誰も理解できない頭のいい彼氏
esquina
― 第六臼歯とキャバ嬢 ―
B子「アタシの彼氏って、頭いいの」
友人「へえ。何やってる人?」
B子「無職」
友人「…………へえ。同棲してるんだよね?」
B子「そうよ。なんでも相談に乗ってくれるの」
友人「それはいいね」
B子「でもさ、彼氏って……なんかすごいのに、あんまり役に立たないの……」
友人「どういうこと?」
B子「一昨日ね、歯がさ、なんかキーンってして痛くて、彼氏に見てもらったの」
友人「うんうん」
B子「そしたら、まさかのメモに書き始めたの。
“痛みの根源的な対象は第六臼歯の歯根部分であり――”」
友人「待って……彼、歯科医?」
B子「違うの。ふつうに頭良すぎるのよ!」
友人「それってふつう?いやもうそれ、“歯ぐき下がって痛い”でよくない?」
B子「……それそれ!でもその一言を彼は絶対に言わないんだよね」
友人「あんたの彼氏がなんで無職か分かった気がする……」
B子は今日も、第六臼歯の痛みと仄かな疑問を抱えたまま、
キャバクラへ向かう。
⸻
✦ あとがき ― 「説明好きな医者」という災害について
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここからは、本編よりも長い、筆者の実体験を少し――
それは、ある昼下がりのこと。
ドライマティーニをこよなく愛する私の胃に、妙な違和感が走った。
まるで陣痛の“導入編”のように、じわじわ、じわじわ、
そして突然ギューッと差し迫った痛みに変わっていきました。
夕方には座っているのも困難になり、
私は痛みの波ごとに立ち止まりながら、ようやく近所の内科へ辿り着きました。
幸い、待合室には誰もいませんでした。
だよね。
知ってる。
なんで空いてるかも知ってる。
診察室に通されると、若い研修医と、
“説明好きオーラ全開”の医師が私を出迎えました。
私は言葉少なに、顔面ジェスチャーだけで必死に痛みを訴えた。
――先生、痛いんです。
すると医師はくるりと振り向き、
私の胃を教材にして、研修医に説明をし始めたのです。
「ほら、見て。これ。」
痛みで呻いている私の上腹部をグッと押し、
「あ、痛かったよね、ごめん、ごめん。……見た?ここを押すと痛いのはね、噴門部に炎症があるからなんだ。胃潰瘍の典型ね」
……いや、痛いのは知ってるんですよ先生。
理由より先に、対処をお願いします。
私は涙目で訴えました。
「先生、とにかく痛くて……座っているのも辛いです……」
すると医師はなぜか嬉しそうに目を輝かせ、
「聞いた?痛いんだよ、ほんと胃潰瘍は。あ、痛み止め持ってきて」
頼む。話より先に薬を――。
そこから更なる“講義”が始まります。
「どうやらお酒だね。ちょっと控えて」
「胃潰瘍にはさ、アルコール度数は関係ないんだよ。
アルコールそのものが悪いんだ。ビールだろうと焼酎だろうと、もう一発で焼ける」
と、研修医に向かって誇らしげに語る医師。
痛み止めが効き始めた頃、
私はようやく声を絞り出しました。
「それじゃ……しばらくお酒は飲みません」
「うん、その方がいい。ていうか今のペースだと、20年後は間違いなくアル中になるよ。で、ガンとかできちゃうから。ほんとに」
言わなくていい情報までくれる医師。
(研修医、引き気味)
「ちょっとこっち横になってみて。ついでに肝臓みてあげるよ」
……半ば強制の院内オプション。
あんまり嬉しくないのは私だけだろうか。
私は、まな板――もといベッドに横たわりました。
もう、どうにでもして。
「ちょっといいかな。ここ、ここが肝臓ね。ほら君も押してみて」
研修医が申し訳なさそうに私の腹を押し込み、
「……問題ないですね」とつぶやきました。
医師は眼光鋭く頷く。
「柔らかい。」
本当に必要な診察だったのか?
それを疑う気力すら、その時の私にはありませんでした。
私は立ち上がり、礼を述べ、
心身ともにすっかり打ちのめされて病院を後にしました。
ただし――先生、ありがとう。
処方された薬はめちゃくちゃ効き、
その夜には痛みの大半は消えていました。
(診断は正しかった。説明は長かった。)
誰も理解できない頭のいい彼氏 esquina @esquina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます