エピローグ:十二年後の答え合わせ

 あれから、彼女とは一度も会っていない。


 あの日、僕は何度もメッセージを送った。


「どういうこと?」

「話し合いたい」

「会いたい」


 既読はつかなかった。電話も繋がらなかった。クリスマス用に用意していたプレゼントのネックレスは、渡せる相手を失ったまま、机の引き出しの奥で眠ることになった。


 年が明け、1月になり、2月になっても、彼女からの連絡はなかった。僕は徐々に悟らざるを得なかった。あれは、「試し行為」でも「一時的な喧嘩」でもなく、彼女の固い決意による「切断」だったのだと。


***


 あれから十二年。2025年。僕は今、家庭を持ち、二人の子供の父親になっている。仕事にも恵まれ、慌ただしくも幸せな日々を送っている。今彼女がどこで何をしているのか、僕には全くわからない。


 僕の部屋の棚には、一つだけ、当時の名残がある。彼女が初めてプレゼントしてくれた、アンティークな置き時計だ。カチ、カチ、と正確なリズムで、それは今の僕の時間を刻んでいる。


 彼女は最初に出会ったあの日、「浮気したら捨てる」と言った。僕は他の女性を見たりなんてしなかった。でも結局捨てられた。ただ今なら、分かる気がする。あの頃の僕は、彼女と対等な恋人なんかじゃなかった。彼女という安らぎの場所に、ただ無邪気に甘え、寄りかかっていただけの「子供」だったのだと。


 それに、僕は彼女に「依存」していた。僕は、「対等なパートナーとしての僕」を裏切り、「守ってもらうだけの子供」へと逃げ込んでいた。それは、彼女が求めた「大人の付き合い」に対する、ある種の「浮気」だったのかもしれない。


 だから彼女は約束通り、僕が彼女なしでは生きられないほど骨抜きにされたタイミングで、僕を捨てたのだ。


 僕は、彼女の深い部分を何一つ知らなかった。彼女が抱えていた事情も、笑顔の下にあった寂しさも。知ろうともせず、ただ与えられる優しさに溺れていただけだった。


 彼女は、そんな未熟な僕を見限るのではなく、愛情を注ぎきった上で、心を鬼にして突き放したのだ。


「これ以上、私に依存してはいけない」


「次はちゃんと、一人の男として、誰かと向き合いなさい」


 あの別れは、彼女が僕に課した、最初で最後の「教育」だったのかもしれない。


 ……いや、まだ僕は歩き出せていないのかもしれない。ふと首元に手をやると、彼女との日々の記憶が、見えない重みとなって残っているのを感じることがある。でもそれは、僕を縛る鎖ではない。僕が道を踏み外さないように守ってくれる、大切なお守りだ。


 遠い空の下、彼女は今、どこで何をしているだろうか。あの緑色の瞳で、誰かを見つめ、幸せに笑っていてくれるだろうか。


 ありがとう、美紅。君のおかげで、僕は今、幸せだよ。


 どうか君も、お幸せに。


 時計の針が、静かに時を刻み続けている。

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【実話】冴えない理系大学生だった僕は、緑の瞳のギャルに「愛し方」と「捨てられ方」を教わった。――あれから12年、古都の冬に残る彼女の記憶 AKINA @AKINA-SE

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