何はともあれ、坊ちゃんが可愛ければそれでいい

橋元 宏平

第1話 坊ちゃんとの出会い 玄武視点

 おれは頭のネジが数本抜けた、頭のおかしいヤツだった。

 人間として守るべき「倫理りんり」ってもんが、欠けていた。

 映画も漫画も小説も、ハッピーエンドより理不尽りふじんなバッドエンドを好むタイプ。

 ふとした拍子ひょうしに、破壊衝動や人を殺したい衝動しょうどうおさえられなくなる。


 組にゲソつけるヤクザになることは、もはや必然だった。

 極道ごくどうは良い。

 暴力沙汰ぼうりょくざた(死傷者が出る事件)を起こしても、問題なし。

 残虐非道ざんぎゃくひどうも、組同士の抗争こうそう(ヤクザ同士の戦争)なら許される。

 おれにとって極道は、最適な環境だった。


 年齢が近い白虎びゃっこ朱雀すざくとつるんで、3人で好き勝手暴れ回っていた。

 ふたりも、おれと同じ破壊衝動持ちのヤベェヤツらだった。

 いつしかおれたちは、まとめて「三悪党さんあくとう」と恐れられる存在になっていた。


 ある日、おれたちは組長に呼び出された。

 組長に呼び出されるってことは、相当やらかした時だ。

 心当たりがありすぎる。

 いよいよ、ヤキを入れられるおしおきされるのかもしれん。


 組長の部屋に入ると、組長は禍々まがまがしいほどの黒いオーラを背負っていた。

 おれたちをにらむと、重々おもおもしく口を開く。


「おう、てめぇら、エンコ詰める腹ぁ指切りする覚悟は、決めてきたか」


 あ、これ、ガチでヤベェヤツじゃん。

 組長の圧に、おれたちは言葉を発することが出来ない。


「てめぇらの日頃のおこないは、目に余る。反省の色も見られねぇのが、問題だ」


 確かに、日頃の行ないがりぃのは認めますがね。

 おれには、悪りぃことしている自覚がないんで、反省する気も起きないんすよ。

 そもそも、反省したところで、意味なんてないでしょ。

 本音を口にしたら余計に怒られそうだから、うつむいて黙っておく。


「てめぇらの実力は、買っているがな。組のもんとして、責任を果たせ」


 責任ねぇ。

 今度は、どんな責任を取らされるんでしょうかね。

 おれ、弁当持ちだ執行猶予があるから、次捕まったら実刑確実なヤバいんですよね。

 ションベン刑(数ヶ月くらいの短い懲役ちょうえき)くらいなら、良いんだけど。

 ヤクザともなれば、このくらいの刑期はなんてことないし。

 懲役ロング(10年以上の長い懲役)は、勘弁かんべんして欲しいなぁ。


「ひとつ、てめぇらに仕事をやる。オイ! へぇんなっ!」


 組長が外へ向かって声を放つと、扉がそっと開く。

 そちらに目をやれば、おずおずと入ってくる小さな男の子。

 見た感じ、幼稚園児か小学校低学年くらいかな。


「息子の『青龍せいりゅう』だ」


 おれの記憶で、青龍坊ちゃんと言えば赤ん坊だった。

 しばらく見ねぇうちに、ずいぶんデカくなったもんだ。

 組長は坊ちゃんの頭の上に手を置いて、ひとこと。


「コイツの世話係になれ」

「「「は?」」」


 おれたち3人は、きょを突かれた(不意の出来事に驚く)。

 組長は坊ちゃんの頭を優しく撫でながら、おれたちに鋭く言い放つ。


「てめぇらに足りねぇのは、責任感だ。コイツの世話係を通して、てめぇらも少しは人間らしくなりな。断ったら、殺す。適当なことしやがったら、殺す。危ないことしやがったら、殺す」


