第3章1 遠足&カレー、スプリングウィンド
四月の下旬、俺たちは恒例の遠足に来ていた。
桜はとっくに散り、情報科J組はバスで移動し、山の麓に着いていた。
ハイキングといえば聞こえがいいが、山登りである。
俺、工藤マナカはコンピューター部であったのも理由だが、体力はあまりない。
同じ班になった、ナカチュウの二人は体力が有り余っているようだった。
女性陣のハルは中学時代、陸上部をやっていただけあって、体力はある。
そして山崎ミウも、中学時代運動部だったそうで、余裕だそうだ。
「つまり、この中で体力に自信がないのは俺だけか」
「ファイトだよ、工藤君」
ミウが励ましてくれるが、俺はすでにぐったりしていた。
この塩凪市は川の河口付近のデルタ地帯である平野部と、いきなり千メートルを超える山間部からできている。
バスで平野部を移動し、麓で降ろされた俺たちはさっそく山を登りはじめる。
しかし、体力のない俺はさっそくバテてご覧の有様である。
「これが、フルダイブマシンの中の世界だったらな」
「マナちゃん、なにそれ」
「VR世界だったらと思ってな」
「ふーん、それで?」
「MMORPGとかだとな、登山部がいるんだよ、登山部」
「ゲームなのに?」
「うん。オープンワールドと言って、自由に移動できるゲームだと、山にも登れるんだ」
「なるほどねぇ」
ゲーム世界でも高い山の上からの眺めは素晴らしかったりする。
開発陣も、そういう景色などを意識して開発しているので、実はちゃんとコンテンツの一つだったりするのだ。
高い山の頂上には、宝箱とか珍しい採取ポイントから薬草が取れたりといった、オマケもあったりする。
フルダイブマシン、憧れだよな。
自分の思いのまま操作して、ゲームを楽しんでみたいものだ。
現実のほうへ意識を向ける。今日はみんなジャージだ。
男子と女子でシルエットが全然違うのが分かって興味深い。
別に変な意味ではない。やっぱり、骨格からして違うんだろう。
ゲームのアバターのデザインとかにも興味自体はあるので、こういう時、ついつい観察してしまう癖がある。
おっといかん、現実だった。杉林の森が続いている。
茶畑とミカン畑が斜面に広がっていた。
特に新緑の茶畑はもうすぐゴールデンウィークごろに新茶、一番茶の季節を迎える。
そのため、エメラルドグリーンの新芽がとても綺麗だ。
こういう季節感もゲームで再現できたら素晴らしいだろうな。
一部のゲームでは、季節感を出すオブジェクトを配置したりして、クリスマスやハロウィンを飾ったりするのだけど、あくまで一部分だけで、すべての木を季節に合わせて修正できるほどの、リソースはない。
今後、オブジェクトの作成、修正にAIが普及すると、そういうより広大な季節感を出したりすることもできるようになるかもしれない。
下草も、見慣れた春の草花が咲いていて、俺はほっこりする。
カラスノエンドウ、ハルジオン、タンポポ、スギナ、ハコベ、など。
この前まではツクシも生えていたが、もう枯れてしまったようだ。
季節が巡るのは早いものだ。
そのぶん、情報技術試験を受ける日までの残り日数はちゃくちゃくと減っていることも意味していた。
班のリーダーはハルで、俺を掴まえてぐいぐい引っ張っていく。
とても頼もしいが、なんだかこっぱずかしい。
「マナハルは、早速ラブラブだなー」
「そんなんじゃないよぉ。ね? マナちゃん」
「ほら、そのマナちゃんとか、さすが幼馴染」
「ハル、人前でマナちゃん呼びはやめろっていったろ」
「二次元じゃねえんだから、リア充爆発しろ!」
カイが俺たちに突っ込みを入れる。
照れるハルにタジタジの俺、まったく何やってるんだか。
途中で情報技術試験のテキストを見ながら歩こうと思ったのに、この分ではそんな余裕はとてもなかった。
テキストは何百ページもあり、普通の教科書よりも分厚い。その分重いのが、余計に俺の負担だった。
軽装でくればもっと山登りも楽だったろう。ひとつ失敗である。
「テキスト持ってくるんじゃなかった」
「マナちゃんは勉強熱心なんだもんねえ」
「マナカは勉強バカだもんな」
「カイ。そんなんじゃないわい」
まあ、コンピューターバカかもしれんが。
「たまにはオフラインも楽しみましょう」
「そうね、いいこと言うね、さすがハルちゃん」
「オフラインか。まあ、自然はアナログの極みだろ。まあ、悪くはない」
ミウがたまに写真を撮りながら進んでいく。
「私も情報技術試験、受けるかも」
「ミウもか? まあ、頑張れよ」
「そんな他人事みたいに」
「コンピューターなんて、動けばいいんですよ、動けば」
「カイはいっつもそれだな」
「座右の銘なんで!」
「あはは」
なんとか雑談をしつつ、山を登っていく。
「ふわあ」
「頂上だね!」
周りを一望できる。
海、港、川、そして俺たちの住んでいる町。
ガントリークレーンというコンテナ用のクレーンが見える。
大型船から小型船まで海にはさまざまな船が出入りしていた。
今日は風が弱いのか、波はそれほど高くないようだ。
空は晴れて、小さな雲が浮かんで同じ方向に移動していく。
すべてが見渡せる高い場所で、ここからなら町を支配できるのではと錯覚しそうだ。
