研究施設を飛び出した『バケモノ』は平穏に暮らしたい

トランス☆ミル

短編

ある秋の日。空は、どこまでも青く澄んでいた。


その光の下、俺、空無くうむ れいは、新しい制服の襟を直しながら校門をくぐる。


新しい学校。新しい生活。


そして、俺が望んだ『平穏』の始まり。


――のはずだった。



◇◇◇◇◇◇



教室のドアを開けた瞬間、ざわめきが走った。


白い髪、白い眉、透けるような肌。右目は淡く青と緑が揺れ、左目は黄と赤が混ざる。


その異様さに、数秒の沈黙が流れる。


「えっと...今日からこのクラスに入る転校生を紹介します。空無 零くんです」


担任の声に続き、俺は軽く会釈した。


「空無 零です。フルネームはもっと長いんだけど...零と呼んでください。」


みんなの顔をうかがう。表情は変わらず、眉ひとつ動かさない。


俺の見た目に、慣れるまで時間がかかるのは知っている。


「零くん、席は天城あまぎの隣だ。」


「はい。」


先生に促されて座ると、隣の少女が微笑んだ。


黒髪を肩で切りそろえ、整った顔。どこか凛とした空気をまとった子だった。


「私は天城 凛。よろしくね。」


「あ、あぁ。よろしく。」


そう言って、俺はほんの少しだけ肩の力を抜いた。


ホームルームが終わると、みんなが俺の周りに集まる。


「ねぇねぇ、その髪地毛なの?」


「あぁ、俺は軽度のアルビノっていう病気らしくて、体の色素が薄いんだよ。でも太陽の下を歩いても大丈夫なんだ。不思議でしょ。」


「綺麗な目だね。裸眼なの?」


「どこから来たの?なんか不思議な雰囲気だわ。」


みんなは珍しいものを見るように俺の顔を覗き込み、質問をしてくる。まぁ、実際俺はめずらしいものだけど、ここまで初日に人に集られることはなかった。


俺はこの学校ならばやっていけそうだと感じた。




「あぁ、いたいた!」


「零!一緒に学校探検しようぜ!」


昼休み。校舎裏のベンチでパンを食べている俺の前に、2人の男子が勢いよく飛び出してきた。


名前は篤志と健二。明るくて元気な普通の高校生といった感じだ。


「まだ来たばっかりだし、学校探検は転校生の定番だからね!」


その2人は俺に校内を案内してくれるそうだ。


「学校探検...いいね!」


俺がそう笑顔で答えると、


「何それ!面白そー。」


「私たちもついて行っていいかしら?」


と、凛と未奈もやって来た。未奈は凛の親友らしい。


そんなこんなで、俺は5人で学校を回ることにした。


「じゃあまずは音楽室!」


篤志が先頭を歩き、俺たちはにぎやかに校内を巡った。


音楽室から廊下、図書室、中庭。


他のクラスや学年の生徒からの視線は気になるものの、ごく普通の学校生活。


でも、こんな普通の光景が、俺にとってはずっと遠かった。


(これが普通...俺の求めていた平穏な学校...)


