第32話 死霊魔導師は決断を迫られました。

 地獄絵図の第一王子、フェットヴェルデン殿下たちの様子はデバン任せ、一度拠点に戻ることにした。


 三人ともに食欲は湧かなかったので、お茶でお腹を満たし、ゴブリンの本拠地へ偵察に出た部隊を待つことにした。


 食欲が戻り始めた頃、偵察部隊が戻ったと伝えに来た騎士の案内で作戦会議のテントに入る。


「ヘルトヴァイゼ殿下にご報告致します」


 そう口を開いた騎士は興奮しながらも報告を終える。


「報告ご苦労。この後は報告書をまとめ、ゆっくり疲れを癒してくれ」


「はっ」


 テントを出ていく騎士を見送り、ヘルヴィは呆然としているティウス公爵家の騎士団団長に視線を移す。


「そういうことだ、騎士団長。納得してくれたか?」


 ニヤニヤだ。それはもう『どうだ? 悔しいか?』って言葉が聞こえてきそうな程に。


「どうだ? 悔しいか?」


 って口に出して本当に言ってるよ!


「ティウスのヤツがどうせ『ネクロウの総指揮権、手柄は全て奪ってこい』とか言われてたのだろうが、残念だったな」


「っ!」


 本当に図星だったのか、ヘルヴィの言葉に目を見開き、口はパクパクと酸欠の魚のようだ。


 ワナワナと震えだしたかと思えばギュッと唇を引き結び親の仇でも見るように俺を見てくる。


 もとはと言えばティウス公爵がシュヴェールトに応援を頼みに来たとき、真摯な態度で来ていたらこうはならなかっただろう。


 おそらくティウス公爵本人が総指揮権を持ち、騎士団長さんがうちとティウス公爵家の合同遠征軍をまとめることになっていたはずだ。


 だからそんなに睨まれても終わったことだし諦めてね。


 そんな騎士団長さんに対して苦笑いしか出ない。


 でもこれで、ここでやることはもう無くなったし、早々にこの拠点を離れたい。


 無傷で何事もなく、ほぼ遠征型の休養になったシュヴェールト騎士団を連れて。


 ……というか、うちの騎士団にとっては遠征というより遠足と変わりなかったよね。


「だんまりか、まあよい。それより騎士団長、早く報告書をまとめ、急げばティウスのいる関所へ夜には届けられるのではないか?」


 ヘルヴィがあきれたように首を横に振り、俺を睨むだけで動かない騎士団長に、言葉をかける。


「そう、ですね、では、ヘルトヴァイゼ殿下、報告書作成のため、席を外すことをお許しください」


 なんとか言葉をしぼり出した騎士団長。


「ああ、くれぐれも、間違ったことを書かないようにな、我も陛下に今回の件は報告する予定だ、下がっていいぞ」


 間違った報告はするなよって釘を刺すヘルヴィ。


 それを聞き、最後の抵抗とでも思っていたのか、報告書の改竄まで潰された騎士団長の顔に影が射した。


「…………はっ。失礼致します」


 自信ありげにピンとまっすぐ伸びていた、背筋がもう見る影もなく猫背になり、哀愁を漂わせテントを出ていった。


 騎士団長について出ていくティウス家の騎士団たちがいなくなり、残っているのはヘルヴィの護衛騎士と、うちの騎士だけだ。


「護衛のお前たちをゴブリン討伐に連れていかなかったことは悪いとは思っているが、そろそろ機嫌を治せ」


 そりゃ不機嫌にもなるよな、護衛対象者が護衛に内緒で出歩いてたんだし。


 護衛たちは顔に『やれやれ』といった雰囲気を漂わせ、諦めたように胸の奥から息を吐き出した。


「はい、ですが次、このようなことを行う際は必ずお声掛けしていただけると幸いです」


 そして四人の護衛たちは揃ってジト目でヘルヴィを見る。


「お、おう、本当にすまなかった」


 その様子にたじろぐヘルヴィ。その様子は護衛たちといい関係が築けてる証拠だと思う。


 その点、うちの騎士団は俺やセレスの実力を多少は分かっているからか、怒られたりはしなかった。





 出立は明日の朝と決まり、ヘルヴィの部屋に戻ってきた俺たちは、まず、王族派の様子を見に行くことにした。


 偽物盗賊側のジムは追加で笑いが止まらなくなる薬を使ったそうで、炭焼き小屋跡地には笑いに包まれていた。


 もはや奇声にしか聞こえない悲鳴をあげ、痒みを何とかしようとしているのだろう。地面を転がり、ついには腹下しの洗礼が発動し始めた。


「……やっておいてなんだが……少々不憫に思えてきたぞ、ティウスを襲った罰とはいえ、見るに耐えん」


「ヘルヴィ、わたしも、ちょっとやり過ぎたかなぁ~って、それに、声とか臭いで魔物が寄って来ないかな?」


「あり得るが、こんな状態でもこの者たちは騎士だ、そう簡単にはやられることはない……はずだ、よな?」


「ま、まあ、ジムによると、あと一日はこのままだって」


『そう、もう見張る意味無い』


『団長殿の方も一緒みたいっすよー』


 デバンに任せたフェットヴェルデン殿下側も同じ状況らしい。


 どちらかと言えば率先して楽しんで、色々と薬を盛ったのは確かに俺たちだが、心の中で相手に届くことの無い謝罪だけはしておいた。





 定期的に様子をデバンたちに見に行ってもらうことにして、関所にやってきたんだが、ティウスの容態は思ったより悪そうに見える。


 誰もいない部屋に、包帯でぐるぐる巻きで寝台で横になっているティウス公爵。所々血が滲み出し赤く染まっていた。


 関所に回復魔法使いはいないのか?


 自分の保身のため、遠征に全員連れ出し殺された可能性が高いか。


『放って置いても、しばらく動けないだけっすよ』


『そうですな、この程度では死にはすまい』


『それよりこれ、悪巧みの証拠』


 ジムの差し出した紙の束は二つ。


 一つ目には王族派貴族たちの殺害計画。

 二つ目には貴族派貴族たちの殺害計画。


「これって……お互いなの? 同じ時期に?」


『そうっすねー、今頃、貴族派の第二王子が、王族派の筆頭貴族を襲うため進軍してる頃っすかね』


『どっちもどっち、王の器じゃない』


「何をしているのだ馬鹿兄どもは! ネクロウ! もたもたしてる場合じゃない! 父上に会いに行くぞ!」


 ヘルヴィの言葉に俺は強く頷く。


 これはもう、俺の職業、死霊魔導師がバレないようにとか言ってる場合じゃない。


 シュテルネ王国の存亡の危機になり得る内乱の導火線に火が着いてるのだ。


 二束の計画書、そのどちらかでも成功したとなれば、国が乱れ、割れれば、好機とばかりに小競合いから本格的に攻め入られるだろう。


 そうなれば国境の辺境伯領に住む人々たちが最初の犠牲者になるのは明らかだ。


 それを未然に防ぐには陛下の力が必要。


 迷ってる場合じゃない。


 セレスを見ると、考えが伝わったのか、心配そうに、ヘルヴィは少し申し訳なさそうに俺を見てくる。


 見つめ返し、『陛下に会いに行こう』と言えるまで、しばらく思案の海に沈み込んだ。

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