「あー疲れた疲れた」
「マナちゃんはもう少し運動したほうがいいよ」
「ハルは元気でけっこう」
「もう、そうやって私をバカにして」
「ほめてるって、本当」
「そうなんだ……」
頂上の展望台で昼食のおにぎりをみんなで頬張る。
中の具は、梅干し、おかか、ツナマヨ。
他におかずの卵焼きと唐揚げがあった。
朝早くに起きて、準備した甲斐がある。
「うまうま」
「私の分まで、ありがと、マナちゃん」
「いいんだ。どうせ一つも二つも一緒だから」
「うれしい」
「まったく、ラブラブ見せつけるよなー」
「そんなんではないぞ」
昼食も終わり、今度は下りだ。
行きとは別のルートで山を下りていく。
「次は勉強会ね! 拒否権なし」
「お、おう」
こういうオフラインのイベントも悪くはない。
スマホでたまに撮影したりしつつ、みんなでバカ話をしながらエンジョイする。
こうして遠足イベントはなんとか終わらせることができた。
遠足の翌週、放課後。今日は学校が半日授業だった。
午後からはなんか偉い人たちには用があるらしい。
「マナちゃん、お腹すいた! カレー食べに行こ!」
ハルが俺を引っ張りぐいぐいと迫ってくる。
「分かった、分かった。スパイス亭でいいか?」
「いい!」
俺は断り切れず、二人で国道沿いのスパイス亭に向かった。
ここは全国チェーンのカレー店だった。
店内はどこからかスパイスの香りが漂い、常連客なのだろうか、彼らはカレーを掻き込んでいる。
平日なので外回りの営業さんや工事関係者と思われる作業着の人が多い。
店内へと入ると、俺とハルは空席に座り、メニューをにらむ。
「ビーフカレーライス、辛口! チーズトッピング」
「おう。じゃあ俺は、カレーライスに牛丼の具トッピングで」
俺のはいわゆるカレー牛、または牛丼カレーなどという料理だ。
店員のお兄さんに伝えて、水を一気飲みして、再びセルフの水を注ぐ。
お水はピッチャーで飲み放題。ティッシュボックスの用意もある。
中農ソース、福神漬け、粉チーズがテーブル上に用意されていて自由に使っていい。
チーズは珍しいかもしれない。なかなかの優良店だ。
「IT社長になったら、こんな店もAIで最適化よ!」
「ああ、行く前に予約しておいて、到着したら待ち時間ゼロとかな」
「そうそう、そういうのだよ」
「ただ、個人情報が心配だな、プライバシーは尊重されなきゃならんね」
「セキュリティー意識高くて、好き」
「そうだろ」
俺たちの前に注文したカレーが運ばれてくる。
「「いただきます」」
カレー店でももちろん手を合わせて挨拶する。
ニコニコ大きな声と身振り手振りで挨拶するハルを、客のおじさんたちが見ていた。
俺は少し恥ずかしいが、まあ、慣れてしまえばなんということもない。
まずはカレーとライスを一口。
ここでは普通のカレーはチキンカレーだ。
ハルのはビーフカレーで少し黒っぽくて値段も高い。
スパイスの辛みと旨味、特有の香りが食欲をそそる。
そうだな、週一回くらいなら食べたい味だ。
その味は濃厚で、やめられない。
そして牛丼の具を一口。
牛肉特有の旨味と甘いタレが、カレーとの対比でとても美味い。
一緒に入っているタマネギの甘さも、とてもいい。
カレーとこの牛丼の具を順番に食べるのが素晴らしい。
「カレーと牛丼の具、この交互に食べるというアルゴリズムの最適化が素晴らしいんだよ」
「ふふふ、マナちゃんのも美味しそう」
「交換するか?」
「うん、ありがと」
さっとハルとカレーを交換する。
ハルのはビーフカレーとチーズだったか。
ビーフの濃厚な旨味とチーズも濃厚さとクリーミーさが加わり、なるほど悪くない。
「うまうま」
「でしょ?」
「そっちは?」
「もちろん、美味しいです!」
交換していたカレーを戻して、再び食べ進める。
たまにお水を飲んでリフレッシュし、あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした」
「食った食った。ごちそうさま」
今日も美味しいものが食べられてうれしい。
「割り勘でいい?」
「いや、俺払うよ。まだお財布に余裕あるし」
「さすが仕事人」
「まあな」
さっとスマホを出してバーコード決済で済ませてしまう。
小銭を使う機会もずいぶんと減ってきた。
あとはたくさんある種類のペイとかカードとかが統合されてくれれば、楽なんだよななどと思いつつ、まあ企業戦略はいろいろあるよな、と現実的なところを考える。
それから一社に統合されたらシステム障害が発生したとき、文句だけじゃ済まなくなるな。
そういう意味では冗長化は大事だったりする。
「今、キスしたら、大変! カレー臭い」
「いや、キスとかしないだろ」
「まーねー、してみるカレーのキス?」
「せんわ」
まったく、分かってて言ってるな。
こういうイタズラもたまにするんだから。
本当、女の子というかハルは何を考えているか分からない。
まさにミニスカの俺の聖女はどんな思考回路なんだか。
俺がミニスカ・アルゴリズムと密かに呼んでいるゆえんである。
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