第12話 王都アウリオンへ、民の商談
王都アウリオンは、朝焼けの中できらめいていた。
巨大な白壁の向こうに塔の群れが立ち、早くも門前には人と荷の列ができていた。
タケルは、街路を歩きながら肩の筋肉をほぐしていた。緊張ではなく、興奮の方が勝っている。自分で言い出した“国をクライアントにする”という馬鹿げた計画が、いま実行に移されようとしているのだから。
横を歩くドグーは、王都の魔力密度を測りながら静かに青光をゆらしていた。
「アウリオン。行政機構の複雑性は王国内最大です。交渉効率の低下が予測されます。」
タケルは笑った。
「そもそも俺らが来ること想定してないだろ。民間人が国に商談しに来たなんて、聞いたことねぇし。」
後ろでセレスとシオンが顔を見合わせる。
セレスは白いマントを揺らしながら呆れたように言った。
「本当に……国相手に“営業”なんて聞いたことない。タケル、無茶だよ。」
シオンは淡々とつづける。
「記録上、王都の民間人が直接商談を持ちかけた例はゼロ。ある意味、前代未聞です。」
タケルは振り返り、肩をすくめた。
「前例がないなら作ればいい。……だろ?」
グレンが苦笑した。
「いや、まぁ……タケルらしいわ。」
王城の応接室。侍従が眉をひそめたまま言った。
「民の立場で国に“提案”を持ち込むなど……慣例上、あり得ないのですが。」
タケルは堂々と座っていた。
その横で、ドグーが静かに書類を並べる。
「慣例に拘束される必要性はありません。提案の価値は、内容で判断すべきです。」
侍従はドグーを見て一瞬たじろぎ、視線をそらした。土偶が話すのが怖いらしい。
やがて、財務長官以下、複数の役人が応接室に入ってきた。
どの顔も硬い。これから来るものが“面倒”だとでも言いたげだった。
タケルが口を開くより早く、財務長官があざけるように言った。
「民間が国を救えるとでも?南辺境地は百年誰も手をつけなかった土地だ。荒地で、盗賊の巣窟で、税収はゼロ。王国の重荷でしかない。」
タケルは声を上げて笑った。
「だからこそ面白い。誰もやらないから、やる価値がある。」
「面白い……?」長官の顔が歪んだ。
タケルはドグーに視線で合図を送った。
ドグーが光を放ち、空中にグラフを展開する。
「現在、王国財政は五年以内に支出超過が臨界値に到達します。
そのうち“南辺境地”が占めるのは、たった3.2%――しかし“放置しても改善しない確定赤字”としては最大級です。」
数字が並ぶたび、長官たちの顔が固まっていく。
タケルは淡々と続けた。
「つまり、放置しても損。管理しても損。誰が担当しても恨まれる……そんな最悪の土地だってことだろ?」
財務長官はわずかに唇を噛みしめた。
「だが……王国の統治権を民間に委任など……!」
タケルは机に契約書案を置いた。
「王国の支出ゼロ。失敗しても国は一切責任を負わない。
代わりに、五年であの土地の生産性を200%にしてみせる。」
沈黙が落ちた。
書類を手に取った若い役人が青ざめる。
「……本当に、支出ゼロ……?しかも、成功報酬は永代統治権……?」
「そう。国はリスクゼロ。俺たちは責任全部。そっちの方が、決めやすいでしょ?」
タケルはあえて軽く言ったが、財務長官たちは完全に言葉を失っていた。
と、そのとき。
「陛下、ご入室!」
侍従が声を張り上げ、会議室に王が現れた。
タケルは立ち上がり、深く頭を下げた。
王は険しい顔でタケルの手元の契約書を受け取り、ゆっくり読み始めた。
読み終えたとき、王は静かに言った。
「……成功すれば英雄。失敗すれば夢想家だな。」
タケルは笑った。
「失敗しても、国は何も失わない。……何も賭けてない側が“夢想家”って言うのは、ちょっとズルくないですか?」
王の表情が一瞬だけ緩んだ。
沈黙ののち、彼は王印を取り出し、契約書に押した。
「アウリオン王国は、南辺境地の統治を五年間、汝らに委ねる。」
財務長官たちが驚愕の声を上げる。
だが王は一切振り返らず、
「責任を負う者だけが未来を語る。そういう顔をしているな、タケル。」
そう言った。
城を出ると、アウリオンの空がはっきりと晴れ渡っていた。
セレスは口に手を当てて小さく言った。
「……本当に決まったんだね。」
シオンも静かに頷く。
「前例ゼロの契約が認められました。記録するべき出来事です。」
そこへ、驚いた顔のリリアンが駆け込んできた。
タケルを見るなり、いきなり言った。
「聞いたわよ。王があんた達に統治を委任したって。本当にやるの?」
タケルは肩を回した。
「もちろん。荒れ地でも、誰も住みたがらなくても……作れるだろ、街の一つくらい。」
リリアンはタケルを上から下まで眺め、薄く笑った。
「……異常ね。その非効率。論文にしたい。いいわ、ついていく。」
ドグーが淡く光る。
《リリアン:好奇心特化型知性体。
長期的リスクを好む傾向。
Hexisに有利と評価。》
タケルは吹き出した。
「勝手に評価すんなよ。」
だが、その“勝手な評価”は間違っていなかった。
奇妙な縁で集まった仲間たちは、この瞬間から“建国チーム”となったのだ。
タケルは王都を見上げた。
その視線の先には、まだ形のない未来都市――Hexisがあった。
「よし。帰るぞ。始めようぜ、俺たちの街づくり。」
ドグーが静かに答えた。
「了解。Hexisプロジェクト、フェーズ1開始。」
風が吹き、王都の旗が翻った。
タケルの胸に、遠い未来へ続く鼓動が響いていた。
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