悪役の王太子を守るために戦った騎士団長が勇者パーティーに勝っちゃう話

りー

 悪役の王太子を守るために戦った騎士団長が勇者パーティーに勝っちゃう話

「急げ、レオン! 勇者が来る!」


 王太子ユリウスは袖の血を拭いながら叫んだ。

 その瞳には焦りはなく、ただ傲慢な光が宿っている。


 彼の引き起こしたクーデターは、王城の半分を制圧するところまでは成功した。

 だが、民の支持は得られなかった。

 そして王国は――“勇者パーティー”に討伐を依頼した。


 つまり、ユリウスはもう正式な“討伐対象”だった。


 それでも騎士団長レオンは、迷いなくユリウスを守っていた。


「殿下、こちらへ。裏門から城外へ抜けます」


「レオン、お前さえいれば勇者など恐れることはない。道を切り開け」


 当たり前のように命令する声だった。

 レオンはわずかに眉を寄せたが、従った。


 それが彼の誓いだった。

 主を守る。それだけ。



 玉座の回廊を抜けた先、空気が震えた。


 光の柱が落ち、勇者リオンが姿を現す。


「王太子ユリウス、覚悟を」


 背後には魔導士セラ、聖女ミリア、斥候ガルド。

 四人の勇者パーティーが、逃げ道を完全に塞ぐ。


「レオン。時間稼ぎだ。やれ」


 まるで「道具を使う」ような声だった。


 勇者リオンは槍を構え、言葉だけは敬意を持っていた。


「騎士団長レオン。あなたほどの武人を斬るのは本意ではない。退くのなら、これ以上は――」


「退けるはずがないだろう。私は殿下の盾だ」


 レオンは静かに剣を抜いた。


「来い、勇者」


 瞬間、二人の姿が消えた。


 金と黒の閃光が幾度もぶつかり、回廊は崩れ落ちる。

 魔導士セラが援護の魔法を放つが、レオンは影のように揺らめいて避け、逆に距離を詰めた。


「影牙(えいが)――」


「くっ!」


 勇者リオンの肩が裂ける。


「聖女、治癒を!」


「やってるけど……この傷、光の祝福を拒んでる!? なぜ……!」


 レオンの影が、息を殺す獣のように揺れた。


「勇者。あなたの光の加護を破れるのは――闇の契約を持つ者だけだ」


「まさか……」


 レオンは影の加護を持つ、世界で数人の“例外”だった。


 勇者の槍が跳ね上げられ、リオンが膝をつく。


 勝敗は決した。








「殿下。今です。裏門まで逃げ――」


「―レオン」


 王太子ユリウスの声が、妙に冷たかった。


「充分だ。あとはいい」


「……殿下?」


 ユリウスは微笑んだ。

 だがそれは慈悲ではなく、計算された笑みだった。


「王国は私を裏切った。だが“勇者に自分から投降した”と言えば……処刑は避けられる可能性が高い」


「何を……?」


「そして“騎士団長が無断で暴走した”と証言すればいい。

 そなたが勝手に戦い、勝手に王城を混乱させた、と」


 レオンの思考が止まった。


「……殿下。私は殿下のために戦ったのです」


「だから利用した。だが、そなたはもう不要だ」


 王太子は勇者の方へ歩き出す。


 倒れたリオンの前に立ち、声を張った。


「勇者よ! 私は自ら投降する!

 このクーデターはすべて――レオン騎士団長の独断だ!」


 レオンは完全に凍りついた。


 勇者パーティーが驚愕し、リオンが槍を杖にして立ち上がる。


「……レオン。あなたほどの剣士が、こんな理由で道を踏み外したのか」


「違う……! 私は殿下の命を守るために……!」


「聞こえぬな!」

 ユリウスが叫んだ。


「この者は危険だ! 勇者よ、そなたらの正義を見せてみろ!」


 聖女ミリアが結界を張り、魔導士セラが詠唱を始める。


 勇者パーティーの全員が、今やレオンを“反逆者”として見ていた。


 一瞬の沈黙。


 レオンは、剣を下ろした。


「……殿下。

 私は、あなたにとって……その程度の存在だったのですか」


 ユリウスは振り向きもしない。


「その程度だ。私を守るために死ね。それが騎士だろう」


 勇者リオンの槍が光を帯びる。


 セラの魔法陣が展開する。


 ミリアが祈りを捧げる。


 全員が、レオンを討つ構えだった。


 それでもレオンは剣を構えない。

 ただ、静かに頭を垂れた。


「殿下。どうか……お元気で」


 影の祝福が淡く揺らぎ、レオンの足元から闇が広がる。


 その姿は黒い霧へと変わり、風に溶けるように消えた。


「逃げた!?」


「彼は……もう戦う気を失ったのだろう」


 勇者リオンの声はどこか寂しげだった。


 ユリウスは肩をすくめた。


「忠義しか能のない男だった。利用価値はもうない」


 その言葉は、跡形もない影へと降り注いだ。


 レオンがどこへ消えたのかは、誰にもわからない。

 二度と姿を見せることもなかった。


 ただ――世界のどこかで、影の中に沈むように生きていた。


 すべてを捨てられた騎士として。


──完──

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