17.最大

 白蛇先生が結界を修復し終えたその頃。

 イオリは妖狩りの男との一対一の真剣勝負に、息を切らしていた。


 先ほどイオリがとった、木々の間を飛び回って勢いをつける戦法は、相手が反撃を狙った姿だったからこそ成立したものだ。

 敵の方から攻めて来られると、力で押されているイオリはどうしても防戦一方にならざるを得ない。


 だんだん、イオリに焦りと苛立ちが募る。

 どうやら庵姫の力を借りていると、体力の消耗がいつもより激しくなるらしい。

 ただでさえ押されているのに、持久力すらもう危ういと来た。

 早く何か手を打って、決着をつけないとと思ってしまうのは当然のことである。

 

 その焦りが敵にも伝わってしまっていることは、なんとなくわかっていた。


「もういいだろ、嬢ちゃん。――おいたまき! こっちに手ェ貸せ!」


 まずい、と思った。男が呼んだ環という名が、もう一人の妖狩り、弓使いの女のことであることは想像がついた。

 案の定、遠くに見える女の人影が、こちらを振り向いた。


 男と刀を交えたままでは、飛んでくる矢に抗えない。急所を守るくらいしかイオリにできることはない。

 そして、傷を負った状態でこの男とやり合うことは不可能だろう。


 弓使いは瞬く間に弓に矢をつがえ、連続で三つの矢を放った。

 どの矢も、狙いは寸分違わずイオリの方に向かう。

 

 刹那、汗を浮かべたイオリの表情を見て、男がふっと嘲るように笑った。

 イオリの本能が、瞬時に叫ぶ。


 ――好機!


 油断して気を抜いた男の刀を跳ね上げ、これ以上腕に力を込められぬよう右肩を狙って刀をすべらせる。

 男は驚愕の表情を浮かべ、手から刀を落とした。

 

 驚いて当然だ。このままでは、男を倒す代わりにイオリも弓矢に貫かれてしまうのだから。

 

 それでも、イオリはその瞬間自分にできる最大をやり遂げた。

 あとは来たる痛みに備え、心臓と頭を守るようにぎゅっと縮こまる。


 しかし、いつまで経っても矢がイオリを貫くことはなかった。

 イオリは、おそるおそる目を開ける。


 矢は空中で静止していた。やがて、砕けて塵に帰るように、さらさらと風に乗って先の方から跡形もなく消えていく。


「よく持ち堪えた、イオリ姫」


 聞こえてきたその声に、イオリの体から緊張や焦燥がふっと抜ける。イオリは安堵の息を大きく一つ吐いて、刀を構えなおした。


「遅いですよ、先生」


 イオリの背後では、一匹の大きなが、赤い目を光らせて弓使いを睨みつけていた。



 そこから先は一瞬だった。

 弓使いは、刀を持っているイオリに迫られればひとたまりもない。すぐに彼女は戦いを諦め、降伏した。

 

 仲間の男たちが腰抜けやら何やら文句を言っていたが、戦いがイオリの勝利に終わったことは明白だった。

 イオリは刀の鞘につけてある紐をその場で三つに切って、簡易的に妖狩りたちの手首を括る。

 手早く妖狩りたちを近くの木にくくりつけ、イオリは振り返る。


「……えっと」


 先程は確かに白蛇先生の声が聞こえたし、妖術を使ったのもわかった。

 しかし、振り返った先に白蛇先生の姿はない。

 

 いるのは、一匹の蛇だけだ。全身が真っ白だから、つまりそれが白蛇先生の第二の姿なのだろうけれど。


 眉をひそめるイオリに、白蛇先生は答える。


「この姿を見せるのは初めてだね。とは言っても、こっちが真の姿なんだ。ほら、薬屋の店主の蛙に会ったことあるだろう? あれと同じ。こっちの姿の方が森での移動は早くてね」


 さらっと白蛇先生は衝撃的なことを言ってのける。

 

 イオリは白蛇先生のことを人型の妖だと思っていたが、そうではなく人に化けられる蛇だったということだ。

 今更気味が悪いとか怖いとまでは思わないが、驚きの事実であることは間違いない。イオリは白蛇先生の今の姿を、頭の上から尻尾の先までまじまじと見つめる。

 言葉を失うイオリに対して、白蛇先生は蛇の長い体を縮こまらせながら申し出る。


「今すぐにでも人型に戻りたいところなんだけど……実は急ぐあまり服を脱ぎ捨ててきてしまった。取りに帰っていいかな?」

「なっ……」


 では今の白蛇先生は裸ということだ。

 

 イオリは急な事実に、思わずぱっと目を背ける。

 地面を這う白蛇の、うろこに包まれた体に見てならないものなど何もないというのに、反射的に体が動いた。

 

 つい病院の方に視線を向けたことで、イオリははたと思い出す。


「違う! そうです、ぬりかべが……!」


 イオリが白蛇先生の合流を待たずに戦いを始めたのは、ぬりかべが妖狩りと接敵しそうになっていたからだ。

 弓使いの攻撃を受けていたはずだが、ぬりかべは無事だろうか。


 慌てて白蛇先生に事情を説明し、二人でぬりかべのいたあたりに向かう。

 

 そこには、目を閉じて仰向けに倒れたぬりかべの姿があった。

 体の中心より少し下、人間で言うなら腹のあたりに、深々と矢が突き刺さっている。

 

 かたわらには、病院から運んできたらしい古めかしい木箱が落ちて、中身が散らばっていた。


「これは……結界を貼りなおすための道具か」


 どうやら白蛇先生のところに道具を届けようとしていたみたいだ。

 イオリはぬりかべのそばに駆け寄り、その平べったい体を揺さぶる。

 

「おい、大丈夫か!?」


 イオリの声と動きに反応して、ぬりかべはぼんやりと目を開けた。

 抱え起こすように、イオリはぬりかべの短い腕の下に体をねじ込む。


 重たい体を持ち上げてなんとか二人で立ち上がった。

 すると、ぬりかべの体に刺さった矢が、はじき出されるように根元からポンと抜け落ちる。

 血が流れる様子もなく、ぬりかべの土手っ腹に開いた穴はみるみるうちに塞がっていった。

 

 イオリは安堵の息を吐き、ぬりかべの肩の下を出て正面に回る。

 

「大丈夫……なのか?」


 傷も残らないぬりかべの体と、その真ん中にきゅっと集まったぬりかべの顔とを交互に見る。

 あまり言葉が上手でないらしいぬりかべは、何も答えなかったがにっこり笑った。


「よかった……君はすごい防御力だな。安心した」


 イオリはぬりかべの手を確かめるように握る。ぬりかべも小さな手で、優しい力で握り返してくれた。


「ありがとう、ひめさま!」


 カタコトの言葉でぬりかべはそう言う。姫様と呼ばれるのが、いつもより心地悪くなかった。

 

 

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