでも信じてしまうような、純真で純粋で無垢で可愛いショタだったのに。高校生くらいからすっかりスレやがった。

 まぁ私が事あるごとにセクハラしてたせいかも知れないが、きっと付き合った女が悪かったのだろう。そういうことにしておこう。

「でもさ? 私たち何かしたっけ?」

「ほら、あの神流湖の近くの祠。あそこ行ったじゃん」

「あー、行ったねぇ」

「あそこでさ、俺結局ポテチ2袋喰ったんだよね。コンソメと、あとダブルコンソメ」

「食べ過ぎじゃない?」

「いやぁ普通でしょ、ポテチ2袋とか。でさ、そんだけのんびりしてたってことは、このチャンネルのやつがあの祠に何か仕込んでたとしても、灼いちゃったと思うんだよねぇ」

「あ」

 そう、あの日祠に行ったのは別に仕事というわけじゃなかった。ただの肝試しというか、怖いもの見たさというか、『実際どんな祠なのか』が気になっただけなんだ。

 私だって何事もなければ長居をせず、さっさと帰るつもりだった。

 あんなグネグネ動くクッソきしょいヘビの化け物なんていなければ、私も平常心のままでいられたはずだ。

「それじゃさ、あのヘビ焼いた事が、結果的に呪詛返しになったとか、そういう感じのアレ?」

「そういう感じのアレだと思う」

「うわぁ、やっちまったなぁ……」

「え、クールポコ?」

「違う」

 相変わらずこいつは緊張感がない。まぁそこが良いところでもあるんだけれど。

「じゃさ、もしかしてこいつの動画がストップしてるのって……ガチで私たちがヤっちゃった可能性あり?」

「日向ちゃん」

 スパ銭の休憩室で、いきなり晃太郎が私に覆いかぶさるように密着して顔を近づけてきた。

「え、なに、ちょ」

 おいおいどうした? いきなり盛ったか?

 そういう強引なのと、痛くされるのは正直嫌いじゃない。ドM魂が騒ぐじゃないか。ただ、できれば人前でのプレイとか露出系は遠慮して欲しいところだ。まぁリクエストされればやるけれど。

「俺達、祠とかみてないよね?」

「は?」

「神流湖の祠とか行ってないし、何なら見てない。俺達は何も知らない」

 晃太郎の膝が私の脚の間に割り込んできた。何だおいエロいな。こすりつけるぞこの野郎、お前の膝でオナってやろうか。

「だから、こいつの動画がストップしたこととか、俺達には何の関係もない。そうだよね? ね?」

「良いじゃん……」

「ね?」

「良いじゃん、このプレイ……今日帰ったら続きヤるよ」

「……え? 何言ってんの日向ちゃん?」

 ぺろ、と舌なめずりする。

 現実世界でマトモに喋れる男なんてお祖父ちゃんか晃太郎の二人くらいしかいない。これはもう晃太郎に責任取らせるしかないだろう。アラサー女の性欲を舐めて貰っちゃ困る。三十代の女の性欲は思春期の男のそれと大差ないと言うじゃないか。ならちょうど良いはずだ。

「さぁ晃太郎、帰ろっか?」

「あぁ、うん」

 流石に人前で男が女に覆いかぶさっていたらチラ見されるのは仕方ない。少々周りの視線を浴びながら起き上がって、何事もなかったかのように会計を済ませて出ていった。

 この際モラルとか倫理とかどうだって良い。『弟を誘惑するいけないお姉ちゃん』プレイとは別に、『欲情した弟に襲われるドM姉』プレイを楽しませてもらうとしよう。

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