ミニスカ・アルゴリズム ~マナカと幼馴染ハルの脆弱性と情報技術試験~
滝川 海老郎
第1章1 志望校チャイルドフッド
高校一年、冬。
俺はコンビニの前にいた。
雪が降らない地域とはいえさすがに冷える。
ここがもっと南国とかだったらいいのにと思いながらも、幼馴染がコンビニから、出てくるのを待っていた。
「マナちゃん、お待たせ」
「大丈夫だよ」
彼女は買ってきた白い袋から何やら取り出していた。
「はい、肉まんだよぉ、一緒に食べよ」
「お、おう」
それは普通の肉まんより、ワンランク上のプレミアム角煮肉まんであった。
ひと回り大きい。
袋を開けると湯気が出ており、美味しそうだ。
「あつあつ、はい、半分。半分こだからねー」
「ありがとう」
俺がこちら側から一口食べる。
食べたところからは、中の餡が飛び出し、茶色い具が見えていた。
熱くてトロトロのそれはなんだか、こう言ったら語弊があるかもしれないが、ちょっとエロい。
反対側から彼女がパクりと一口。
一つの肉まんを挟んで顔が急接近していた。
まだ熱い肉まんの皮はフワフワで、まるで彼女のほっぺたのようだった。
「美味しい!」
「ああ、うまいな」
寒い冬空の下、一つの肉まんを顔を寄せ合い食べる。
半分こ。
「えへへ、間接キスだね!?」
「えっ、ああそうかも」
「いひひ」
ニヤリと笑うその顔はチャーミングでとても可愛らしかった。
「どうせならキスもしちゃおっか?」
「マジで……」
俺は完全にショートしてカーネルパニックを起こす。
なんのことか分からないだろうが、俺にも分からなかった。
この日、再起動までには時間を要した。
ようやく告白し、付き合うことになった俺たちは、まだまだ初心だった。
ところが、ここまで来るには約一年の間にも、様々なことがあった。
ということで、時間は約一年前ちょっとの、中学三年生の秋に戻る。
◇
秋も深まる頃、俺と幼馴染は二人で中学までの道を登校していた。
その幼馴染様は亜麻色の髪を伸ばしナチュラルカールでクルッとしている。
朝日を浴びて、なんというか美少女のそれだ。
「そろそろ、志望校決めないとな。ハルは決まってるのか? 東高?」
「ううん。いひひ、マナちゃんと一緒の塩凪工業!」
「はあ? ハルは頭いいから東高いけるだろ、なんで」
「私も情報科、受けるからね。これは決定事項でーす」
何考えてんだか。高校の選択は進学する大学にも影響する。
塩凪工業高校は市内の偏差値で言えば中くらいだが、大学を目指すならギリギリだった。
俺は工藤マナカ、塔山東中学三年二組。
そして、隣を歩く美少女はクラスメート、俺の幼馴染、遠藤ハルその人である。
小学二年のときに近所に引っ越してきたのがハルでそれ以来の付き合いだ。
同じ小学校、中学と過ごしてきた。少子化でクラス数も激減し、同じクラスにもなりやすい。
今年度もそうで、教室で机を並べることもある。
クラスいちの美少女に育ったハルはいつも明るく素直な女の子だった。
「情報科受けてどうするん?」
「IT社長とか、儲かりそうじゃん」
「ハルがIT社長か?」
「そうだよ。高級車乗り回して近所のスーパーに通うんだ」
「ふむ」
確かにそういうイメージもある。
女の子がIT社長か。眼鏡の美少女がキラリと光る感じだろうか。
まあ、ハルは眼鏡かけてないけどな、視力は俺よりいいはず。
ちなみに俺もパソコンオタクの癖にまだ裸眼だ。
「俺は女の子よりプログラミング言語が大事、うむ」
「もう、いつもそうなんだから、マナちゃん」
ハルは地頭もよく、要領もいい。普通に進学校である塩凪東高校へ行って、そのまま国立大とかを目指すとばかり思っていた。
それが、俺と同じ工業高校を受けるという。なんでだ。
それ以前に俺が工業高校を受けるとハルに言ったことはないはずだった。
幼馴染なので、どこかから情報が漏れたのだろう。
クラスメートや母親の顔を思い浮かべる。
セキュリティーが甘いのはどこだろうか。
セキュリティーホールがあるなら塞いでおかなければ。
