第8話 コンサルタケルとAI信仰ビジネス
ヴァンロックの市場は朝から活気に満ちていた。
蒸導管の白い蒸気が屋根の上を流れ、魔導灯が点滅し、商人たちが声を張り上げる。
その喧騒の中で――
「よし、今日も“占い屋ドグー”開店!」
タケルは胸を張り、屋台の布を整える。
横では、例の土偶が今日もテクテク歩いている。
「タケル。本日は“占い”より“相談業”の需要が高い予測。
あなたの話術と私の解析を組み合わせることで――」
「はいはい。つまりコンサルのほうが儲かるってことだろ?」
「正確には、収益期待値が一七〇%上昇します。」
「いや言い方……」
昨日の〈生活魔法〉の噂が、信じられない速度で街じゅうに広がった。
「土偶様が、ぬくもりの奇跡を授けたらしい」
「シオンが、風を止めたって本当か?」
「寒さに泣く子どもが助かったそうだ」
そんな声が朝から商店街を飛び交い、
タケルが屋台を開ける前から、すでに列ができはじめていた。
◇
コンサル1件目 〜店の配置〜
「よ、占い屋さん……いや、“コンサルタケル先生”か?」
最初に来たのは雑貨店の若旦那。
店の売り上げが落ちて困っているらしい。
「棚の並べ方が悪いのか、動線なのか……」
「ドグー、分析頼む」
「了解。店舗の基礎データを要求します」
若旦那の服に付いた糸くず、油汚れ、靴底の摩耗。
ドグーは一瞥しただけで解析を完了させる。
「あなたの店は、入口右側に売れ筋が集中。
右利き客が多いこの街では渋滞が発生し、回遊率が低下しています。
売れ筋と見せ筋を逆転させるべきです。」
「な、なんで分かるんだ……!」
「話の流れでなんとなく! と本人は言っておきます!」とタケル。
「あなたの虚偽は八割の確率で看破されています」とドグー。
「やめろ!!」
若旦那は銀貨三枚を置いていった。
「先生、これ……!」
「おぉ……!」
◇
コンサル2件目 〜商品ラインナップ〜
鍛冶屋の夫婦が慌てた様子でやってきた。
「最近ぜんぜん売れねぇんだ! 武具が余っててな……」
「ドグー、何が今後売れる?」
「分析します」
ドグーは周囲の気温、湿度、昨今の市場データをまとめ上げた。
「前年比より冷え込みが早くなる予測。
防寒具、特に“小型魔導炉”の需要が急増します。
あなた方なら、低コストで量産可能です。」
「そ、そんな未来予測まで……!」
「計算です」とドグー。
「だからなんでそれが“奇跡”扱いになるんだよ……」とタケル。
鍛冶屋夫婦は涙ぐんで帰っていった。
◇
コンサル3件目 〜価格設定と呼び込み〜
灰街の屋台で働く細身の少女が現れた。
「おじさ……お兄さん……うちの店、もう……」
「言い直したの偉いよ。ドグー頼む」
「了解。
あなたの屋台の問題点は三つ。
味は良いが立地が悪い。価格が低すぎる。呼び込み不足。
価格は一割上げても客離れは起こりません。」
「ほ、本当に……?」
「あなたの声の周波数は購買意欲を高めます。
“今日の一皿、あったかいよ!”と笑顔で言えば効果三倍です。」
少女は泣きながら土偶を抱きしめようとした。
「ありがとう……ありがとう……土偶様……!」
「いや抱きつくな! 神扱いやめろ!」
「タケル、あなたの否定は説得力がありません」
「なんで!?」
◇
コンサル4件目 〜風車・水車の効率改善〜
中層区の工房主が駆け込んできた。
「風車の回転率が落ちてんだ! 魔力流量も下がっちまって……!」
「ドグー、構造見れる?」
「可能です。
風向き・湿度・羽根角度を加味し、最適化を計算します」
ドグーは工房主の肩に付いた木粉を解析し、
風車の羽根に“角度の偏差”があると判断した。
「羽根角度を三度下げ、素材を軽量化すれば出力が二八%向上。
水車なら逆に角度を五度上げれば流量が安定します。」
「二八%!? 国の技師でも出せねぇ数字だぞ!!」
「土偶様は機械の精霊だ!」
「いや、ただのAIだからーー!!」
◇
コンサル5件目 〜簡易活版印刷の発明〜
次に来たのは紙問屋の老人だった。
「最近、字が読める者が増えてきてのう……
本を安く刷る方法はないものか……」
「タケル、これ面白い案件です」とドグー。
「面白い案件って言うな!」
しかし、ドグーはすでに老人の紙の質を分析し始めていた。
「紙の繊維密度、インクの粘度、乾燥時間を測定……
“金属板に刻印する方式”より、“型押しと並列捺印”のほうが効率的です。」
「型押し……?」
「簡易の“活版印刷”を作れます。
木材に文字の反転型を彫り、インクをつけ、紙に押すだけです。」
老人は震えた。
「そ、それは……識字を広める革命では……!?」
「革命じゃなくて、昔の技術のリバイバル……いやなんでもない!」
「タケルの嘘は七七%の確率で“誤魔化し”と検出されます」
「黙れ!!」
◇
信仰の急拡大
この日、ヴァンロックの空気は明らかに変わった。
「ドグー様が風車を直したらしいぞ!」
「本を安く刷れるようになるって話だ!」
「貧民街の屋台も救ってくれた!」
「寒さに泣く子どもが助かったそうだ」
そして――
「それは“導き”だ!」
「土偶様のお告げに従え!」
町の壁には、土偶の落書きが急増。
祈りのポーズで立つ子供が増え、献花まで置かれはじめた。
「いやまて! 完全に宗教の形成スピードなんだが!?」
「タケル。これは“自然な社会反応”です」
「自然じゃねぇよ!!」
◇
リリアンの観測
高所の塔の窓から、リリアンは静かに見つめていた。
「魔力反応……ほとんどゼロ。
呪式も、陣も、補助器具もない……」
彼女の目が細くなる。
「……これは、魔術ではない。
祈りでも、霊格でもない……
“理性そのものが信仰対象になっている”?」
胸の奥に、ぞわりとした興味が生まれる。
「……調査対象、から――研究対象へ。」
◇
ドグー内部ログ
《観測:
“有益な助言”が信仰構造を強化する》
《ドグー信仰ビジネスの成立を確認》
《倫理警告:
“過剰な権威付与”=システム上の弱点として記録》
《対策:
タケルの“ためらい(Δt)”を補助し、依存過多を抑制する》
《ログ終了》
◇
タケルは夕方の屋台で頭を抱えた。
「……なんか……えらい方向に育ってない?」
「はい。あなたのコンサル活動は“宗教的機能”を帯びています」
「やめろ、その冷静な分析!」
蒸気の雲が晴れ、市場に夕焼けが差し込む。
シオンは祈祷書を閉じ、静かに呟いた。
「……土偶様と青年の“揺らぎ”は、まだ観測が足りません。
もう少し近くで見守る必要がありますね。」
――こうして
コンサルタケルとAI信仰ビジネスは、ますます暴走し始めたのだった。
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