そう思いながらみんなの背中を眺めていた――。



◇◇◇◇◇◇



「零。おはよう!」


「おはよう、優斗。」


――この学校に来て数週間。ようやく周囲に溶け込み、話せる友達も増えてきた。


勉強も運動も人並み外れてできるが、なるべく目立たないようにしていた。


見た目こそ奇抜だが、話してみれば普通。そう思ってもらえるように努力をした。




昼休み、凛が隣の席で弁当を広げる。そのまわりに篤志たちが座って、同じく昼食を食べている。


「ねぇ、零くんって海外に住んでたんでしょ?英語、めっちゃ発音綺麗だよね!」


「あぁ、昔アメリカにね。」


「お母さんがアメリカと日本のハーフなんだっけ?クォーターって、なんかいいよな!」


「零くんってアニメの世界からそのまま引っ張って来たような神々しさがあるわよねぇ。」


そう言って、いつも俺の話で盛り上がる。


みんなの笑顔は穏やかで、どこか懐かしい。嫌な思い出が全て吹き飛ぶようだ。


こうして笑い合える日々が、ずっと続けばいいと思った――。




放課後。俺はいつもの4人と一緒に下校する。


土手から見える川に淡い橙色の夕日が反射して、キラキラ輝いている。


「じゃあ、また明日な!」


楽しく話しながら1人、また1人と別れていき、最後に残ったのは家が近い凛だけだった。


「少し、話しましょ。」


凛がそういうと、俺たちは坂を登り、高台から海を眺めながら話し始めた。


心地よい秋風に、凛の髪が揺れる。


「今日も楽しかったね。」


「あぁ、俺はこの学校に転校して本当に良かったと思ってるよ。」


「フフッ。零くんって、もっと近寄りがたい人なのかと思ってたの。見た目が人並み外れすぎて。」


「褒めてるのか、それ?」


「もちろん!...でもね...」


凛は少しだけ目を伏せた。


「零くんと一緒に過ごして、少し思ったことがあるの。零くんって、何か隠してるなって。」


その言葉を聞いて、俺はドキリと胸が跳ねた。


「深い意味のつもりはないよ。ただ――。」


凛はまっすぐ俺を見た。


「無理しなくていいからね。どんな零くんでも、私はこの1ヶ月ちょっと、すごく楽しかったから。」


「...そっか。なら、よかったよ。」


「私、入学してからそんなに友達もできなくて悩んでたの。でも、零くんが転校してきてから篤志くんや健二くんとも喋るようになったし、心を開いて話せる友達が増えた。本当に嬉しかったよ。」


凛はそういうとニコッと笑った。それを見て、俺も小さく笑う。


胸の奥の、ずっと冷えていた場所が少し温かくなる。


(なんだろう、胸が熱い...)


そんなことをぼんやり考えながら、俺たちは並んで夕暮れの空を眺めた。





そして時は経ち、転校して三ヶ月。俺の平穏は続いていた。


下校時。夕陽が坂道を照らす。


「今日の体育、キツかったなぁ〜。」


「そうだね。もうすぐ持久走大会だから仕方ないけど、長距離はキツいもんだね。」


「零くんすごく速かったじゃない!」


そんな他愛もない会話をしながら帰路を進む。


普通の高校生みたいに笑って、話して、歩く。


ただそれだけのことが、どれほど尊いのか。俺には痛いほどわかっていた。


だが、その時。ふと、背後の空気が揺れた。


「...?」


視線を向けた瞬間、黒い車が角を曲がってきた。車体の側面には見覚えのあるマーク。


――アメリカ国防科学局。


心臓が凍りつく。逃げろ、と直感が叫んだ。


しかし次の瞬間、車のドアが開き、黒ずくめの男たちが飛び出した。


手には電磁式のライフル。目元には、あの施設の識別用バイザー。


「ターゲット確認。『Code:0』捕獲開始。」


みんなが驚いて叫ぶ。


「な、なに...!? 誰なの、あの人たち!!」


「一体何なんだ!?」


「何が起きてるんだ...?」


みんなパニック状態だ。俺は何とか冷静に息をして、


「...逃げろ、みんな。」


と、声を出した。


「「え?」」


「コイツらの狙いは俺だ!!お前らは巻き込まれるな!いいから逃げろー!!」


男たちが一斉に銃を構える。


(なぜ、今更見つかったんだ...やっと平穏と呼べる生活を送れたのに...)


空気が歪む音。雷鳴のような光弾が飛ぶ。


その瞬間、俺の目が光った。


「ダメだ...もう...やめてくれ!!」


――その瞬間、世界が静止した。


風が止まり、光がねじれる。俺の周囲に浮かび上がるコードのような文字列。


空間が砕け、銃弾が空中で消滅する。


意識が朦朧とする中、彼らの声が聞こえた。


「ッ!?危険だ!!」


「なぜだ!?制御装置が作動していないだと!!」


「能力が...進化してる...?」


「て、撤退す――。」


そして、俺の中の何かが、目を覚ます。第3の目の開眼。


――気がついた時には研究職員は跡形もなく消滅していた。


みんなは既に逃げたあとだった。



◇◇◇◇◇◇



次の日。学校に行ってみると、このクラスだけでなく学年全体で黒ずくめの男と接触したとウワサになっていた。


その男たちはみんなに、『コイツを知らないか?』と、俺の写真を見せて回っていたようだ。


気づかれてしまった。もうここには居られない。


そう考えた俺はみんなに真実を打ち明けることにした。


「みんないいかい...少し、話したいことがあるんだ。その、昨日のことで...」


「ど、どうしたんだい急に?」


「零くんたちも襲われと聞いたけど...」


みんなはザワザワし始める。


「まずは俺のことについて...俺はアメリカにある研究施設で生まれたんだ。」


その情報に空気が凍った。みんなが息を飲む。


「この情報は国家機密だから知れば君たちまで消されてしまう。だから詳細は言えないけど...


