第9話 嫌な事は続きます

 刑部クリーニングには、このところ立て続けに厄介な案件が飛び込んできている。

 先日の神社の件もそう。

 霊媒師だの霊能力者だのが何人も除霊や浄化に挑戦して、結局ポシャってうちに流れてきたなんていう案件も少なくない。

 厄介な「ヨゴレ」をキレイにするのだから、案件としては結構高額になるし、副社長兼経理兼お母さんはそれはそれは上機嫌なのだけれど、現場を回るハメになる私はそうも言っていられない。

 それだけ厄介なものを目の当たりにすることにもなるし、出来ることなら見たくないようなモノを毎日毎日何度も見ることになるのは、正直心身の健康に大変良くない。

「というわけで、休暇が欲しいんだけど」

「何言ってんの、仕事がこれだけ溜まってるのよ?」

「お母さん、労働者の権利って知ってる? 有給休暇って、理由なくても取れるんだけど」

「はいはい、ただし業務に影響が出ないように会社側も調整を働きかけることは出来るのよ。知らない?」

「……知ってた……」

「でしょ。この5件片付けたら休暇取っていいから。頑張って頂戴」

「えー? 5件も?」

「実際働くのは晃太郎くんでしょ。アンタは運転と確認だけじゃないの」

「それがキツいって言ってんの」

 ほんとにもう、金の亡者になるとこうも娘に対して当たりがキツくなるものだろうか。可愛い一人娘が疲れかけているというのに。

「とりあえず今日は晃太郎くんの大学が終わってから、夕方に1件。明日は午後イチから2件お願いね。で明後日に2件で一段落するから」

「……ねぇお母さん、最近さぁ、何か妙に厄介な案件が周ってきてない?」

「そうね。まぁウチとしては売上が増えて万々歳だけど、世間的には良いことじゃないわね」

 まったく脳天気な副社長だ。

 社長を務める祖父はというと、相変わらずいろんな神社や同業の不動産屋何かを巡って、ウチで処理するような案件が無いかを探し回っているらしい。

 70を過ぎた老人の営業力でこれだけの案件を持ってくるというのは、決して営業力が優れているからというわけじゃないだろう。どちらかと言うと『この手の案件』が多くなっている、というのが原因じゃなかろうか。

「なんかさぁ、気になるのよねぇ……」

「気にしたところでお金が落ちてくるわけじゃないでしょ。お仕事お仕事」

 もし私が将来結婚して子供を持つことがあったとしたら、こういう母親にはなるまい。少なくとも、娘の心配に耳を傾ける事が出来る、そんな母親になりたいものだ。

「なに? 日向ちゃん何かいま言いたそうな顔してたけど?」

「んーん? 別に、私ってこんな仕事してて結婚できるのかなぁって」

「いざとなったら晃太郎くんに貰ってもらえば? 知らない仲じゃないんだし」

「いや、親戚じゃん」

「又従姉弟なら結婚できるわよ」

「出来るけどさぁ……」

「なに? 晃太郎くんで不満なの?」

「そりゃあ」

 ふと改めて考えてみると、あの子は割と顔も良いし背も結構高めだ。

 例のあのバカバカしい浄化能力みたいなのを除けば飛び抜けた特徴があるわけじゃないし、ズバ抜けたイケメンというわけじゃない。

 多分見た目としては中の上、性格も私に対して遠慮やデリカシーというものがカケラも見当たらないのを除けば悪くない。さらに国立大に現役合格した頭も持ってる。

 刑部クリーニングを継ぐことはないだろうけど、一緒にいる相手としては、スペックだけ見れば悪い相手じゃない。何より私より10も若い。

「……ないかも」

「でしょ。既成事実でもなんでも良いから、ヤっちゃえば?」

「……何言ってんのお母さん」

 いかん、バレたかと思った。

 親戚でもなければ事案や犯罪になってたかも知れないが、実はあの子の童貞を美味しく頂いたのは何を隠そうこの私だ。

 まぁ、同時に私の処女もあの子で卒業することになったわけだけれど、今のところお互いの親には黙っている。

 だが、お母さんが乗り気ということは、これはもう本当に既成事実をおおっぴらに作ってしまえば、私は喪女卒業どころか彼氏を通り越してダンナを手に入れることになるかもしれない。

「ま、それはそうと、最近ウチが忙しくなってるのは、ひょっとしたらこういうのが増えたせいかもね?」

 お母さんがスマホの画面を渡しに向けて差し出してきた。映し出されているのは某有名動画共有サイト。

 いわゆる心霊系、都市伝説系、オカルト系のチャンネル制作者が、最近になってとある祠の噂の深層を確かめる、とかいう動画を投稿している。

 最初の投稿を出したチャンネルは、それ以来チャンネルの更新が止まっている。

「ここねぇ、この祠なんだけど」

「え、なに? 何か有名なスポットとか?」

「全然。何も無いのよ。とにかく噂だとかそういうのも全然ない場所なハズなんだけど、いろんな子達がこの祠に行き始めてから、ウチの案件が増えてるのよね」

「へぇ」

 動画の解説文を呼んでみたら、『関東最強の心霊スポット』と銘打たれたものがほとんど。いったいいくつ最強があるんだか分からない。ボクシングみたいに、WBAだのWBCだのIBFだのWBOだの色々な団体にチャンピオンが居るようなものか。

 ただ、問題はその『祠』について特集した動画の投稿時期と、私が忙しくなった時期がピッタリ一致していることだ。

「関係ないでしょ、たまたまよ、偶然」

「そうかしらねぇ」

 お母さんは何故か残念そうにため息をついてから、つまらなさそうにスマホをしまい込む。

 そう、たまたまに決まっている。

 この前言った神社の案件で、宮司さんが『この動画』と言っていたものの一つが、ついさっきお母さんが見せた動画だったというのも、きっとただの偶然だ。

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