第8話 責任、取ってもらいます

 丘の上には鎮守の森と言えるような、木々で覆われたエリアがある。

 普段なら静かで、鳥の声が時折聞こえるくらいの神社の奥の森なのだろう。ただ、今日ばかりは『好き好んでこの森に入るバカはいないだろう』と思えるくらいに禍々しい雰囲気になっている。

 子供の頃からいろんな嫌なものを見てきた私は、まぁまぁのグロ耐性は付いていると思っている。そんな私が、鳥居の向こうに足を踏み入れるか、それか裸で土下座をしろと言われたら迷わず脱いで土下座する。それほどの禍々しい雰囲気の神社だ。

 そんな場所に晃太郎は、コンビニ袋片手に歩きスマホをしながら入り込んでいった。

 木々が怒り狂ったようにざわめき始め、カラスが狂ったように鳴き声をあげる。

「だ、大丈夫、なんでしょうか……」

「まぁ、御祭神様は諦めて下さい。多分、空白地帯になりますから、勧進っていうんですか? 何処かから神様に来てもらわないといけないですね」

「はぁ……そちらはもう手筈が付いていると言いますか、ある程度は良いんですが、今入っていった彼は」

「あぁ、あの子なら大丈夫です。多分殺しても死にませんから。試しにやってみます?」

 絶句する宮司から山へと視線を移す。

 相変わらずカラスがコンテンポラリー芸術みたいな叫び声の大合唱を繰り返している。きっと神域にいきなり入り込んだ異物を、必死で排除しようとしているのだろう。残念なことに、極端なくらい鈍感で、呪われようが祟られようがまったく意にも介さない男を相手に。

「だいたい1時間くらいでしょうか。どこかベンチか何かありますか?」

「え? あ、あぁ、はい、あの、あちらに」

 宮司さんに案内されて、一の鳥居の直ぐ側にあるベンチに腰掛け、暖かいコーヒーが入った缶の蓋を開ける。

「……あ、すみません、境内飲食禁止とか、あります?」

「い、いえ……どうぞ」

「じゃ、失礼します」

 バッグの中にこっそり潜ませていた2つ目のシュークリームにかぶりついて、コーヒーで流し込む。あぁ、至福のひと時だ。これで、眼の前の山で禍々しい姿の何かが炎に包まれて灼かれてる最中なんていう、グロテスクな光景がなければどれだけ良いだろう。

「あの、宮司さん? 今焼かれちゃってる気の毒な御祭神なんですけど、最近何か変わった事とかってありました? あれだけ神様が変質しちゃうって、相当なことだと思いますけど」

「はぁ……その、最近変わったと言いますか……最近になって、こう、ユーチューバーと言うんですかね、夜中にカメラを持って神社に入ってきたりという輩がおりまして……」

「あー、いますね、そういうの。心霊系ユーチューバー、でしたっけ?」

「そう言われてるみたいですね。心霊スポットに行ったりと、まぁ私から言わせればなんて命知らずなことを、といったところなんですが……そういった輩がこの神社にも来たことが有りまして」

「ふぅん、なるほど……そいつらが来てからですか? こちらの御祭神がお怒りになったのは」

「はい、それ以前は、それはそれは静かなものでしたが……境内で鳩や猫が死んでいたり、小さな子供が怪我をしたりと、最初は小さな事だったんですが……」

 コーヒーボトルを置いてスマホを取り出す。

 ユーチューブの膨大な動画の中からこの神社への突撃動画を探すというのはちょっと現実的じゃない。かと思いきや、案外あっさりと見つかった。

 しっかり顔出しをして、サムネイルもかなり扇情的というか、とにかく人の目を集めようとする意図しか感じないものになっている。

「宮司さん、そのユーチューバーってこいつらですか?」

「すみません、私はその、直接見たということはなくてですね……ただ、この動画の神社は確かにここですね」

「やっぱり……最近多いですよねぇ、こういうの。困ったもんですね」

「まったくです……」

 いつの間にか山の喧騒は少し収まってきたようで、カラスの鳴き声は聞こえなくなった。木々のざわめきはまだ残っているが、山を見上げても禍々しい雰囲気はさほど感じられない。

「神様が、お鎮まりになった……んでしょうか……」

「いえ、残念ですけど違うと思います」

 ちょっと残酷なことを言うようだが、一応はちゃんとした情報を出しておくべきだろう。

「お鎮まりになった、というよりは、焼き尽くされそうになってる、っていう感じですね」

 宮司さんは頭を抱えて俯いてしまった。でもまぁ本当のことだししょうが無い。今のペースで行くと、あと30分くらいでこの神社の神様はこうたろうに焼き尽くされることだろう。

 そう言えば、神様が死ぬ時ってなんて言えば良いんだろう。

 南無阿弥陀仏も違うし、アーメンも何か違う気がする。御冥福を、というのもかなり違和感がある。そもそも神様が死ぬという感覚があんまり理解できない。

 まぁ日本神話でも神様は死んだりしてるんだし、きっとそういうものなんだろう。私ごときが色々考えたってわかるはずがない。

「あ、そうだ宮司さん。ちょっとつかぬことを伺いますけど」

「はい、なんでしょうか」

「この神社って、お守りとか売ってます?」

「……お、お守り、ですか? いやぁ、お正月には臨時で売ることもありますけど、今は特には……」

「そっかぁ……いやぁ、縁結びのお守りとかないかなぁって思ったんですけど」

「そ、そうでしたか……あの、今その、焼かれているという神様がですね、縁結びにご利益のある神様でして……」

「え」

 いかん、先に調べておくべきだったか。

 縁結びの神様を焼いたりしたら、この先私の結婚はどうなる。

 いや、そもそも結婚できるのか? 今回のこの案件のせいで私に年収1000万でイケメンで家事が得意な彼氏が出来なかったらどうしてくれる。

「……やっぱ晃太郎に責任取らせるかなぁ……」

 そう呟いた声は宮司さんに聞こえてしまったのか、まるで犯罪者を見るような目でみられてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る