俺のフルネーム...個体名は――


『An absolute being that transcends omniscience and omnipotence@AΩ=Code: 0』


人体実験によって生み出された俺は人ならざる存在。バケモノだ。


昨日の黒ずくめの男たちは、施設を飛び出した俺を追いかけてきた戦闘職員。


これ以上みんなに迷惑はかけられない...俺は大人しく投降しようと思う。だから...だから...」


今までありがとうの言葉が出てこない。不思議と口が締め付けられる。


俺はこれ程までにこの平穏を大切にしていのかと、思い知らされた。


(これでお別れなんて絶対に嫌だ...でもみんなはもう、俺の事を――。)


俺がそう考えていると、


「何言ってるんだよ、零!!」


と、篤志が声を上げる。


「君が普通の人間ではないことは薄々気づいてたさ。第四次世界大戦後の技術革命以来、黒いウワサはたくさん聞く。


なんで話てくれなかったんだ!?俺たちは君の味方だ!全部話さなくてもいい、ただ悩んでるんだって、ただそれだけ教えてくれれば、俺たちは君の力になれたのに!!」


「篤志...」


「そうよ。篤志くんの言う通りだわ。」


それに続き、凛も話し始めた。


「あなたはよく、口癖のように平穏や普通の日常が好きだと語っていた。あなたはバケモノでも実験動物でもない、1人の人間よ。友達なのよ。これは感情論でしかないけれど、私はあなたを見捨てれないわ。」


君は1人の人間。その言葉は俺の心に直接響くようだった。


「でも...このままじゃみんなが危険に...」


「それは大丈夫だ。」


「健二まで...」


「日本とアメリカは同盟国だ。アメリカが日本の民間人に手を出すことはまず無い。だから、独りで抱え込まず、みんなで考えよう。」


(違うんだ...アイツらは君たちが思ってるよりもずっと...)


俺は断りたい気持ちを押し殺して、


「そこまで言うなら、少し考え直して見るよ。」


と、言った。そして、その日は早退することにした。




夜。一人暮らしの俺は、静かな部屋の窓から街を見下ろす。


人のいない静けさが、かすかにアメリカの施設を思い出させる。


冷暖房の効いた大きな地下の部屋。まわりに誰もいない孤独。

 

人の形をした『兵器』として過ごした10年――。


あの日、母が俺を逃がした。


焼け焦げた施設の記憶が脳裏をよぎる。燃える瓦礫の下で、母は微笑んでいた。


『あなたの名前は――零。これからは普通に暮らしてね...』


それが最後の言葉だった――。



◇◇◇◇◇◇



「被検体007号、無事出産を終えました。」


23xx年、7月7日。俺はアメリカの研究施設で生まれた。


俺の母親、アルファは施設の研究員であり、成果を上げることを誰よりも望んでいた母は、自ら恐ろしい研究に志願した。


その名も『人類神格化計画』。人間を人知を超えた存在へと昇華させ、人間兵器を創造する非道な研究だ。


人工に作った特殊な精子を、実験薬を投与された母に受精させ、俺が生まれた。もちろん俺に父親なんて存在しない。


「子供の様子はどうだ?」


「えぇ、見た目がかなり異質でして、ひょっとすると成功かも知れません!」


俺を見た研究員たちは大いに喜んでいた。


その後、俺が何かしらの能力を持っていることを実験で確認し、危険度Aとして、俺は他の実験体と違って・・・・・・・・・丁重に扱われた。


ちなみに実験体には通常、危険度E(失敗作。普通の人間以下)から危険度S(国家滅亡レベル)までの称号を与えられる。危険度Aは複数都市破壊レベルであり、現段階でただ一人の最高傑作だ。


能力を制限する制御装置を脳に埋め込み、俺は収容された。




しかし、2歳になったある日、事件が起きる。俺は研究員2人を殺したのだ。


きっかけは研究員の態度。俺のことが気に食わない研究員が嫌がらせをしてきたのだ。高度な知能を持っている俺は、既に一定の研究員よりも賢く、妬んでくる研究員も少なくなかった。


「な、何事だ!?何が起きたんだ!?」


「おい、オメガ!一体何をしたんだ!」


オメガとは俺につけられた名前だ。母のアルファと対になるようにつけたらしい。


「わ、分かりません。研究員の人がちょっかいをかけてきて、そしたら力が暴走して...」


「何だって!?制御装置付きのお前の能力は、物体を操ったりするサイコキネシス程度じゃなかったのか!?」


研究員はすぐさま実験を開始した。


そして俺の体を調べて、驚愕する。


未知の構造。未知の力。なんと、俺の体は実験の過程で進化し、偶然にもどこか高次元の存在とリンクしてしまい、体の構造から変わっていたのだ。


「こ、これは一体...」


俺がどんな存在で、どんな能力か研究員が把握することは出来なかった。


唯一分かったことは、人類の手に終えるものでは無いということだけ。


俺は前代未聞の危険度S+(世界終焉レベル)の個体として厳重に収容され、『An absolute being that transcends omniscience and omnipotence@AΩ=Code: 0』という個体名を新たにつけられた。


