第6話 厄介な現場も頑張ります

 朝のテレビで今日の運勢が最悪なのは分かっていた。

 朝食食べようと思って買ったヨーグルトが、大好物のりんご入を買ったはずなのにプレーンだったのも多分運が悪いせいだろう。

 そして今日、お母さんこと副社長から渡された現場のファイルに記されていた先が、最悪なくらい厄介だったのも、きっと運勢のせいだ。

「ねぇお母さん、私ここヤだ」

「ヤだじゃないの。仕事なんだから行って来て。あと事務所では『副社長』」

「4人しかいないし身内ばっかなんだから良いじゃない」

「こういうのはね、細かいこともしっかりやるのが大事なの」

「えー……気が進まなぁい……ヤだなぁ、行きたくない」

 渡されたファイルに記されていたのは2件。

 1件目はどうということはない、いつもの案件だ。一軒家でやたら不幸が続くので霊媒師に見てもらったら、到底祓ったり出来ないモノが憑いていてどうしようもないと言われた、という案件。

 2件目が問題だ。

「だって神社だよ? 本職がいるとこなのに、何でウチに頼むかなぁ」

「それだけ大変なんでしょ」

「でもさ? 晃太郎が神社とか行って大丈夫なの? だってほら、あの子行ったら大変なことにならない?」

「一応そのへんの事情も説明したのよね。でも、それでも良いから、とにかく一度来てくれって言われて」

 そう言いながらお母さんが親指と人差し指で◯の形をつくる。

 あぁそうか、かなりふっかけたんだ。それも、やたらホクホク顔なところを見るに、相当な金額をふんだくったに違いない。

「晃太郎くん、今日は午前中で大学終わりだって。お昼学食で食べてから来るらしいから、午後に対応お願いね?」

「はぁい……」

 過去に神社とか寺の案件をやったことはある。

 本来なら神聖な場所、神域で、それも神職や僧侶が毎日祈祷とかお勤めをしてるような、言ってみれば毎日毎日徹底的に掃除をして高圧洗浄機で汚れを削ぎ落としているようなところだ。

 そんな場所で、本職の人達が『落とせないヨゴレ』があるなんて、それはもう悪霊だの地縛霊だのといった軽いものじゃない。

 下手をすると祟り神だの禍津神だのといった、もう本来なら人類が手を出しちゃいけないレベルの者だったりする。

「やだなぁ……ねぇお母さん、私今日おなかいたい」

「食べ過ぎよ。正露丸飲んでなさい」

「あ、どうしよ、生理始まっちゃった」

「あんたピル飲んでるでしょうが」

「あいたたたたアタマ痛い、これ絶対脳腫瘍だ」

「いい加減にしなさい。まったく……じゃあ私ちょっと銀行と、それから備品の買い物行ってくるから。留守番と電話番お願いね」

「はぁい。お祖父ちゃんは?」

「社長なら朝から客先よ。それじゃ」

 勢いよく『副社長』が出ていった。あの様子じゃきっと午前中は帰ってこないだろう。

 まぁブラック労働にならないだけマシといえばマシかも知れない。

 こうして一人でいる間、お客さんも来ないし電話の一本もかかってこない。案件は全部社長がどこかから引っ張ってくるし、そもそもウチの会社は飛び込み案件は受け付けてない。

 仕方無しにノートPCを開けて電源を入れ、迷うこと無くYouTubeのサイトを開く。

 こういう時には、都市伝説系のチャンネルと子猫動画のチャンネルを見るに限る。

 そうだ、晃太郎にコンビニでシュークリームを買ってきてもらおう。可愛い弟分なら愛するお姉様にシュークリームを貢ぐくらいのことは、喜んでやるに違いない。

 スマホでメッセージを送ると、数十秒後に『高いよ?』と返事が来た。あの子も随分擦れてしまったものだ。小さい頃は私にお姉ちゃんお姉ちゃんとくっついて甘えて来ていたというのに。

 どさくさ紛れにショタの太ももだのうなじだのを堪能したり、思春期の始め頃に私のムダなFカップを押し付けて反応を楽しんだりしたのもいい思い出だ。

「こんなことしてるから、カレシの1人もいないんだろうけどさ……」

 自分でもインモラルな事をしているのは分かっている。

 わかっちゃいるけどやめられないのだ。そう、これは人類の原罪というべきものであって、決して私のせいでは――

 唐突に電話がなる。めったに鳴ることのない固定電話に、思わず『うおわ』というオトナな女が出してはいけない声を出してしまった。

「は、はい、刑部クリーニングです」

 コミュ障にしてはちゃんと噛まずに言えた。つかみはオッケーだ。

「……もしもし? あ、あの、刑部クリーニ――」

「来るな」

 受話器の向こうからは、ノイズだらけの不気味な声。

 老人の声のような、それでいて若い女のような声にも聞こえる。妙な声だ。

「来るな……」

「あぁはいはい、あの、ウチそういうの間に合ってますんで」

 かちゃ、と受話器を置いた瞬間、また着信音。あぁもう面倒くさい。

「はい、刑部クリーニングで――」

「来てはならぬ」

「あのー、どちら様です?」

「来てはならぬぞ……断じて、決して来るな」

「壺とか印鑑なら買いませんよ」

 再びガチャ切り。さらにお約束通りとばかりに呼び出し音。

「はい、おさかべ――」

「来るなあああああああ!」

「うるっさいんじゃこンのボケがああああ! せっかく猫ちゃん動画見てんのに、何邪魔してくれとるんじゃクソガキぁあああ!」

「…………え……」

「二度と掛けてくんなこの暇人が! 大人しくシコって寝ろ!」

 勢いよく受話器を叩きつける。よし、今度はかかってこない。

 まったく、『え』じゃないだろう。

 いきなりキレてくる相手には、こちらはそれ以上にキレ散らかすに限る。

 まったく、私もスレてしまった。しばらく前までは穢れを知らない、家の外なんてほとんどでない深層のお嬢様こと引きこもり喪女だったのに。

 あぁ暇だ。もう少しさっきの電話で遊んでやればよかったか。

 そう考えながら、時間だけが平和に過ぎていった。

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