46.証明

 庵姫の力を借りて、イオリは先ほどまでより積極的に、父の亡霊に対して攻めの姿勢をとる。

 

 強化された肉体による素早い動きと、妖力を使った多種多様な攻撃。

 イオリの刀に纏いつく風は、亡霊が持つ燃える刀の炎を吹き飛ばす。


(正面から打ち合えるようになっただけでも、かなりの違いだな……)


 庵姫の全力を受け取る前までより、ずっと戦いやすくなっている。

 イオリは刀で突きを繰り返し、亡霊の隙を誘う。もちろんただの突きではなく、刀を突き出すたびにその切先から妖力の塊が放たれる、強力な打撃だ。

 それを何度も繰り返しながら、イオリは亡霊の体力を削りつつ、間合いを縮める。


「そこだ!」


 イオリの突きが、亡霊の肩あたりに命中した。

 体制を崩したところに、好機とばかりにイオリは斬りかかる。


「――ウッ……オオ!!」


 父の亡霊は言葉にならない声で吠えた。

 次の瞬間、彼の刀に纏われた炎が強くなる。イオリは思わず、振り下ろしかけた刀を戻して防御姿勢に入った。

 鼻先ギリギリを、燃える剣先が掠める。


「くっ…………」


 一進一退の攻防が続く。

 その間もずっと、イオリの頭と体はずきずき痛んでいた。

 妖の力に適応するため、体が作り変わっていくような感覚がする。


 痛みを堪えながら戦って、勝てる相手ではない。早く慣れなければと思うほど頭痛は強まり、イオリの心を折ろうとする。

 負けるな、と心の奥底から庵姫の声が聞こえていて、それだけがイオリの拠り所だった。


「今度こそ!!」


 体勢を立て直して、あたりを跳ね回る。父の亡霊を撹乱したら、あとは死角から飛びかかるだけだ。

 しかし、見えていなくとも気配と動きの流れでイオリの場所を把握しているらしい亡霊は、ほとんどの斬撃を止めてきた。

 ときどき体や腕に掠るものはあるが、防具をなかなか貫けない。


 今回もまた、イオリの攻撃は亡霊の身につけた鎖帷子くさりかたびらの表面を少し抉るだけに終わった。

 反撃に飛んできた大振りの刀の勢いで、イオリは跳ね飛ばされて地面に転がる。


(まだまだここからじゃ! 諦めるでないぞ!)


「当たり前だ――はあ、はあ……」


 脳に響く庵姫の声に答えながら、イオリは立ち上がる。

 疲労も、傷も、また庵姫がなんとかしてくれている。自分に足りない膂力も補われ、なんなら妖力だって使える。


 勝てないはずがない。かつて、父に負けて泣くことしかできなかったイオリとは何もかも違う。

 ここで成長して、最後のひとかけらを埋めて――父を打倒する。


 イオリは何度も何度も、父の亡霊に向かっていった。

 そして、やっと一撃をその腹に叩き込むことに成功した。


 刀を突き出して攻撃し、体勢を崩させるまでは先ほどやったのと同じ。そのあと、イオリは刀を地面に突き刺した。

 土の下で風が巻き起こり、大地が局所的にぐらぐらと揺れる。

 踏ん張りが効かなくなった亡霊の反撃の技は弱まり、イオリは背中の服と髪を燃やされながらも、亡霊の腹に刀を突き立てた。


 防具を貫通して、肉を貫いた感触があった。亡霊、亡霊と言っているが、そこにはちゃんと質量がある。

 父の姿をした、父と同じ体を持つ者を刺した。

 イオリはその事実に今更混乱しながらも、再び間合いギリギリまで下がる。


 一撃当てたとはいえ、父はまだこれくらいで死ぬタマではない。亡霊とはいえ、それは変わらないだろう。

 次の動きに注目するイオリをよそに、亡霊は呻き声を上げながら、腹を押さえて歩き出す。


 こちらに向かってくるのか、とイオリは身構えたが、すぐに異変に気づく。

 そして次の瞬間、イオリは再び亡霊に飛びかかった。


「待て!!」


「――――邪魔だ」


 刀から離した左腕の一振りで、イオリは再び地面に転がることになる。

 イオリを見下して、父は言った。


「俺は行く。ついてくるな」

「何をするつもりだ!!」


 刀の炎が強くなる。何をするつもりかなんて、尋ねなくとも明白だ。

 父の亡霊は、イオリを見つめていた視線をふっと外し、踵を返して歩き出す。


 その先には町がある。妖たちの暮らす郷がある。

 きっと妖狩りが撤退して行ったのを見て、安堵して肩を抱き合っている妖がいる。


 イオリは立ち上がる時間も惜しく思って、地面を半ば転がるようにして亡霊の背を追う。

 その足を素手で掴んで、イオリは自分の方へ引き戻した。


「行かせない……お前の相手は、私だ!!」

「それだけの価値がお前にあるのか?」

「斬られておいて、何を――」


 言いかけて気づく。亡霊の――父の言葉は、どれも聞いたことのある言葉だった。

 かつて、才能がないと見限られたイオリに向けられた言葉。大次が言うには、イオリを過酷な運命に巻き込まないための方便だとかなんとからしいが、イオリにとってはどれも呪いの言葉だ。

 

 置いていかれた寂しさが、怒りや恨みに変わるには十分なくらいの言葉たち。

 父は再びそれを残して、イオリを置いていこうとしている。

 

 ならば、イオリにできることはただ一つ。

 イオリが捨てられたあの日からどれだけ強くなったか、見せつけることだけだ。


「価値ならある! 私を見ろ、馬鹿親父!!」


 身体中に満たされた妖力を、腕だけに集中させる。軋むような痛みが腕全体を包み、イオリの肩からは異音がした。

 刀を握り直すと、手のひらから刀へと妖力が流れていく。これまで扱ったこともない莫大な量の妖力が刀を包み、刀はやがて一本の光の柱となった。


 腕がちぎれそうだ。刀を強く握った指の、爪の間から血が滲む。

 手のひらの皮膚が薄い部分は内側から溢れる妖力に突き破られ、ところどころ肉が見えていることだろう。

 そんな痛みの中でも、イオリは折れなかった。


 イオリを放って町へ行こうとしていた父が、慌てて振り返る。

 防御をしなければ死ぬと、理解したのだろう。


「はああああ――!!!」

 

 激痛が走る腕を、気持ちだけで振り下ろす。

 敵の脳天をかち割らんばかりに、光が空間を一閃した。

 

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