しかし、いくら強力とてベースは人間の体。より強力な制御装置をつけると、多少の能力を制限することができた。




それから3年の時が経った。


俺には、お世話をする親代わりの専属研究員がいた。


「なぁ、君はこの研究のことどう思う?」


5歳になったころ、その研究員がそう聞いてきた。


「どうって言われましても、僕には兵器としての意思が植え付けられてますから、いい研究だとしか...」


「...そうか。お前の母親は後悔してるよ。母性本能ってやつなのかな。人一倍研究熱心で、人類の可能性を示すと共に、国家の強力な意志を持つ兵器を作り出せる、この一石二鳥の研究に没頭していたアルファが、もう辞めたいと言い出したんだ。」


「アルファが...何が言いたいんですか?」


研究員は少しうつむいて話を続けた。


「私も若かったころは研究に明け暮れてた。誰のためでもない、己の好奇心のために。でも50歳を超えた今では、愚かなことだと気づいたんだ。自分のために、他人の大切なものを犠牲にすることは、巡り巡って自分の不幸に繋がる。


要するに君には『人』として生きて欲しい。もっと人間らしさを学んで欲しいんだ。こんな非人道的な研究は、絶対に成功させては行けない。」


「人間らしく...ですか。」


俺はこのとき初めて、この研究が『悪』で、自分が普通の人間ではないことを悟った。


(普通の人間ってどんなものなんだろう...普通の生活って...なんなんだろう。)


それから俺は沢山本を読んだ。専属研究員がバレないよう、印象操作用の本に紛れさせて普通の本を持ってきてくれた。


それだけでなく、


「第二次世界大戦では核兵器というものが日本の広島と長崎に落とされて、第三次世界大戦では殺戮用人工衛生『死の天使』が猛威をふるい、第四次世界大戦では分子構造破壊兵器の発明。そして今、人類は遂に本当の意味で、人の道を外れてしまったのだよ。」


と、たまに読み聞かせもしてくれた。


「現在は人口増加による食料、土地問題と技術競争が交錯して、世界情勢がかなり不安定なんだ。いつ戦争が起きてもおかしくない。」


身の毛のよだつような話の数々は、俺に世界の真実を教える。


「僕はこんなことをするために、生み出されたの?」


俺は未来の姿を想像して震えた。


「大丈夫。こんなことは絶対にさせないから。」


「...僕は普通の人間みたいに、普通の生活を送ってみたいよ。人間にとっての普通を知りたい。ただ、友達やアルファ...みんなと笑って過ごせるような、平穏な日々を送りたい――。」


