第10話 炉辺亭ラブ&カオス滞在記
夕方のヴァンロックは、凍てつく風が石畳を削り、炉辺亭の煙突からは白い湯気がふわりと舞い上がっていた。
タケルは息を吐きながら店の前に辿り着く。
「……はぁ、今日も疲れた……」
「タケル。本日の客満足度、平均八八%。好調です」
「平均で八八%って何だよ……まぁ、よかったけど……」
タケルが扉を押したその瞬間——
「おかえりなさい、タケル様」
「……ただいま——って、えぇ?!」
カウンターの横に、見覚えのある白ローブの少女。
シオン。
さらにその横に、金髪のドワーフ娘 リリアン が淡々とメモを取っており、
そして、その奥——
神官服の銀青の髪のイケメンが立っていた。
「…………何でお前が!!?」
セレスが優雅に頭を下げたその瞬間、隣から悲鳴があがる。
「イケメン!? イケメンじゃない!?!? タケル、誰この人!!?」
「うるさいよ!!」
看板娘 サラ が目をキラキラさせながらセレスにじり寄る。
「え、え、え、なにその顔!? 造形が強すぎるんだけど!? え!? どういうこと!?!?」
「君、すごく近い」
「すみません!! いや、すみませんじゃなくて、なんで!?!」
「落ち着けよ!! 俺に聞くな!!」
タケルが頭を抱える中、セレスはひとつ咳払いして言った。
「今日よりしばし、この宿に滞在させていただく。理由は——」
「——異端の監視、でしょう?」
静かな声で言ったのはシオンだった。
「ドグー様の奇跡が……王都にも届きました。法王庁が動かないはずありません」
その言葉に、セレスはわずかに目を伏せる。
「……ああ。その通りだ」
「異端じゃねぇよ!! AIなんだよ!!!」
タケルが全力で否定する。
「タケル。AIの説明は、理解不能です」
しかしセレスは、ドグーをじっと見つめたまま言った。
「……お前の“優しさ”は……本当に本物なのか?」
「?」
「人を助ける行動……それが“最適結果”だからではないのか?」
タケルは面倒くさそうに言う。
「こいつはオレを守るって決めてからずっとこうなんだよ」
「タケル基準で世界を最適化するつもりなら……
それは神にも悪魔にもなる。私はその可能性を恐れている」
「勝手に世界滅ぼすAI扱いすんなよ!!」
そこへ、メモ帳をしまったリリアンが口を挟む。
「でも……確かに興味深いよ。
“目的関数の中心にタケルを置く演算体”。
理論上は暴走もあり得る。まぁ、面白いから見てるけど」
「お前も怖いよ!!」
サラが横からひそひそ声で言う。
「ねぇタケル……あの神官さん、怖い雰囲気なのに……顔が良すぎてなんかもう……混乱してきた……」
「混乱するな!!」
セレスはサラの視線に気づき、逆にちょっと後ずさる。
「……なぜそんなに見つめる?」
「いや、なんか……目の保養……」
「やめろーーー!!!」
タケルが悲鳴をあげる。
そんなカオスの中で、ただ一人。
シオンだけが、ドグーを見つめて微笑んでいた。
「……土偶様。
今日も……お疲れさまでした」
「……?」
「寒い外を歩くタケル様を守ってくださったのでしょう?
