悲劇の英雄は曇らせたい ~理想の死に別れを演出したかったのに、ヒロインたちが激重感情すぎて死ねない~

木嶋隆太

第1話


「おっ、始まるのか」

「英雄フェイン様の戦い……実はオレ、初めてみるんだよなぁ」


 冒険者ギルドの酒場は、熱気と静寂に包まれていた。

 普段ならば冒険者の怒号や笑い声が響き渡るというのに、今は皆比較的静かにある一点を見つめていた。


 ある一点――ギルドの中央に据えられた高級魔導具「魔導映写盤(まどうえいしゃばん)」だ。

 ギルドの天井からつるされるようにして設置されたそれは、遠くの映像を映し出す魔導具だ。

 今まさに、そこではこの前線都市近くで行われている戦闘の様子が生中継されていた。


 冒険者たちの輪から少し離れたところにいた、メイドの女性も静かにそちらを見ていた。

 彼女は英雄フェイン専属のメイドだ。


 本来、彼女がこのギルドの酒場にいる必要はない。

 いつものようにフェインの帰りを信じて待ち、ごちそうの準備をしていればよかった。

 だが、今日の彼女は部屋でじっと待つなんてことはできなかった。


 ギルドを、いや大陸全土が恐れる脅威度S級の魔物――獄炎竜との決戦だったからだ。


(ご主人様……)


 リジナはただ、自分の主人の無事を祈りながら、その様子を見守っていた。

 魔導映写盤は獄炎竜が召喚した火のドラゴンと冒険者たちの戦いを映しだす。


「……獄炎竜は、雑魚ドラゴンを大量に召喚してくるんだよな」

「……ああ。同じ級の脅威度の魔物と比較しても、獄炎竜自体はそこまで強くはないが……あの召喚が問題視されているんだよな」


 リジナも、その話は事前にフェインから聞いていた。

 同じランクの魔物として、黒曜の騎士が発見されている。不定期に出没が確認されているこの存在は、仲間と群れて行動することもなければ、何かを召喚することもない。

 だが、その圧倒的な単体性能の高さから、多くの冒険者たちが葬られていた。

 逆に、獄炎竜は雑魚ドラゴンを多く召喚することから、規模的な脅威度に関してだけでいえば、こちらの方が上だった。

 そんなとき、戦場の様子が変わる。


「おお、騎士団の部隊か」

「完璧な連携で雑魚ドラゴンを押さえてるじゃねぇか」


 魔導映写盤に、ちょうど冒険者や騎士たちの戦いが映し出されていく。

 最前線に立つ騎士たちは、鍛え抜いた剣技と日々の訓練による練度の高い連携で抵抗している。

 冒険者たちは、個々の力で戦っていき、敵を次々と倒していく。


 生まれ持っての才能であるユニークスキルを持っている人も戦場にはいたようで、様々な攻撃が画面の中を飛び交い、雑魚ドラゴンたちが仕留められていく。


 ただ、獄炎竜が一度鳴けば、再び雑魚ドラゴンは召喚される。

 その様子に、冒険者たちの間から迷いの声があがっていく。


「このままだとジリ貧じゃないか?」

「……い、いや……さすがに何か、考えがあるんじゃないか?」


 リジナはただずっとフェインの姿を目で追っていた。

 フェインは押し寄せる雑魚ドラゴンの群れに一切動じず、ただまっすぐに敵を見据え、葬っていく。

 堂々とした、立ち姿。そのお姿を目にするたび、リジナの胸は高鳴っていた。


(ああ、ご主人様……。今日もなんと、お美しい……。ああ……っ! ダメ、もう我慢できないぃぃ! ここ三日ほど、ご主人様は作戦に参加していなくて顔見てなくて……っ! ああああ! ダメダメ、私、もっと冷静に……! 尻尾、ステイ!)


 リジナはいつも浮かべている無表情を必死にこらえながら、左右にぶんぶん揺れそうになる尻尾をしっかりと体に巻き付け、どうにか興奮を抑えた。

 そして、改めて魔導映写盤を見る。


 この戦場に立つ、唯一神の存在を――。

 現れた雑魚ドラゴンとフェインが戦っていくと、その戦いっぷりに、冒険者たちも次々と声をあげていく。


「す、すげぇな……英雄様……」

「ああ、あと……あの二人もだな」


 映像は、最悪なことにフェイン以外へと向けられた。


(……あぁっ。くそくそくそ……! 一生ご主人様だけを映しておけばいいのに……っ。ああ、でも映らなくなったおかげで、ようやく興奮を抑えられる……ふぅ……)


 今映しだされているのは、ちょうど二人の女性だ。

 冒険者の間でも人気がある美少女二人に、野太い歓声がいくつもあがっていく。


「……アストラさん! クレアさーん!」

「今日も可愛いなぁ……!」

「フェインさんとよく一緒に組んでいる女性冒険者たちだっけ?」

「そうだよ。どっちも、フェイン様に並ぶんじゃないかと言われるほどの力なんだよなぁ」

「それで、あんなに可愛いなんて……ずるいなぁ」

「一説によると、どっちかとフェイン様が付き合ってるって話だぜ?」

(は? は? は? ご主人様は誰とも付き合っていませんが? ていうか、一番近しい立場にいるのは私、リジナですが? 適当なこと言ってると目ん玉くりぬきますよ?)