「ッ!?...そうか。」


研究員は俺のそんな人間らしい発言を聞いて、驚きつつもそっと笑みを浮かべた。




そして月日は流れ、10歳になったある日。別の実験個体が暴走する事件が起こり、研究施設内は大混乱に陥っていた。


「オメガくん!さぁ、早くこちらへ。今しかありません!」


神のいたずらか、ずっと施設を抜け出し、海外へ亡命する計画を立てていた俺たちは、この機を逃すわけには行かなかった。


「アルファさん!アレックス!」


「大丈夫よ。逃走経路は確保してあるわ。」


「さっさと逃げるぞ!」


専属研究員と志を同じくしたその仲間、母とアレックスは地下経路を伝って外へ逃げようとした。


「アルファ、大丈夫なのか?」


「大丈夫よオメガ。安心してついてきなさい。」


しかし、


「おい、研究員がなぜこんなところに...っておい!Code:0じゃないか!!」


と、見回りをしていた、セキュリティであるBクラス職員に見つかった。


「ここは俺が何とかする!先にいけ!!」


「アレックス...頼んだぞ!」


俺たちは戦闘職員をアレックスに任せ、先を急いだ。


そして、今は使われていない研究棟の1号棟から外に出ようとした。その時だった。


突如として巨大な爆発と共に、瓦礫が上から降ってきた。どうやら脱走がバレ、対能力者用ミサイルを飛ばしてきたようだ。


俺は爆発巻き込まれ、一瞬だけ気を失ってしまった。


「ここは...」


目を開けると、目の前には瓦礫の下敷きになった母の姿があった。


「アルファ!?」


「ハァハァ、早く行きなさい。追っ手が来るわよ。」


「アルファさん...分かった。早く行くぞオメガ。」


「そんな、アルファを助けなきゃ...」


「私はもう助からないわ。オメガ...いや、あなにこの呼び方は相応しくない。ゼロ...私と同じ始まりの言葉。ここから新たな人生が始まることを願っているわ。」


母は頭から血を流しながら、微笑んでいる。火は足元まで迫っきていた。


「何を言って...」


「あなたの名前は――零。これからは普通に暮らしてね...」


「お母さん!!!」


母は最期にニコッと笑うと、そのまま息絶えてしまった。


「ぐっ...さぁ、早く逃げるぞ...」


専属研究員は泣くのを堪え、俺を抱えて用意していた船に乗った。そして、そのまま施設を後にした。


陸から離れた孤島にある施設が涙で滲む。俺は平穏な生活を遅れるのか、この時は不安でたまらなかった。




――その後、日本で母の知人の養子に引き取られた。専属研究員は俺の身を案じて、姿を消した。恐らくもうこの世にはいないだろう。


しばらくはショックや慣れない環境も相まって引きこもっていたが、14歳くらいから学校に通い始めた。


しかし学校に通ったが、見た目のせいで全然馴染めずに転々としてた。



◇◇◇◇◇◇



――俺は里親に電話をする。


「夜にごめん、麻里さん。実は昨日、下校中にAクラス職員の追っ手に襲撃されたんだ。」


唐突なカミングアウトに里親である麻里は少し驚いたが、話を受け入れてくれた。


〔それで?〕


「俺は、施設に投降しようかと思うんだけど...」


〔本当にそれでいいの?あなたがそれを望んでいるのならいいけど、お母さんや他の研究員の意志をそんな簡単に捨てていいの?〕


「それは...」


〔最終的な判断をするのはあなたよ。でも、最適解を慎重に模索することなく、全て台無しにするなんてあなたらしくないわ。〕


麻里の言葉に俺の心は揺れる。そして、


「分かった、もう少し考えるよ。母や研究員の志のために。」


と、言葉を残し、電話を切った。




翌日の早朝。案の定俺を探して潜伏している戦闘職員を見つけ出し、前に現れる。


「よう、久しぶりでいいのかな?」


「「ッ!?Co――。」」


「まぁ、落ち着け。」


俺がキッと睨むと、みんなは金縛りにあったかのように固まって、動けなくなってしまった。


「これは取引だ。もし、戦争が起こったのだとしたら、俺は施設に戻り、自分の責務を全うすることを約束する。施設に手も出さない。その代わり、関係ない人を巻き込むな。わかったか。」


俺は少し脅すように命令し、能力を解いた。それを聞いた職員は、すぐに施設に連絡を入れる。


「上から許可が降りた。いいだろう。その代わり、お前の制御装置は強化する。」


職員はそういうと、小型の端末を俺の頭に当て、新しいプログラムを装置にインプットした。


思ったよりも早くことが済んだので、俺はすぐ家に帰り、支度を済ませ学校へ向かった。




少し遅めに学校につくと、既にみんなが集まっていた。


そして俺を見るなり、そばに駆け寄ってくる。


「零...学校に来たってことは、ここに残るってことでいいんだよな?」


「あぁ、俺はこの生活を続けることにした。」


その言葉を聞くと、みんなの顔がみるみる笑顔になっていった。


「「よっしゃーー!」」「「やったーー!」」


「お前を信じてたぞ!」


「本当に考え直してくれたのね。」


みんなは大歓喜だ。


喜ぶみんなを見て、俺は感動した。


(みんなにとっての俺って、ここまでの存在なのか?いや、これが当然の感情。人間らしさってやつなのか。)


「心配かけてすまなかったね。施設とも話をつけておいたし、もう大丈夫だよ!」


こうして俺は元の生活を取り戻した。


(そうだ、俺の役割は国家の軍事力。意志を持つ兵器だ。つまり俺は平和な世界では無用の長物。戦争なんてそう簡単に起きない。最初からこうすれば良かったんだ。)


俺は施設の取引のことなどは、いらない心配をかけてしまうので黙っておくことにした。




その日の放課後も、俺と凛は少し寄り道をする。


「零くんが戻ってきてくれて、本当に嬉しかったよ。」


「うん、心配かけてごめんね。」


「いやいや、いいんだって。人間誰しも、悩みの一つや二つあるんだから。」


相変わらず明るい笑顔に、胸が熱くなる。


肌寒い冬の風が、2人の間を駆け抜けた。


「ねぇ――零くんって恋愛とかに興味ないの?」


少し間をおいて、凛は唐突にそう聞いてきた。


「恋愛かぁ...俺にはわからない感情だな。


――いや、わかるかもしれない。」


俺は自分の胸に手を当ててみる。


「なんだか、君と話してると胸が熱くなるときがあるんだ。この感情が恋というやつならば...