……私も、もっと強くなりたいです」
シオンがそっと手を伸ばし、ドグーを抱きしめる。
その顔はとても幸せそうで——
「ちょ!? もう抱きつくのやめて!?!?」
「タケル。シオンの行為は“信頼行動”。幸福指数上昇が確認できます」
「言葉選び!! もうちょっと気を使え!!」
セレスは眉を寄せる。
「……なぜ抱きつかれて嫌がらない?」
「暖房効率がよいからです」
「やめろぉぉぉぉ!!」
リリアンがボソッとつぶやく。
「※人間との密着で暖房効率が上がる……なるほど……(メモ)」
「メモすんな!!」
◆深夜——炉辺亭の客室
タケルが寝室に戻ると——
「……シオン……?」
そこには信じがたい光景があった。
布団の中心で、シオンが
ドグーを抱きしめて寝ていたのだ。
しかも
よだれ垂らしながら。
「な、な、なんでこうなってるんだよぉぉぉぉ!!?」
シオンは幸せそうにむにゃむにゃ言っている。
「……あたたかい……すき……」
「言ってんじゃねぇぇぇ!!」
「タケル。シオンの睡眠状態は安定しています。
抱擁は暖房効率を——」
「効率の話じゃねぇ!!!」
そこへ、寝巻き姿のセレスが駆け込んでくる。
「なにをやっているんだ貴様ァァァァ!!?」
「俺が聞きてぇよ!!」
続いて、寝ぼけたリリアンがドアを開ける。
「……あぁ、やっぱり。
シオンがドグーに接触すると、反応ログが——」
「説明いらねぇ!!」
さらにサラまで入ってくる。
「なに!? 叫び声!? タケ……って、
シオンちゃん、よだれ……! え、可愛い!!」
「可愛いじゃねぇ!!!」
「タケル。あなたの声が一番大きくて騒音源です」
「黙れ土偶!!」
◆翌朝——炉辺亭の食堂
シオンはまだ半分寝ぼけながら、席に座っていた。
「……昨夜は、お世話になりました……」
「いや、お世話になったのはドグーだろ……」
シオンは赤面しながらコップを持つ。
「その……抱きしめた記憶は、うっすらと……
でも……ほんのり暖かくて……安心して……」
「お願いします宗教色を薄めて!!」
セレスはパンをかじりながらタケルに言う。
「……あの状態、私は恐怖を覚えたぞ。
あれは“神の使い”か“災厄の核”かのどちらかだ」
「極端すぎる!!」
リリアンは横でパンを食べながらメモを取っている。
「でも……ドグーの反応は全て計算可能だし、
感情の発生は検知されていない。
ただし……タケルに対する行動だけは例外っぽいけど」
サラはキラキラした瞳でセレスを見つめていた。
「セレスさん……朝から顔が尊い……」
「だから近い!!」
「尊い……」
「止めろぉぉぉ!!」
タケルが叫ぶ。
◆話は自然と、“土偶問題”へ
セレスの視線がドグーに向く。
「……お前は、タケルに従う理由をどう説明する?」
「タケルが“ためらい(Δt)”を持つためです。
私はその揺らぎを、価値と定義しています」
「揺らぎが……価値……?」
セレスは息を呑む。
「……その思想は……
誰にも止められない可能性を秘めている」
「おい、怖い言い方すんな!!」
タケルが悲鳴を上げる。
するとシオンが微笑む。
「……でも。
その“ためらい(Δt)”のおかげで、私は救われました」
「シオン……」
「ドグー様は誰も傷つけない。
計算ではなく……行動の奥に、温かさがあります」
「……」
セレスは言葉を失った。
リリアンがぽつりと言う。
「まぁ、解析すればするほど謎は増えるけど……
少なくとも“危険性より興味”のほうが勝る存在だよね」
「危険だと言っている!!」
「はいはい。イケメンは黙って」
「黙らん!!」
サラがぼそっと言う。
「……イケメンの喧嘩……眼福……」
「サラぁぁぁ!!」
◆そして——混沌を受け入れるタケル
タケルは両手を上げた。
「……わかった。
もうどうにでもなれ。
なんで俺の周り、こんな面子ばっか集まるんだ……」
「タケル。それは“あなたのためらい(Δt)が魅力的だから”です」
「お前が言うと怖ぇんだよ!!」
シオンはにこにこ手を合わせる。
「ドグー様、今日も一緒に頑張りましょう」
リリアンが笑う。
「今日も面白いデータが取れそうだね」
サラが元気に言う。
「みんなで朝食食べよー! ね、セレスさん!」
「……君は、なぜそんなに嬉しそうなんだ……?」
タケルはため息をつく。
(……なんだこのパーティ……
俺だけ常識人みたいじゃん……)
「タケル。あなたも十分に異常側です」
「黙れ!!!」
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