同じ高校か。
別に俺たちは幼馴染ではあるが付き合っているわけではない。
確かにハルは可愛いし、付き合えたらうれしいけど……。
奥手の俺たちにはまだ早い。そのような願望がないわけではないが、あまり現実感がなかった。
「今度の日曜日、駅前商店街でなんかイベントやるんだってぇ」
「へー、行きたいの?」
「うん、マナちゃん、一緒に行こ」
「いいけど、勉強もしろよ」
「分かってるって」
「それから、マナちゃんって呼ぶのなんとかしろ」
「マナちゃんはマナちゃんだもーん」
本当に、何年もの付き合いだが、何考えているかはよく分からない。
女心と秋の空、そうか秋だな。
焼き芋のトラック売りの季節だな。
ハルは相変わらずのミニスカートで、太ももを晒している。
あれで足は寒くはないのだろうか。
雪が降らない地域といえども、そろそろ本格的に寒くなってくる。
「ほれ、ちょっと急ぐぞ、遅刻ギリだ」
「ホント? 分かった」
二人で早足で登校を続ける。
どんどん走っていくハルを俺は追いかけた。
「おはよう」
「マナカ君、おはようっ」
クラスに到着して雑談を始める。
中学も三年生の秋ともなれば勝手知ったるなんとやら。
「あー、今日、情報の授業あるじゃん、やだー」
「あはは」
「いいよねマナカ君は。初級ITテスト、受かってるんだってね」
「ああまぁ」
「プログラムの宿題教えてよぉ」
そう、俺はいわゆるパソコンオタクというやつだった。
スマホ全盛の現代、昔の一時期は情報革命といわれて、みんながパソコンができる世界になると思われていた。
しかしスマホが生まれてからは、この国では他国よりも明らかにパソコンの普及率も上がらずに、もっぱら一般人が使うのはスマホである。
学校教育にはタブレット端末も導入されてはいるが、使用はまだまだ限定的といえる。
昔の近未来アニメだと、教科書もノートもすべてが電子化されて、もう紙と鉛筆は不要のサイバー世界が描かれていたけど、現実はそんなことなかった。
「ほら一時変数に一回入れといて保管」
「うむ」
「入れ替えたら、戻すと交換できる」
「あーなるほど」
「な、案外簡単だろ」
「そりゃお前だけだ」
「そうか?」
プログラムの基本くらいは簡単だ。
昔使用されたマシン語、アセンブラという低級言語みたいなもの特有の複雑さも今はない。
いやまぁ、試験で選択すればあるにはあるけど、普通はあまり必要ないし。
今は簡単に使える高級言語のプログラミング言語なんて、何種類もある。
好きなの一つ覚えれば、あとは応用が効く。
AとBという変数を交換するには、まず一時変数Tとかを用意して、AをTに代入する。代入と言っているが要はコピーである。次にBをAに代入、最後にTに避難させていたものをBへ代入すれば、ほい完成である。
言語によっては最適化のため、変数の相互入れ替え専用の関数というのもないわけではないが、少数派かもしれない。
こういうのは理屈ではなく、小さい頃に感覚で覚えていた。
父親が生きていた頃は、家にもお古のパソコンが自由に使えて、多くの子は動画とかにのめり込むのだろうけど、俺はプログラミングだったのだ。
父親はいわゆるITエンジニアで、システム設計などをしていたようである。
小さい頃をふと思い出す。
『マナカは誰に似たんだろうな』
『パパ!』
『そうよね、お父さんそっくり』
さて、そんな父親は不慮の事故であっさり死んでしまった。
話が話なら今頃は異世界転生していそうで、向こうでもバリバリやっているかもしれない。
異世界技術革命、世の中のシステムを更新せよ。
なんにせよ、もういない。
その見えない背中を追いかけてここまで来た。
一言にコンピューター関連と言っても、ソフトウェア、ハードウェア、組み込み、ネットワーク、運用など多岐にわたる。
俺は父親がそうであったように、どちらかというとソフトウェア寄りだ。
ハルは、うーんそうだな。
ハルはいつも俺の隣にいて笑ってくれていた。
またあるときは、俺がコンピューターをいじっている背中をじっと見つめて待ってくれている。
