第十四話:海上都市ポセイドン

第一場:偽りの貌(かお)


ポセイドン――それは、国家にも企業にも属さない「地図にない海上都市」として、かつて違法な研究者や脱走技術者たちが最後に辿り着く“漂流先”として噂されていた。表の世界では存在しないことになっているが、裏のネットワークでは、旧時代の部品・技術・禁制データが取引される、世界最大級の闇市でもあった。


アジトでは、そのポセイドン潜入の準備が着々と進んでいた。健一は、旧時代のパーツを買い付けに来た、世間知らずの中小企業バイヤーという設定で、地味な黒の長袖シャツと簡素なジャケットを身につけていた。


アリスは、その整った容姿を“最新型だが安価な従者(アテンダント)モデル”に見せるため、服装と動作プロトコルを調整した。命令に忠実で、少し内気な仕草。完璧な偽装だった。


「健一、準備はいいか?」 耳に装着した骨伝導式通信機から、Rの軽い声が届く。健一はコートの内ポケットに入れたR端末を軽く指先で叩いた。


「こっちからは、ポセイドンの貧弱なローカルネットにしかアクセスできん。お前たちの目と耳が頼りだぜ」 「分かっている」


健一とアリスは密航船に乗り込み、地図から消された海上都市へ向かった。


第二場:混沌のバザール


ポセイドンに足を踏み入れた瞬間、二人の感覚を荒々しい熱気が支配した。複数言語の怒号、香辛料と機械油の混じった匂い、高層スラムから垂れ下がるネオンの迷路。ここでは、人間も、アンドロイドも、サイボーグも、全てが「商品」であり「商人」だった。


ショーウィンドウには、アリスと似た外見のアンドロイドが並んでいる。


「…健一。この環境では、私のコアとGRIDの接続は完全に遮断されています。外部情報へのアクセスは、あなたとRからの通信だけです」


アリスは従者としての演技を保ちながら、健一の半歩後ろを静かに歩いた。


第三場:偽りのピースと逃走


Rが示した座標を頼りに、二人は旧時代のハードウェア専門の情報屋に接触した。健一が探している部品を曖昧に伝えると、情報屋は「あるぜ」と奥から部品を持ち出してくる。


だがアリスがそれを数秒凝視したのち、健一の耳元で囁く。


「…偽物です。内部構造が全く異なります」


健一は交渉をきっぱり断った。その瞬間、情報屋の表情が険しくなり、背後から屈強な男たちが姿を現す。


「健一! 状況は!」Rの声が飛ぶ。 「囲まれた! 逃げ道を探してくれ!」 「無茶言うな! ここのネットワークはボロすぎて地図が…待て、ザイオン! 電力系統どうなってる!」


アジトでの混線したやり取りが脳裏に浮かんだ直後、ザイオンの声が割り込む。


「ブラザー! 3メートル右! 壁に旧式の電力供給ボックスがある! そこをショートさせろ!」


アリスと目を合わせ、彼女が指でカウントを示す。「3…2…1」


健一は隠し持っていた小型デバイスをボックスに押し当てる。閃光とともに、バザール全体が闇に沈んだ。


「こちらです!」 アリスが健一の手を引き、混乱の中を駆け抜けた。


第四場:鉄腕の導き


迷路状の路地裏へ逃げ込んだ二人だったが、すぐに行き止まりに追い詰められた。


男たちが迫る直前――横の鉄壁が、音もなくスライドして開いた。


「こっちだよ、素人さん」


暗がりから聞こえた声に引きずり込まれ、直後に壁が閉まる。男たちは獲物を見失い苛立ちながら去っていった。


二人を救ったのは、片腕が金属光沢の義腕となった作業着姿の女性だった。


「カイト。この街で迷子やカモを拾う、ただのリコンストラクターさ」


失われた技術を再構築する高度技術者――その肩書きに、アリスが小さく反応した。




第五場:ポセイドンの心臓


カイトの工房は金属片と旧機材が山のように積まれた洞窟のような空間だった。


「あんたらが探してるのは『前駆量子干渉計』だろ。あんなガラクタ屋にあるわけないさ」


その名を聞いた瞬間、健一とアリスは息をのんだ。


「そのピースを持ってるのは、この街のたった一人――アドミラルだけ」


カイトが語るアドミラル像は謎に包まれていた。誰も姿を見たことがなく、ポセイドン中央の塔の最上階から全てを支配しているという。もはや人間ですらない、という噂もあった。


健一は協力を求める。カイトは「遺言」の設計図に興味を示し、条件を出した。


「そのアーカイブから、あたしが長年探してる“失われた設計図”を見つけてくれたら手を貸すよ。アドミラルの塔へ潜入する計画を立ててやる」


こうして、義腕の技術者カイトとの「取引」が成立した。ポセイドンの心臓部へ踏み込むための、最初の鍵を手に入れるために。

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