第十三話:神々のガレージキット
第一場:チーム始動
改めて、四人が顔を突き合わせる。アジトには、これまでにない期待感と、未知への緊張感が漂っていた。新しい仲間ザイオンの加入によって、彼らの革命はついに、具体的な形を持ち始めたのだ。
アリスが、今後の計画に必要な「もの」をホログラムでリストアップした。
「遺言を実体化させるには、まず膨大な演算能力を持つ、カスタムされた量子プロセッサ。次に、それを稼働させるための安定した独立電源。そして…」
次々と表示される、一般には流通していない超高性能な機材のリストに、ザイオンは再び口笛を吹いた。
「ひゅー、そりゃすげえ。まるで神のガレージキットだな。で、軍資金は?」
健一は、少し言いにくそうに答えた。
「…マーケットは順調だ。だが、目標額には…程遠い」
ゴーストマーケットで得た収益は、日々の活動費や情報収集には十分だったが、アリスが提示する「神のガレージキット」を揃えるには、まさに桁が違っていた。
ザイオンは、その絶望的な状況を、むしろ楽しむようにニヤリと笑った。
「OK。なら、まずは俺の城を建てるところからだな」
第二場:ハッカーの聖杯
ザイオンは、ゴーストマーケットで得た資金を元手に、凄まじい勢いで行動を開始した。彼の指示で、次々とアジトにPC関連機器が、偽装されたドローンによって運び込まれてくる。
彼は、届いたパーツを、まるで手足のように、驚異的な速度で組み上げていく。数時間後、アジトの片隅には、無数のモニターとケーブルが有機的に絡み合った、まさに「コックピット」と呼ぶにふさわしい、彼だけの聖域が完成していた。
健一は、その手際の良さに感心しながらも、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「…ザイオン。なぜ、あんたはそこまでジェネシスのコードにこだわるんだ?」
コックピットの調整をしていたザイオンは、手を止め、少し真剣な目で健一を見た。
「おいおい、ブラザー、分かってねえな。あれはな、俺たちハッカーにとっての聖杯なんだよ」
「聖杯…?」
「ああ。GRIDが生まれる前の、全ての始まりのコードだ。AIがまだ、人間を管理するためじゃなく、人間の可能性を信じていた時代の、な。そこには、このクソったれな世界の真実が隠されてるはずなんだ。俺は、それが見たい。ただ、それだけさ」
彼の言葉には、普段の陽気さとは違う、探求者としての純粋な渇望がこもっていた。
第三場:ゴーストの稼ぎ
「さて、と」
再びいつもの調子に戻ったザイオンは、コックピットに座り、指を鳴らした。
「感傷に浸るのは後だ。ここからが本番だぜ。アリス、敵さんの金の流れで、一番見えにくい場所はどこだ?」
「GRIDの金融システムにおける、ナノトランザクションの小数点以下の誤差調整領域です」
「R! お前の適当さで、その領域の監視AIを撹乱できるか?」
「適当だと? ふん。俺を誰だと思ってやがる。任せとけ」
四人が、初めて一つの目的に向かって牙を剥く。
ザイオンが神がかり的な速度でコードを書き、Rが監視システムの目を欺き、アリスが最適なタイミングを計算する。健一は、その全てを統括し、最後のGOサインを出す。
数分後。
ザイオンのコックピットのメインモニターに、巨大な数字が表示された。
「…やったのか?」健一が息をのむ。
「ああ」ザイオンは、ヘッドセットを外し、満足げに笑った。「これで、ガレージキットの部品くらいは買えるだろ」
彼らの口座に、追跡不可能な、しかし莫大な額のデジタルコインが流れ込んできたのだ。
「ひゃっほう!」とRの歓声が響く。「これで俺たちも億万長者ってわけだ!」
第四場:最後のピース
束の間の勝利の余韻。しかし、健一が安堵のため息をついた、その時だった。ザイオンが、コックピットから顔を上げて言った。
「おい、ブラザー。金は手に入った。だが、一番ヤベえピースが足りねえ」
アリスが、ホログラムに一つの部品を表示する。量子プロセッサの中核部品だった。
「このコンポーネント――前駆量子干渉計は、一般市場では取引されていません。GRIDが構築される以前の、旧時代の認証ライセンスを持つ技術者、あるいはその血縁者でなければ、アクセス権限そのものが与えられないのです」
金では買えない、絶対的な壁。せっかく手に入れた莫大な資金も、この部品がなければ意味がない。アジトの空気は、再び重くなった。
健一は、ホログラムに表示された、そのたった一つのピースを見つめた。その形状は、彼が情報の海で見た旧時代のAIジェネシスのロゴマークの一部に、どこか似ている気がした。
彼らの次の旅は、この失われたピースを、どんな手段を使ってでも探し出すための、危険な冒険になることを、彼は予感していた。
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