その眼差しはいつも優しく、俺だけの聖女様かもしれない。
もちろん、面と向かってそんなこっ恥ずかしいことを言うことはないが、感謝はしている。
日曜日、駅前商店街。
いつもはそれほど人はいないが、今日はそれなりにたくさんいる。
「楽しみぃ」
「なんのイベントなんだ?」
「市内のプロスポーツチームが集まってコーナーを作ってるんだって」
「へえ」
スポーツ自体にはそれほど興味もない俺でも、地元チームに対する愛着くらいはある。
特に市民サッカーからプロ化した、塩凪FCは、なかなかサッカー1部リーグで優勝できず、ついには最下位になり2部リーグ落ち、しかし一年で立て直しまた1部リーグに戻ってきて活躍している。
その塩凪FCには塩凪ジュニアFCから上がった地元選手も何人かいて、注目を集めていた。
塩凪市はサッカーが盛んで有名な街なのだ。
太平洋側沿岸に位置し、お茶とミカンが特産で、国際貿易港を備える。
産業は車やその生産ライン、産業機械の工場なんかもある。
別段、大都会ではないが、まだなんとか都市を保っている。そんな地方都市の一つだ。
「地元就職なら電子機械のほうが有利かもしれんな」
「なにそれ」
「今って自動車の部品も機械で作ってるんだよ」
「うん?」
「だから、自動車部品の組み立ての人もいるにはいるけど、産業機械の需要が高いんだ」
「機械を作る機械を作る人ってこと?」
「そそ」
うむ、意外とでもないが、ハルは頭の回転が早い。
たぶん暗算とかも得意で、レジでは会計前に先に小銭を用意するタイプだ。
割りかしプログラマ適性も低くはない。
一緒に学校に行き、就職して、ペアプログラミングとか、理想かもしれない。
ペアプログラミングというのは、開発手法の一つで、全体機能のうち担当箇所を二人一組で受け持ち、お互いでフィードバックを行う方法をいう。
一人よりも困ったときに助けてもらえるし、バグを作りにくくなるし、成長も見込めるなど、メリットがあるのだ。
もし、俺とハルがペアプログラミングのバディになり、ブイブイ言わせたら、最高だな。
捕らぬ狸の皮算用とはいうが、想像するのは楽しい。
「産業機械って言っても、要はあれだよ。クレーンゲーム。あの機械に似てる」
「ああ、あるよね。アームが付いててブイーンて動く」
「そそ、その親戚」
昔の機械といえば、操作用のハンドルやレバーから直接機械が物理的につながっていて、それで動いていた。
「昔は車も飛行機も直接操作だったんだ。でも今はゲームと同じで直接つながってなくて、電気的に制御してるものも多いんだ。産業機械もそう」
「ふーん」
飛行機だと機械制御ではなく、この電気制御をフライ・バイ・ワイヤという。
レーシングゲームも本物の車も、どちらもプログラミングで制御されて動く点は同じ。
そういう意味でもソフトウェアはあちこちで使われている。
自分の領域はまだ、コンピューター用のアプリケーションが多い。
もしくはインターネットで動くサーバー用のソフトウェアだ。
どちらもあまり機械とは少し疎遠で、純粋なソフトウェアに近い。
ロボコンなど、機械を動かすプログラミングも世の中にはあり、学校の実習でやったこともある。
タイミング制御とかが思ったりシビアで、繰り返し試行錯誤が必要だった。
ソフトウェアのミスでうまく動かなくて、悔しい思いもしたことがある。
そういうときに、隣で一緒にやってくれる幼馴染の存在は思った以上に大きかったように感じる。
ハルは持ち前の明るさで励ましてくれたり、回転の早い頭で思い付きを教えてくれて課題を解決したり、活躍したのだ。
そうやって、俺一人ではできないことも、いくつも乗り越えてこなしてきた。
「おばちゃん、わたあめ二つ」
「カップル? いいわねぇ若いって」
「どうも」
さすがに照れる。
ハルと俺はカップルに見えるらしい。
まだ俺は背が低く、先に成長期を迎えたハルのほうが少し高い。
若い子の初々しいカップルまんまに見えているのだろう。