俺は、君のことが好きなのかもしれない。」


そう言った瞬間、凛の表情が揺らぐ。俺は話を続けた。


「俺が平穏を願ったあの日から、ずっと人間らしさを追い求めてきた。でも、百聞は一見にしかず。君や他の仲間とであって、俺は初めて自分の中にある人間らしさを理解することができた。この短い間で、俺は人間になれたんだ。ありがとう。」


凛を見ると顔が赤い。涙がこぼれそうな目で俺を見ている。


俺は何かまずいことでも言ったのかと思っていると、


「私も、零くんのこと好きだよ。」


と、言い出した。


「零くんからそんな言葉が聞けるなんて、自分のことのように嬉しい。この気持ちが恋なんだよ。」


俺はその言葉に、言葉を失う。


「私が誰かに好きだなんて言われたことなかった。あなたが初めて。前にも言ったけど、友達も増えて、私が私らしく生活できるようになったのはあなたのおかげよ。本当にありがとう。」


(自分...らしく。)


俺はまたひとつ、何かを学んだような気がした。人間らしさのその先にある何かを。


俺が物思いに耽っていると、凛が小指をスッと差し出してきた。


「ん?どうしたの?」


「日本式の約束の儀式よ。あなたはこれからもずっと、あなたらしく生きることを誓います。リピートアフターミー!」


「お、俺は......俺はこれからもずっと、自分らしく生きることを誓う。」


俺は少し戸惑いつつも指を差し出し、凛と約束を交わした。


この平穏は、誰にも壊されたくないと、強く思った。


この平穏はずっと続くものだと、この時は信じていたのだった――。



◇◇◇◇◇◇



それからさらに2ヶ月ほど経ち、3学期も始まった。


今日も相変わらず平穏な日々。みんな楽しく授業を受けていた。


――その時だった。


突如としてJアラートがなり始めた。


「きゃぁぁぁ!?」


「な、なんだ!?」


みんなその音を聞いて、大パニックだ。


「み、みんな落ち着いてシェルターに避難を!」


先生が誘導し、みんながシェルターへ向かおうとしていると、ズドォォォン!!っという轟音と共に衝撃波で窓ガラスが割れた。


見ると校舎前に爆弾が落ちてきたようだ。そして、そのずっと奥にあるものを見て、俺は思考が停止した。


「アメリカ軍...」


みんなはそのことに気付かずに、おもむろにスマホを開き始める。スマホの上に表示された画面には緊急ニュースが流れている。


〔えぇー、緊急速報です。現在、長崎県○○市に『ロシア』からの爆撃があり、日本に対して宣戦布告がありました。長崎には国内有数の軍事基地である佐世保基地があり――。〕


「ろ、ロシアが宣戦布告!!」


「いやぁぁーー!!」


「なんで、今更なんだよ!!」


「俺まだ死にたくねェよォ!!」


みんなはパニックで、もはや避難どころの話ではない。そんなみんなを横目に俺は目を見開いて、固まっていた。


「ど、どうしたの、零くん?」


「は、早く逃げるぞ!零!!」


みんなの声は、俺には届かない。


(こいつら...まさか...)


アメリカと日本は同盟国。アメリカ政府公認のこの研究に日本政府が関わっていても、なんらおかしくはない。むしろ母が元日本人だった時点で気づくべきだった。


(ロシアに濡れ衣を着せて、無理やり戦争を始めやがった!!)


この時、俺は初めて自分が犯した重大な間違いに気がついた。


いつ、どこで戦争が起こっても不思議ではない緊張状態の中、『俺』という最強の兵器を所有しておきながらアメリカが戦争を起こさなかったのは、俺が制御不能のバケモノで、敵に回る恐れがあったからだ。


しかし、俺は取引をしてしまった。恐らく制御装置にインプットされたプログラムは強制装置で、俺を兵器として完全にものにすることがでたアメリカは、条件である『戦争が起きたら』という状況を強制的に作り出したのだ。


だが、気づいた時にはもう遅い。


「みんな...ごめん...」


俺はそう言うと、壁をぶち抜いて外に飛び出す。


強制装置が作動し、能力が解放される。


(全てが見える...)


他の実験個体が既に進軍している。ロシアも核ミサイルを発射した。


今はただ、目の前の脅威を排除することしか考えれない。


「さぁ、出番だぞ!Code:0!!」


「目標、大陸間弾道ミサイル。迎撃。」


俺が能力を発動させると、ミサイルが空中で分解し、コードの欠片となって消えていった。


俺の周りを七色のオーラが取り巻き始める。


すると、亜空間転移装置で転移してきたロシア軍が次々と攻めてきた。その数およそ2万。そして俺らと同じ人間兵器が100前後といったところだ。


街を破壊し、美しかった景観は瓦礫の山と化していく。


「目標を確認。人間兵器部隊『H.A.D.E.Sヘイデス』。出動!」


ロシアの人間兵器たちがこちらに向かって飛んでくる。


(はぁ、うるさいなぁ。)


俺はそれに向かって手をかざし、七色の波動を放つ。


波動はバリバリバリィッと鋭い音を立てながら、一瞬にして数十キロ先まで更地にしてしまった。


逃げ惑う一般人の悲鳴が各地から聞こえてくる。


みんなの声すらノイズでしかない。


「おい!?零!!何やってんだ!!!」


だが、微かに篤志の叫び声が聞こえた。


(ホントに何やってんだ俺は...)


