第5話 事務作業だっておシゴトです

「ただいまぁ」

事務用のデスクが4つだけ並んでいる割に面積が広いオフィスビルの一室。

ここは元々、今日『清掃作業』をしてきたアパートと同じように、建物そのものがヒドいいわく付き物件だった。

社長を勤める祖父が、まだ幼稚園に通っていた晃太郎をこの建物内の空いたスペースで遊ばせて、あっさり浄化して格安で手に入れたものだ。

「あら、おかえり日向ちゃん」

にこやかに迎えてくれたのは私の母で、刑部クリーニングの副社長兼経理事務を務めている。

従業員わずか4人の小さな会社は、完全な家族経営の零細企業だ。ただ、零細にしては割と儲かっている方だと思う。

なにせアルバイトの晃太郎に時給5000円も払えるくらいだし、私の給料だって同年代のOLと比べても遜色ない程度にはなっている。

「お祖父ちゃんは?」

「仕事中は社長って言いなさい。社長なら商工会の会合で、直接帰るって言ってたわよ」

「飲み会かぁ……ま、社長だとそれもシゴトのうちかなぁ」

「そうね、そういう会合で案件もらってくることも多いしね。で、晃太郎くんは?」

「いるよ? ……あれ、一緒に車から降りたのに」

振り返っても晃太郎がいない。

少し遅れてドアが開き、いつの間に買ったのかペットボトルのコーラを持って入ってきた。

「あ、オバちゃんただいま」

「晃太郎くん、『副社長』よ」

「はぁい」

自分用のデスクにペットボトルを置いてノートパソコンを開く。

晃太郎から見れば、私の母は従姉叔母という関係だろうか、親がいとこ同士という関係なので、どちらかというと遠い親戚になる。

「晃太郎くん、どうだった? 今日の現場」

「んー……どうかなぁ。普通?」

「普通ねぇ」

苦笑しながら黒い表紙のフォルダを開き、私の前に置いた。

処理難度という項目には『SS』と表記されている。

私は差し出された用紙の『対応日』と『処理完了日』にそれぞれ今日の日付を、処理者の欄には私と晃太郎の名前を書き込んだ。

「きょうの物件、クリーニング料結構ふっかけたんだけどね。それでも良いから何とかしてくれって泣きつかれたのよ。ここ十年でこういう案件増えたわねぇ」

「そうなんだ」

この手の事故物件で、例えば死体が放置されていたといった物件のクリーニングは、特殊清掃なんかの専門の業者さんが対処する。

ただ、それでも『汚れ』は落とせても落としきれなかった『穢れ』は、もうどうしようもない。何しろ目に見えないし臭いもしないようなものは、洗剤や水酸化ナトリウムだの苛性ソーダなんかでは落とせない。

社長こと私の祖父は、どうやら曾祖母から受け継いだ力があったようで、こういう物件の『浄化処理』をビジネスにする事を思いついたみたいだ。

ただ、残念ながら息子であるお父さんも、孫である私も浄化の力は受け継がなかった。ただ、突然変異的にチート級の浄化力を持っていたのが、祖父の弟の孫にあたる晃太郎。

私の祖父が晃太郎の学費も全て持つ、という条件で、この零細企業でバイトをしてもらっている。

「はい、『副社長』。これ現地の写真撮った写ルンです。あとスマホで撮ったのもあとでデータ転送する」

「はいはい、ありがと。とりあえず、今月の案件はこれで最後ね。次の案件も入ってるけど、先方の都合で現地作業は月明けになるから」

「はぁい。じゃ明日明後日休みでいい?」

「会社には来なさい。あんた家にいても良いことないでしょ」

娘に対して散々な良いようだが、外れていないのが痛いところだ。

「まぁ、事務作業は任せときなさい。回収しないと給料だって出ないんだから」

「はいはい、よろしくお願いしますー。じゃあ晃太郎、帰るなら送るよ?」

「あー、うん。ちょっと待って。もう少しで今日のデイリークエスト終わる」

「……またゲーム?」

「ゲーム。あと5分で終わる」

「はいはい。ったくもう……」

私は親元を離れて、会社が持っているアパートで暮らしている。つい先日晃太郎が遊びに来た家だが、実のところ晃太郎は私の家の斜め上の部屋に住んでいる。おまけに、4世帯用のアパートに住んでいるのは、今のところ私と晃太郎の2人だけだ。

「ゴメンねぇ晃太郎くん。日向子が色々面倒かけて」

「いやぁ、それほどでも」

「ちょっと晃太郎、そこは『そんな事ないです』って言いなさいよ」

「だって日向ちゃん、相変わらず片付けしないしゴミ出し忘れるし、コンビニ飯かカップ焼きそばばっかだし、部屋に平気で同人誌置いてるし」

「日向子……?」

いかん、お母さんの目線が怖くなってきた。そろそろ晃太郎の口を閉じさせなければ。

「放っておいたらビールばっか飲んでるし、赤貝の缶詰とか開けてそのままだし」

「ほら帰るよ晃太郎! じゃ、お先にー!」

「え、ちょっと日向ちゃん?」

「また明日! じゃあお母さん、おつかれ!」

 なんとかして晃太郎の手を引っ張って会社のドアを開け、大股で晃太郎を引きずるようにして車に押し込めてエンジンをかけてアクセルを踏んだ。

さて、今日は帰ったら一杯飲みながら説教をしなければ。

「ったく……ちょっとコンビニ寄るわよ」

「え? やった、おれコンソメ味とコーラ」

「奢らない! まったくもう!」

いつも通り、どうでもいい会話を繰り返しながら、社宅へのんびりと向かっていった。

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