二人でそれぞれわたあめを手にして、その場を離れる。
ハルも照れ笑いだった。
俺もハルも一緒にいて、からかわれるのはいつものこと、別になんとも思っていない、といったら嘘になるが、慣れてはいる。
これで付き合えていたら、キスとかしてみせるのだろうが、そんな甲斐性はない。
女の子よりプログラミング言語である。
サッカーチームにバレーボールチームなどを見学して、そろそろお昼になる。
「ハル、ラーメンでいいか? 来来軒」
「いいよぉ、あそこチャーシューが二枚で好き」
「そうか、混んでなきゃいいけどな」
「まあ行ってみましょ、私、運がいいし」
「確かに」
ハルは何かと普段から徳でも積んでいるのか、いつもだいたい運がいいのだ。
一緒にいる俺もそのおこぼれを頂戴する。
商店街の隅の角にある来来軒に着くと、外に並んでいる人はいない。
ドアを開けて入ると、ちょうど二人席が空いていた。
「いらっしゃい、空いてる席でいいかい」
「はいっ」
「おじゃまします」
二人でテーブルを挟んで座りメニューを見る。
といっても、いつもだいたい二人とも醤油ラーメン一筋で、おまけに餃子を割り勘する。
幼馴染くらいになると、餃子のシェアくらい当たり前だった。
さっと注文すると、ほどなくしてラーメンがくる。
「いただきます」
「ああ、いただきます」
幼馴染のハルちゃんは礼儀正しい子なので、こういうときも挨拶を欠かさない。
俺もそれに倣い、挨拶をして箸を割る。
シンプルな醤油ラーメン。
醤油の旨味としょっぱさがほどよい。
かすかなショウガの風味がまたいい感じだ。
スープの味を噛み締めて、細麺を啜る。
ちょうどよい硬さの麺がスープと一体になり、口に吸い込まれていく。
上に載っている白ネギがほどよいアクセントになっている。
ハッカーの出てくる小説で「ネギラーメンの麺抜き」を注文する少女の話をふと思い出す。
店主の女性はいつも少女の健康に文句を言い、必ず麺を入れて出前を届けさせる。
秋口の涼しい風の季節、温かいラーメンは体に染みるように美味い。
「餃子、お待ち」
それに頷いて答え、俺とハルは餃子を半分こにする。
小皿はちゃんと二つ付いていて、それぞれ小皿にベースの醤油と酢を垂らしてタレを作る。
一般的なラー油を使わないのが俺たち流だった。
「あち、うま」
餃子はできたてで、外はカリッとしており、反対側はもちっとしていた。
中の具はひき肉とニラ、キャベツだろうか。
ジュワッと肉汁が出てきて、それらが渾然一体となって、俺を襲う。
美味い。
再びさっぱりした醤油ラーメンを啜り、チャーシューを一口齧ると肉の旨味が広がる。
さらにコリコリとして味のあるメンマもアクセントとなる。
また麺を食べてスープを飲む。そうして繰り返す。
「そういえば、昔はナルトも入ってたね」
「ああ、いつからか、なくなったんだよな。この店は去年くらいか」
「最近、価格高騰してて値段変えないなら、材料費削るしかないもんね」
「だよな」
あの白に赤い渦巻き模様が、まさか懐かしいものになるとは思わなかった。
企業努力というのは大変だろうなとは思う。
ラーメン一つでもノスタルジーはある。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったです」
「あいよ、またおいで」
顔見知りかどうか微妙な関係の店主。
スキンヘッドにしていて、風貌はアレだがいい人なのだ。
店主は明るい笑顔で見送ってくれた。
「満足した?」
「モチのロン」
「私も、お腹いっぱい」
「本当は唐揚げ一個くらいなら入るよね」
「まあね。腹は八分目でいいんだよ」
ラーメンを食べるときはハルを気にしないくらい全力である。
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こんにちは、こんばんは、書籍化作家、滝川海老郎です。
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