 いやいや、「殺す殺す」言いすぎじゃないっすかね、組長。

 こうしておれたちは、組長の息子の世話係を任命された。


 🐉🐦🐅🐢


 いきなり、こんな小さな子供のお世話しろと言われましてもねぇ。

 こっちは、何の心積こころづもり(覚悟)もしてなかったんですけど。

 どうすれば良いのか、マジで対応に困る。

 すると、コミュ力の高い白虎が出来るだけ優しく、坊ちゃんに話し掛ける。


「初めまして、坊ちゃん。俺は白虎です。これから、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします、坊ちゃん。自分は朱雀と申します」

「あ、えっと、どうも。おれは玄武げんぶです」


 おれも朱雀も、慌ててそれにならい、頭を下げた。

 しかし、坊ちゃんは黙って、ふいっと顔をそむける。

 first contactファーストコンタクト失敗。


 坊ちゃんは、人見知りなのかもしれない。

 だとしたら、面倒臭ぇな。

 まぁ、おれも人のこと言えねぇコミュ障なんだけど。

 面倒臭がりのおれは、「こんな仕事、まっぴらごめんだ」と思っていた。

 この時までは。


「仕事仕事」と自分に言い聞かせて、坊ちゃんの面倒を見ることにした。


「坊ちゃん、おれたちと一緒に遊びませんか?」

「……いいよ」


 坊ちゃんはボソリと、小さく答えた。

 遊ぶと言っても、おれは子供の遊びを良く知らない。

 おれは、抗争が一番楽しい遊びだと思っている。

 でも、組長から「危ないことさせたら殺す」って警告されてるし。


 坊ちゃんは、ボードゲームやカードゲームを取り出してきた。

「つまんなそうだな」と思いながらも、4人で卓を囲んだ。


 ところが、やり始めたら意外と面白くて夢中になって遊んだ。

 白虎も朱雀も、楽しそうにケラケラ笑っている。

 坊ちゃんも、少しずつ表情が柔らかくなっていった。

 ぎこちなかったやり取りも、ゲームをやるうちに打ち解けてきた。


 30分つ頃にはすっかり仲良くなって、坊ちゃんも笑顔を見せるようになった。

 楽しそうに笑う顔が、めちゃくちゃ可愛かった。

 初めて「この笑顔を守りたい」と、心から思った。


 今まで、守りたいものなんてひとつもなかった。

 破壊こそが、全てだった。

 だけど、「この子だけは守りたい」と強く感じたんだ。


 この気持ちが芽生えてから、おれは坊ちゃん一筋ひとすじになった。

 本当に、坊ちゃんが可愛くて可愛くてしょうがない。

 坊ちゃんを笑顔にする為だったら、おれはなんだってやる。

 何時間だってゲームに付き合うし、坊ちゃんが大好きなプリンだって作る。


 一緒に過ごすうちに、坊ちゃんはおれたちに懐いてくれた。

 白虎も朱雀も、坊ちゃんの可愛さにメロメロだ。

 朱雀は博識で、家庭教師代わりに勉強も教えているから、坊ちゃんに尊敬されている。

 白虎は料理上手で、美味いもん作るから、坊ちゃんも喜んでいる。

 おれは、坊ちゃんの遊び相手として一番仲が良い。


「玄武お兄ちゃん、遊んでーっ」

「はい、いいですよ。今日は何して遊びますか?」


 一番最初に、俺の名前を呼んでくれる優越感ゆうえつかん

 いつしか、破壊衝動や殺人衝動は起こらなくなっていた。

 坊ちゃんがおれに、人を愛する幸せを教えてくれたんだ。


 もう、抗争なんて行かなくても良い。

 坊ちゃんの幸せが、おれの幸せ。


 組長のおかげで、おれは人として穏やかに生きる幸せを得た。

 これが「責任」というものなら、おれは一生掛けてその「責任」を果たす。


 願わくば、これからもずっと坊ちゃんの側で坊ちゃんの成長を見守りたい。

 どうかおそばにいさせて下さい、おれのいとしい坊ちゃん。

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