第14話 祠もキレイにしちゃいます

「ねぇ晃太郎、ホントにこっちで合ってる?」

「んー、多分」

「多分じゃねぇだろ」

 ハンドルを握る私と違い、スマホで地図アプリを開いて画面を眺めている晃太郎は実に気楽なものだ。リラックスしまくった表情でコーラを飲んでいる。

「今左側に神流湖があるから……あ、日向ちゃん」

「何? どこで曲がるの?」

「さっきの分岐を右」

「あのさ、そういう大事なこと早く言ってくれない?」

 適当なところでUターンしてから『さっきの分岐』の先にある細い道へと入っていく。

 まだギリギリ舗装されている道ではあるが、道の両脇にすでに民家はない。向こう側からデカい車が来たらすれ違える自身がないくらいの道幅で、ガードレールもとぎれとぎれだ

「ねぇ、ホントにこっち? 私騙されてない?」

「ヤだなぁ、俺が日向ちゃんに嘘ついたことある?」

「数え切れないほど」

「えー、例えば?」

「私のことおヨメさんにしてくれるって言った」

「子供の頃じゃん」

「私は弄ばれた。謝罪と賠償と結婚を要求する」

「要求多いなぁ。さすが日向ちゃん」

 軽口を叩きながら軽自動車を走らせること合計2時間半。車を止められそうな場所にたどり着いた私たちは、それぞれリュックサックを背負って山道に分け入った。

 私も晃太郎も山歩きなんてしたことはない。とりあえず熊よけの鈴と水筒にチョコレート、万が一のための笛だのを持ってきている。

 晃太郎のリュックの中身の半分以上がお菓子とコーラなのはとりあえず置いとくとしよう。

 驚異的だったのは、こんな山奥の人家もほとんどないような場所で、スマホのGPSと電波が使えることだ。

「俺一応、山歩き用のマップアプリとか入れてある」

「おぉ、やるじゃん」

「祠まではここから歩いて30分くらいらしい。一応山道もありはするね」

「これ道なの? え、ここ歩くんだ……」

「はぐれないでよ? 日向ちゃん運動不足だから」

「わかってるって。ゆっくり歩いてくれれば大丈夫なはず。多分」

 実に頼りない二人だが、できるだけ離れないようにペースをあわせて山道を歩く。

 最初の5分くらいは喋る余裕もあったけれど、10分くらい山道を歩いたらもう息が切れるわ脚は痛いわで、早速こんなとこまで来た事を後悔し始めた。

 努力は裏切るかも知れないけれど、運動不足だけは裏切らないみたいだ。徒歩30分と謳われた道のりを、たっぷり1時間ほどかけて歩きようやく目的地に到着したときには、私の脚は生まれたての子鹿状態だった。

「で? どう? 何か視える?」

「視えるっていうか……ねぇ晃太郎、そこに祠がある……のよね?」

「うん、あるよ?」

「あのね……そこに何かあるのかなって気はするんだけど、正直言って見えない。なんていうか……どす黒いものが渦巻いてて、こう……黒いヘビが何百匹も巻き付いてる感じっていうか……」

 遠目に見るだけでも気持ちが悪い。

 見ていて吐き気がするし、出来ることなら見るのも嫌だ。近づけと言われたら泣いて土下座して無様に許してくれと懇願するくらいの自信はある。

「うわぁマジか。そんなになってんだ」

「ホントに祠が見えないの。黒いヘビっていうかさ? もう何か不気味な長いウネウネしたのが纏わりついてて……ヤだ、私もう帰りたい」

「それじゃさっさとやろっか。一応さ、日向ちゃんのスマホで録画しておいて」

「えー、録るの? ホントに?」

「一応ね。直接見るより楽じゃない? 今から祠に近づくから、何がどうなったか教えて」

「うぅ……ヤだよぉ……見たくないなぁ……」

 とはいえ、見ないと『掃除』が終わったかどうかはわからない。

 致し方ない。私も女だ。腹をくくってやろうじゃないか。

「じゃ行くよー」

「わかった。じゃ録るよ」

 スマホのカメラを動画の録画モードに切り替えて、カメラを晃太郎に向ける。

 画面に映されているのは、紛れもなく小さな祠。でも私の肉眼には黒いヘビのようなものが巻き付いている禍々しいモノが見えている。

 晃太郎が一歩近づくと、ヘビ達はぴたっと動きを止めた。

 さらに一歩近づいたら、ヘビの群れは狂ったように動きを早め、まるで晃太郎から逃げようとするように蠢き始めた。

「ひぃっ……」

「日向ちゃん、今ちょうど祠に触れる距離まで来た。ちょっと触ってみるね」

「え、ちょ、待って待って待って!」

 スマホの画面の中の晃太郎は、何のためらいもなくぺた、と祠に手をおいた。

「うえっ」

 思わず吐き気が込み上げる。

 目に映る光景はもう凄惨そのもの。黒いヘビ達はのたうち回って青い炎に包まれる。

 ぎぃぎぃと変な悲鳴を上げてバタバタと暴れまわり、次第に1匹また1匹と真っ白い灰のように崩れ去っていく。

「今どんな感じー?」

 眼の前で繰り広げられる惨状にまったく似つかわしくない、呑気で平和そのものな晃太郎の声。もう後ろからグーでぶん殴ってやりたいくらい緊張感がない。

 でも、私には祠に近づくだけの勇気なんてものはない。必死で吐き気を堪えて視線を祠に一瞬だけ向けて、再びスマホに戻す。

「あと何匹か、しぶといのが晃太郎に巻き付こうとして苦戦してる」

「うわ怖ぁ。え、ねぇちょっと日向ちゃん助けて。ヘルプ」

「ヤだ、私近づきたくない」

「お嫁さんにしてとか言ってたくせに、見殺し?」

「大丈夫、晃太郎の犠牲は忘れないから」

「うっわヒドい」

 そんな軽口を叩いているうちに、最後の一匹のヘビが灰になった。

 祠の近辺は完全に霊的な焦土になってしまったようだ。地霊も土地神も何もいない、ある意味もっとも清浄な状態になっている。

 私はようやくマトモに祠を見ることが出来るようになった。

「あー……正直最近のどの現場よりキツかったわぁ……」

 そう呟いて少し肩の力を抜く。

 祠の傍では、相変わらず肩の力なんてまったく入ってなさそうな晃太郎が、呑気にコーラを飲んでいた。

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