第十六話:鉄と記憶
第一場:リコンストラクターの過去
アジトには、機械油の匂いと、金属がこすれ合う乾いた音が満ちていた。
カイトは片隅で、自らの義腕の外装パネルを外し、剥き出しになった機構へ工具を差し込んでいる。赤い義眼が、細かな噛み合わせのズレまで逃さず追う。
カチリ。
ラチェットの音が、彼女の意識を過去へと引き戻した。
――回想
カイトの家系は代々、職人気質の技術者だった。
祖父の工房は鉄と油の匂いに満ち、そこには“無駄”と呼ばれる余白が息づいていた。
「カイト、いいか。機械は効率じゃなくて魂で動くんだ」
祖父はそう言い、既製品にはない温もりと癖を持つ機械を組み上げていった。
彼らの作品は、不格好で最適化からは程遠い。だが、生きているように見えた。
しかし『GRID』が世界に浸透すると、価値観は一変した。
市場は完全規格品に席巻され、カイトの一族は「過去の遺物」と嘲笑された。工房の扉が閉ざされ、技術は墓標の下に封じられた。
絶望の中、カイトは事故で右腕を失う。
だがその喪失こそが、彼女を奮い立たせた。
祖父の残した設計図をもとに、彼女は義腕を自作した。
医療義体でも、汎用フレームでもない。
“時代遅れ”と切り捨てられた技術を再構築した、反逆の証。
それは、復讐でも再生でもない。
ただ、生き残った魂の延長線だった。
――回想、終わり
第二場:『自由区』の礎
義腕が静かに駆動する。
その微かな振動は、祖父の工房で聞いた鼓動に似ていた。
「おしゃべりは終わったかい?」
カイトが歩み寄ると、アジト中央では健一・アリス・ザイオン・Rがホログラムを囲み議論している。
「ちょうどいいところだぜ、カイト」
ザイオンが振り返り、得意気に笑う。
アリスはホログラムを拡大し、複雑な構造体を示した。
それは『遺言』の核――完全分散型ネットワーク『自由区(リバティ・ゾーン)』の設計図だった。
「これが……新しい“海”だ」
健一が静かに言う。
カイトは息を呑む。
その構造は効率の塊に見えて、どこか有機的だ。
祖父が語った「魂」と同じ響きがある。
「ジェネシスの思想が、まだ生きてる…」
健一は仲間たちを見回し、はっきりと宣言した。
「『自由区』の構築を始める。ここが、俺たちの未来になる」
アジトの空気が、音を立てて変わった。
・ザイオンは莫大な資金を動かし、正体を隠したまま量子パーツを買い集める。
・アリスは工程を最適化し、位置情報の迷彩処理まで設計する。
・Rは『GRID』の監視網をくぐり抜け、搬入ルートを開拓する。
そしてカイトは、旧時代の技術と最新理論を接続し、誰にも予測できない構造体を形にしていく。
アジトには無数のケーブルが這い、金属と光が織りなす風景が広がった。
それは、まだ誰も知らない未来の心臓だった。
第三場:完成の刻
数週間後。
アジトの中心には、巨大なサーバークラスターが鎮座していた。
無骨で、しかし揺るぎない存在感。
鋼鉄とコードが絡み合ったその塊こそ『自由区』の核。
「最終チェック完了」
アリスが静かに告げる。
「防壁は鉄壁だぜ、ブラザー。神様が相手でも時間稼ぎはできる」
ザイオンが指を鳴らす。
「調子に乗るなよ。だが――悪くない」
Rが淡々と言う。
カイトは、完成したサーバーを見つめながら呟いた。
「これはもう、機械じゃない。生きてるよ」
健一は深く息を吸い、仲間を見渡した。
「――『自由区』、起動」
アリスがコマンドを入力する。
サーバーが唸り声のような駆動音を上げ、青白い光がアジト全体に広がった。
彼らの「世界」が、今、誕生した。
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