第10話:犯人からの挑戦状
アンナの保護をアーロイの部下に任せ、城へと戻った優馬たちの表情は硬かった。オルテガ宰相が黒幕の一人である可能性が極めて高い。しかし、動機は何だ? あの温厚な宰相が、なぜ王子を殺し、王家を混乱に陥れるようなことをするのか。
(彼もまた、復讐者の一族なのか? いや、それにしては国王親子への憎しみの動機が弱い。彼は誰かに協力している、あるいは操られているだけなのかもしれない)
優馬が自室で考えを巡らせている、その時だった。
カサリ、と静かな音がして、部屋のドアの隙間から一通の封書が滑り込まれた。
「!?」
優馬は素早く立ち上がり、ドアに駆け寄った。そっと扉を開けて廊下を覗くが、そこには誰の姿もなく、ただ蝋燭の炎が揺らめいているだけだった。
床に落ちた手紙を拾い上げる。宛名はなく、ただ『異邦の探偵へ』とだけ書かれていた。優馬はゴクリと唾を飲み込み、封を切った。中に入っていたのは、一枚の短い手紙だった。
そこには、血のような赤いインクで、こう書かれていた。
『詮索はそこまでにしておけ。次は、お前だ』
紛れもない、犯人からの挑戦状、いや、脅迫状だった。自分の正体、そして捜査の進捗を、犯人は正確に把握している。背筋に、冷たい汗が伝った。殺されるかもしれない。この異世界で、誰にも知られず、ひっそりと。
一瞬、恐怖が優馬の心を支配した。だが、次の瞬間、彼の心に宿ったのは恐怖を凌駕する探偵としての好奇心と、犯人への怒りだった。
「……残してしまったな、ボロを」
優馬はつぶやくと、手紙を光に透かし、注意深く観察し始めた。犯人は脅迫することで優馬の動きを止めようとしたのだろうが、それは同時に、自らの情報を与えるという致命的なミスでもあった。
まず、紙質。王城で公式文書などに使われている分厚い羊皮紙とは明らかに違う。植物の繊維を漉いて作られた、ざらりとした手触りの特殊な紙だ。こんな紙は、普通の店では手に入らないだろう。
次に、インク。血のように見えるが、鼻を近づけても鉄錆のような匂いはしない。だが、光の加減で僅かに黒く光る粒子が混ざっているのが見えた。
(このインク……おそらく、特定の鉱物を砕いて作った顔料を使っている。そして、この紙は……どこかの研究室などで、実験的に作られたものか?)
優馬はすぐにリリアナとアーロイの元へ向かい、手紙を見せた。
「犯人からです。俺の動きに、かなり焦っていると見える」
「なんと……! ユウマ殿、身の危険が!」
アーロイが色めき立つ。リリアナは青い顔で手紙を見つめていた。
「リリアナ様、アーロイ騎士団長。この紙とインクに見覚えはありませんか? 特に、古い文献の修復や、特殊な魔法の研究などに使われるような」
二人は顔を見合わせたが、心当たりはないようだった。
「でしたら、一人だけ可能性のある人物がいます」
優馬は、静かに、しかし確信を込めて言った。
「宮廷魔術師、エリザールです。彼の研究室なら、このような特殊な物品があってもおかしくない」
オルテガ宰相が黒幕だとしても、彼一人で全てを計画したとは考えにくい。特に、魔法が絡むトリックや、今回のような特殊な紙とインクを用意するには、専門家の協力が必要不可欠だ。
犯人が残した挑戦状は、優馬を恐怖させるどころか、新たな容疑者へと繋がる重要な道標となった。犯人の焦りは、優馬の推理が核心を突いている証拠でもある。
「面白い。どこまでも、受けて立ってやる」
優馬の瞳に、再び闘志の炎が灯った。
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