2.異形

 父もこんな風に襲われて死んだのだろうか。

 剣豪なんて、他人に恨まれていてもなんら不思議のない仕事だ。


 目が覚めて最初に思ったのは、そんな大層無駄な妄想だった。

 それから、冷静になって辺りを見回す。


 知らない部屋だ。病院だろうか、鼻につく薬品のにおいがあった。

 

 外に続くのだろう閉ざされた障子越しに、太陽の光が部屋の中を照らしている。

 障子のある反対側の壁は、廊下に続くふすまだ。こちらは開け放たれたままだが、人の気配はなかった。

 残りの壁面には簡素な木棚がどかりと置かれていて、大小様々な硝子ガラス瓶が所狭しと並んでいる。目を凝らすが、視界がかすんで瓶の中身まではわからなかった。

 

 わかるのは、自分が部屋の中心に置かれた藁の寝床に寝かされていることだけだ。

 

 自宅よりはるかに高い位置にある木組みの天井を、ぼんやりと見上げる。

 こんな病院は、イオリの自宅の近くにはなかったはずだ。

 

 ここに来た経緯が、イオリにはさっぱりわからなかった。

 おそらく一晩を明かしたのだろう、とは思う。

 

 昨夜ゆうべは父の訃報を聞いて、気を紛らわそうと山で刀を振っていた。

 そして、誰も来ないはずの裏山で何者かの気配を感じて、逃げようとして――最後、死を覚悟した。

 そこまで思い出して、イオリはハッとする。


(か、刀は……!?)

 

 慌てて腰に手をやるが、当然そこには何もかかっていない。服も、昨夜まで来ていた服とは違っていた。死に装束のような、真っ白な薄い服を着せられている。

 

 これではおちおち寝てもいられない。

 あの刀は、幼い頃に父から託され、ずっとイオリのそばにあってくれた大切なもの。もはやイオリの半身と言っても過言ではなかった。

 しかし、体を起こそうとすると、全身に激痛が走る。

 

「――痛ッ」

 

 思わず声にならない悲鳴をあげて、もう一度寝床に沈み込む。

 

 痛いだけではなく、右半身にいたってはほとんど動かないし、感覚も鈍い。まるで体の右半分だけ自分の体ではなくなったみたいだ。

 もぞもぞと自由な左手だけで体制を整えていると、隣の部屋から誰かが駆け込んでくる。

 

「お目覚めですか、姫様! ああ、よかった……」

「姫様……? 人違いでは……」

 

 心から安堵したような、少年の声。

 軋む体をゆっくり動かし、声のした方に首を向ける。


 やっとのことで声の主を視界にとらえたイオリは、言葉を失って固まった。

 

 そこには、異形いぎょうがいた。

 

 身長は人間の子どもくらいだが、明らかに頭が大きく、二等身だ。

 その頭の真ん中にはぎょろりとした大きな目が一つだけ。髪は生えておらず、全身がわらのような茶色の繊維に覆われている。

 

 どう見ても妖怪か化け物の類だが、手に木桶を持って白衣を着た彼はイオリを看病してくれていたらしい。

 

 叫び声をなんとか堪えたイオリは、自分で自分を褒めてやりたい気持ちだった。

 起き抜けにこんな姿の生き物を見て、普通にしていられる胆力はない。

 

 顔をひきつらせるイオリをよそに、目玉くん(仮称)は木桶を枕元に置き、中に入っていた濡らした布をうやうやしい手つきでイオリの目元にかけた。

 ひんやりとして心地がよいが、落ち着いている場合ではない。

 

 何が何やらわからず、イオリは額の布を左手で払い、目玉くんを問い詰める。

 

「君は誰でここはどこだ? 私は化け物の姫様になどなった覚えはないぞ。こうして丁寧に世話をされるいわれもないはずだ」

 

 冷たく言い放つと、目玉くんは目に見えて悲しそうな表情になった。表情と言っても大きな一つ目だけなのだが、目じりがぐっと下がり、涙目になる。

 一瞬で罪悪感をおぼえたイオリに、目玉くんはしゃがみこんですがりついた。

 

「そんな悲しいこと言わないでください! イオリ姫様は私たちの愛する姫様ですよ。ああ、それにしても大けがをされて……気が動転なさるのも当然でしょう。今すぐ先生を呼んできますからね!」

 

 半泣きのまま、言いたいことを言って目玉くんは再び立ち上がる。そして、そそくさと隣の部屋へ戻っていった。

 

 ……たしかに、看病をしてもらっておいて酷い物言いだったかもしれない。

 イオリは黙って、先ほど払いのけてしまった手ぬぐいを額の上に戻す。

 じんわりと頭の熱が晴れるのと同時に、イオリは冷静になって先ほどの目玉くんの言葉を反芻する。


 てっきり人違いか、人攫いの類にでもあったかと思ったが。

 

 目玉くんはイオリのことを、確かに「イオリ姫様」と呼んだ。

 どうして名前を知られているのかわからないが、人違いではないのかもしれない。無差別な人攫いでもない。

 

 でも、だとしたらなんだと言うのか。

 

 イオリは妖怪をこれまで見たこともなかったし、存在も信じていなかった。幼いころに父からお伽噺として妖怪討伐の話を聞いたことがあるくらいだ。

 それが一晩明けてみれば、明らかに異形の生き物から姫様と呼ばれている。

 

 夢でも見ているのだと思いたいが、先ほどから体に響く鈍い痛みが、これは現実だと主張していた。


 悩めば悩むほど、体だけでなく頭まで痛くなってくる。

 考え事すら、今のイオリには負担だった。

 

 自分の身に何が起こっているのかを知るためには、目玉くんの言う先生とやらに尋ねるのが一番だろう。

 一つ目頭の異形が呼ぶ先生だ、どんな化け物が出てくるのかわかったものではない。


 しかしたとえどんな相手であれ臆してはならない。

 イオリは自分を奮い立たせ、次なる異形が現れるのを待った。

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