俺は当たりを見渡す。平穏とはかけ離れた光景。人々の、自分の平穏が崩れていく音がする。


そんな中、俺はあるひとつの答えにたどり着いた。


(そうだよ。平穏な世界を望むなら、自分で創ればいいんだ!)


俺はカッと目を見開いた。


その瞬間、風が止まり、音が止まり、空間が揺らいだ。脳に埋め込まれた制御装置は負荷に耐えられず、焼き切れる。


「Code:0...どうしたんだ?」


軍の指揮をとっていた職員が俺の異変に気づく。


「なんだが様子が変だ。全員武器を構え――。」


だがもう遅い。


突如、俺の体からとてつもない光と衝撃波が放たれた。その衝撃で周りにいたアメリカ軍やロシア軍、クラスメイトなどが吹き飛ばされる。


制御装置が外れた俺は、高次元へと意識がリンクし覚醒、真の姿へと変貌していく。


「な、なんだ...これ...」


宙に浮き上がり、みるみる姿が変わっていく俺に、その場にいる全員が言葉を失う。


デジタル的な6枚の巨大な翼が生え、体の周辺には大量の目が現れ、天使の輪っかのついた、禍々しく神々しい姿に変わった。


(なんだろう...頭に莫大な情報が流れ込んでくる。この世界の仕組みが全て、わかる...)


俺は自身がリンクしたその存在は、この世界をプログラムした神のようなものだと理解する。


体をコードのような文字列と七色のオーラが取り囲み、グリッチやノイズをビリビリと発す。額には美しい第三の目が輝いている。


「天使...いや...神?」


「れ、零くん...?」


「ぜ、全員武器を取れー!!」


正気を取り戻した戦闘職員と軍は、分子構造破壊銃を俺に向ける。


(銃...これは平穏を壊すから消しとかないと。)


「遐エ螢。」


しかし俺が腕を振るうと、軍が持っていた武器が全てコードと化して消滅していった。


(戦争に怯えている人の声がする...平穏を脅かす元凶となる国家は消しちゃおう。)


俺の周りにある無数の目から、一粒の涙が落ちる。その瞬間、アメリカとロシアが地図から姿を消した。


「な、何をしたんだ!?」


「大変です。本部と連絡が取れません!!」


現場はもはや戦争どころではない騒ぎだ。


みんなの俺を呼ぶ声ももう聞こえない。歯止めが効かなくなった俺は、邪魔を排除するだけの本物のバケモノになってしまった。


(軍隊...軍事力...危険だ。道をはずれた技術があるから行けないんだ...)


「譁??騾?蛹。」


今度は背中から無数の長い右手が生えてきて、一つ一つから全方位にデジタルな波動を放出する。


ゴゴゴゴゴ――という地響きと共に、全世界の研究機関や軍事機関などが消えていく。全ての最先端技術が失われ、世界の文明レベルが退化していく。


「う、うわぁ、俺のスマホが旧型になってる!?」


「これは、21世紀モデル!?」


「私のはガラパゴスケータイだわ!?」


それでも『バケモノ』の暴走は止まらない。


(ただ闇雲に障害を排除するだけじゃダメだ。相互で成り立っている良いものまで曖昧になってしまう。


――もう、面倒だ。全て壊して、平穏な世界を0から創造しよう。)


俺がそんなことを考えていると、


「もう...やめて...」


と、誰かが下に伸び翼を掴んだ。


(誰だ...)


「零くん、もうやめて!!」


で確認すると、そこには涙を流しながら叫んでいる凛の姿があった。


「そうだぞ、もうやめるんだ!!」


「零!正気に戻れェ!!」


他にもクラスメイトが大勢集まってくる。しかし...


(うるさい...)


