第11話 ニガテなものだってあるんです

「大体仕事中にトイレって何よ」

「いや、普通に行くでしょ、トイレくらい」

 私は事故物件のトイレの中で、濡れた下着とストッキングとスカートを脱いで、晃太郎がコンビニで買ってきた、何故かサイズがピッタリな下着と男物のブカブカのジャージを履いて運転している。

 実に情けないと言うか、アラサー女子にあるまじき大失態を演じてしまった結果がこの格好だ。

「俺だってトイレくらい使うよ。……にしてもさ、日向ちゃん相変わらずああいうのニガテだよねぇ、視える人なのに」

「視えたってヤなものはヤなのよ。晃太郎はなんで平気なの」

「だって俺視えないもん。視えなきゃいないのと一緒だからさ、俺にとってはフィクションでしかないから」

「良いよねぇ……絶対ソッチのほうが良いよ」

 はぁ、とため息を漏らす。

 車の中ではこの情けない格好を人様にお見せしなくても良いけれど、事務所に戻ったら絶対お母さんも居ることだろう。祖父におもらし後の姿を見せるとか絶対に嫌だ。

 祖母が亡くなって古希を過ぎてからキャバクラに通い始めたようなスケベジジイだ、孫娘であっても変な性癖を持ってくるかもしれない。

「ちょっとさ、一回私んち寄って、洗濯して着替えてくる」

「ん、了解。じゃ俺も一回家戻ろうかな」

「あとさ晃太郎、ちょっといい?」

「ん? 何?」

「下着、ありがと。買ってきてくれて」

「あー、いいよ。後でお金頂戴」

「分かった。……でさ? 買ってきてくれたの、不思議なくらいサイズがピッタリなんだけど? あんたまさか私の洗濯物とか盗んでないでしょうね?」

「盗んで何に使うんだよ。そんなわけないでしょ。見りゃサイズくらいわかるよ」

「え、何それ怖い」

「怖いってなんで。普通見てわかんない?」

「わかんないわよ、普通は」

「へー、不便だなぁ」

 実にあっさりととんでもない事を口走って、相変わらず助手席でスマホで動画を眺めている。羨ましいくらい頑強な三半規管を持ってるんだろう。

「そう言えばさ」

「うん? 何」

「このチャンネルの人達の動画ってさ、こないだの神社あるでしょ? あそこも言ってるし、こないだの一軒家も言ってるし、何か変な祠ってのにも行ってるよ」

「え、何それ、どこのチャンネル?」

 思わず真横を向いてしまう。

「日向ちゃん前。運転中でしょ、後で見せるから」

「あ、うん」

 晃太郎があげたスポットは、全部私たちが『清掃』した場所だ。なんでも動画が作られた日は私たちが作業をした1ヶ月くらい前らしい。

 特に神社に関しては、『伝説級な恐怖の神社で一晩キャンプしてみた』というもので、一晩止まる間こっくりさんをしたり1人で百物語をしたり、果ては社殿の前で『びっくりするほどユートピア』とやらをやっていたという。

「そりゃ罰も当たるよねぇ。こんだけやらかしてたらさ。んでこの人のチャンネル、群馬にある湖の傍の祠でキャンプしたときのライブ配信動画で更新止まってる。もう2週間くらいかな」

「そういう事するのってさ、何が面白いのかな」

「さぁ? 交通事故映像をまとめた動画みたいなもんじゃない? 怖いもの見たさっていうか、自分たちにできないことを平然とやるゥ、そこに痺れる憧れるゥ、っていうやつ?」

「ふぅん、男子ってそういうの好きよね」

「いや、それは全男子の大半を敵に回すよ。少なくとも俺はそういう意図じゃなくてどんな動画編集ソフト使ってんのかな―とか、どんなタイミングで字幕入れるのかなーとか、そこら辺を見てる」

「いや、そういうマニアックな見方は晃太郎だけじゃない?」

「そうかなぁ」

「何? 動画配信とかするの?」

「いや? だって面倒くさそうだし。俺別に動画作るのは興味ないから。目標は日向ちゃんに養ってもらうヒモ」

「最っ低」

「あははは、ねぇ、お姉ちゃん養って?」

「養わん。晃太郎こそ私を養ってよ」

「えー、ヤだ」

 実に軽い調子の会話だと私でも思う。男女の色っぽい会話というよりは、まるで姉弟のような軽口の叩き合いだ。

 はたから見たら私と晃太郎は仲のいい姉弟みたいに視えるんだろうか。

「何よ、私で童貞捨てたくせに」

「日向ちゃんだって俺で処女卒業したくせに。それに酒飲んで酔っ払って襲ってきたの日向ちゃんだったじゃん」

「お酒のせいだから不可抗力でいいじゃん」

「いや、日向ちゃん酒癖悪すぎ。片付けも出来ないし、そこかしこにローターとかBL本とか置きっぱにするし、下着とかそこら中にぽいってしてるし、そういう部屋で襲われた男子◯学生の気持ちにもなってみて? 親戚のお姉ちゃんちにポテチあるよって呼ばれて、部屋に連れ込まれて散らかったベッドに押し倒されてさ? アレは合意だったとは言わせないよ? 下手すりゃどころか普通に犯罪でしょ」

「いや、もうホントすみませんでした……出来心だったんです、ひょっとしたら自分、このまま処女のまま彼ピも出来た事ないまま死ぬんじゃないかと思って、それなら手近な一番歳が近い晃太郎で処女卒業してから死のうって思いまして、マジすんません、ホントすんません、反省してます」

「などと供述しており、警察は余罪があるものとみて調べを進めています」

「続いて、株と為替の値動きです」

 車内に、実に緊張感のカケラもない笑い声が響く。

 あぁもう、こういうニュース番組コントみたいなやり取りが自然に出来る気楽さが癖になってしまう。

 晃太郎が生まれたときからの付き合いなのだから、今更遠慮などあろうはずもない。

 今夜くらいまた夜這いにでも行くとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る