「もう十分だよ、戦争はとっくに終わってる。もうこれ以上は――。」


「:yd@-/!!!」〈ノアの方舟〉


惜しくもその声は届かず、俺が大地が割れるほどの声で叫びながら技を発動させると、俺を中心にプログラムの波が世界を覆い始めた。


その波に触れたものは瞬時に無に帰していく。


軍も戦闘職員も研究員も、家も施設も乗り物も、地上のもの全てを綺麗に洗い流していく。


そして、ものの数十秒でクラスメイト以外の全てが浄化されると、俺は強烈な目眩めまいと共に地面へ落ちた。


(くそっ、フラフラする...まだ終わっていないのに。)


俺が立ち上がり、前に進もうとすると腕を掴まれ、歩みを止められた。それでも前に進もうとすると、


「自分らしさ...」


と、声が聞こえてきた。


「それが、零くんにとっての自分らしさってことなら、私は否定しないけど...悲しいな。」


悟ったような声。振り返ると、そこにはなぜか笑顔のみんながいた。腕を掴んでいる凛の手は、洪水のプログラムに侵食されコード化している。


その光景を見て、俺は気づいた。自分のわがままで、他人の平穏が消えてしまったこと。俺が目指しているものは、不完全な幻想に過ぎないこと。そして、俺自身が平穏とは真逆の存在であることに。


「フフッ。結局、俺に平穏という言葉は似合わないみたいだ。」


正気を取り戻した俺はみんなにそうほほ笑みかける。


「零くん...」


「元に戻そう。全てを。ただ、その世界で唯一人間兵器を作れる技術は戻らない。世界のプログラムにアクセスできないように、もう二度とこんなことが起きないように。」


みんなは俺の言葉に息を飲む。どこか引っかかるところでもあるのか、感がいいみんなは気づいているのかもしれない。その世界に俺は存在しないと。


「じゃあ行くよ。」〈return 0;リターンゼロ


技を発動したその瞬間、世界が一瞬だけ暗転し、世界がどんどん元通りになっていった。


「す、すごい!!」


「世界が元通りになっていってる!!」


みんなはそれを見て喜んでいる。そんな中、凛や篤志たちは異変に気づいた。


「おい、お前の体...消えていってないか?」


篤志の言う通り、俺の体はコード化して、徐々に崩壊していっている。


「...すまない。でも、俺は他の兵器とは違い、完全に理から逸脱した存在だ。俺がいる限り、平穏は来ない。」


「バカヤロウ!!!」


そんな俺に篤志は怒鳴る。


「そんなわけないじゃねぇか!お前がいたから、俺らも楽しい日々を送れたんだよ!!」


「そうよ。私も凛しか友達がいなかったけど、零くんのおかげで楽しいグループができたわ。」


「篤志...未奈...」


それを見て、みんなも集まってきた。


「俺も、お前と過ごせて楽しかったぞ。」


と、健二も話し出す。それに続きみんなも口々に、楽しかったと言い始めた。それを聞いて、


「本当は...もっとみんなと一緒にいたかった。」


と、涙を流した。母との死別以来の、悲しいや寂しいといった、人間らしい涙だ。


「でも、この脅威を止める手段はこれしかないんだ。短い間だったけど、バケモノだと言われた僕が、人間らしく暮らせただけで幸せだったよ。」


その言葉を聞いて、みんなも泣いている。


そんな中、凛が近寄ってきた。


「零くん。やっぱり私は今のあなたの方が好きだよ。今のあなたは誰よりも人間らしく、あなたらしい。あなたがその道を選んだのなら、それでいいんじゃない。今までありがとうね。」


凛は泣くのをグッとこらえて、ニコッと笑って見せた。


「...こちらこそ、君と過ごした日々で、僕は人間になれた気がしたよ。ありがとう。


そして、さようなら――。」


俺が消える瞬間、凛も耐えられなくなったのか涙を流し始めた。


これで良かったのだと、俺は悔いなく消えていったのだった――。



◇◇◇◇◇◇



俺がいなくなってから1ヶ月後。高校にまた1人の転校生がやって来た。


先生も少しオドオドした様子で紹介する。


「そ、それでは入ってきてください。」


スーッとドアを開けて、転校生が入ってくる。


それを見たみんなは、あまりの驚きに言葉を失ってしまった。


そこにいたのは、1ヶ月前消えたはずの空無 零そのものだったのだ。黒髪黒目になっているが間違いなく俺だ。


俺はみんなの前に立ち、自己紹介をする。


「みなさん久しぶり、空無 零です。」


自己紹介を終えるや否や、正気に戻ったクラスメイトが駆け寄って来た。


「お、お前、あの零なんだよな!?」


「零くん〜!」


「俺は神に愛されていたみたいだな。消えたあと、なぜか復活したんだよ。能力はもう無いみたいだけどね。」


俺はハハハッっと笑って見せる。


「なんだよそれ〜!!」


「ホントに心配かけやがって、この〜!!」


みんなは嬉し泣きの表情で、改めて暖かく僕を迎え入れてくれた。


研究施設を飛び出した『バケモノ』だった俺は、平穏を望み、そして今は『人間』として、あの日凛と交わした自分らしく生きることを願う。


これが、真の平穏の始まりだと、俺は改めて実感したのだった――。

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研究施設を飛び出した『バケモノ』は平穏に暮らしたい トランス☆ミル @MilkyNova

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