 リジナは冷静ながらも、静かに二人を睨みながら魔導映写盤に映る二人を見た。

 別に、リジナも二人とは友人関係ではある。ただ、ご主人様の恋人、という一点だけはどうしても譲れないだけだ。


 フェインの弟子、アストラ。

 彼女はフェイン譲りの戦闘技術で、雑魚ドラゴンの群れを真正面から突破していく。

 相変わらずの力強さだ。

 背後から接近していた雑魚ドラゴンにも即座に気づき、得意な水魔法と合わせ、周囲の魔物たちを容赦なく仕留めていく。

 騎士団や冒険者が連携で押さえている敵を、彼女は一人で薙ぎ倒していき、そのたびに歓声があがっていく。


 もう一人は、クレア。彼女はアストラとは対照的に、素早さとテクニックを主軸に戦うスタイルだ。

 愛用の短剣を逆手に持ち、雑魚ドラゴンの死角へ滑り込む。

 雑魚ドラゴンが気づいた時には……もう遅い。

 急所を正確に切り裂いて仕留め、次の雑魚ドラゴンを睨む。


 他のA級パーティが複数人で一体の雑魚ドラゴンを押さえているのに対し、あの二人はそれぞれ単騎で群れを倒していく。

 お互いに、お互いを意識しているのもあってか、まるで競うかのように討伐数が増えていく。


(……相変わらずですね、アストラもクレアも)


 その実力は、実力者揃いの一団の中でもずば抜けているのは、リジナから見ても明らかだった。


(……確かに、あの二人は強い。ですが――あぁ……っ! やはり、ご主人様が一番美しい)


 リジナが視線を向けたとき、獄炎竜が動き出す。

 雑魚の大半が片付けられ、自身を守る存在が少なくなったことに焦れたのか。

 奥に控えていた獄炎竜の口が開かれた。


「まずい、ブレスだ!」

「あれが来たら戦線が崩壊するんじゃねぇか!?」


 冒険者たちが絶叫する。

 しかし、だ。

 古参の冒険者たちは、その絶望的な光景にも動揺していなかった。


「落ち着け、新入り。お前は忘れたのか?」

「え?」

「あの戦場には、英雄がいることを」


 魔導映写盤の中で、フェインが動いた。

 魔導映写盤から、現場の記録魔導士の実況が響き渡る。


『獄炎竜がブレスを放とうとしている中! 我らの英雄が動き出しました!』


 映写盤に映っていたフェインが、一気に獄炎竜へと駆け寄る。

 もともと、このタイミングで仕掛けるつもりだったのだろう。


 フェインの動きには一切の迷いがない。

 逆に、獄炎竜は僅かに動揺しているように見えた。

 ブレスを溜めている隙を突かれたような形だったからだろう。

 しかし、そこから次の動きに変えることはできなかったようだ。

 獄炎竜はすぐさまブレスを放った。


「危ない!?」

「直撃するぞ!?」


 何も知らない冒険者たちが慌てたような声をあげる。しかし、フェインの戦いを知っている人たちに、心配している者はいない。

 獄炎竜の口から放たれた炎のブレス。

 まっすぐにフェインへと向かい、その全身を焼き焦がそうとする。

 

 フェインは――そのブレスに片手を向けた。


 【魔素吸収】。

 フェインがもつユニークスキルの一つだ。

 それは、魔で構成されているものの全てを吸収し、自分の力へと変えることができる力。


 代償がないわけではない。

 だからこそ、リジナは少しだけ唇を噛んでいた。


(ご主人様……っ! ご無理を、なさらないでくださいね……)


 リジナは、誰よりもフェインのことを信じている。

 ご主人様への実力に対しての信頼はある。

 それでも。

 大事なご主人様の肉体への負担が大きいことを心配しない理由にはならないからだ。


 盾ごと蒸発させられるであろう灼熱のブレスを、フェインはすべて吸収した。

 そして、そこで動きは終わらない。

 大きな隙を見せた獄炎竜が再度ドラゴンを召喚するよりも前に――フェインは一気に獄炎竜の懐へと迫った。


『え、英雄が、ブレスを完全に防ぎました! そして、英雄が……! とうとう、その喉元へと迫ります!』


 記録魔導士が、現場の熱を届けるように実況する。


「……英雄、さすがだな」

「す、すごい……っ!」

「フェイン様ー!」

「今日もカッコよすぎますぅぅぅ!」

(……当然です)


 リジナとしては、「むしろ、今さらですか?」という気持ちであった。ふん、と鼻を一つならし、再び魔導映写盤へ視線を向ける。

 フェインが、獄炎竜へと攻撃を放とうとすると、すかさず獄炎竜はその一撃を魔力の壁で受けきろうとした。

 しかし、フェインはあまりにも規格外すぎた。

 その魔法の障壁ごと――獄炎竜を剣で殴ってみせた。


「……ま、マジかよ」

「あ、あんな馬鹿力……さすが、英雄だな……」


 皆がドン引きするような驚きの声をあげる。そして、獄炎竜もまた、初めて警戒するような顔へと変化する。

 だが、戦況は完全にフェインたちの方へと傾きつつあった。


『ご、獄炎竜をフェイン様が押さえたことで、新たにドラゴンの召喚が行われなくなりました! 一人、また一人と冒険者たちがフェイン様の援護へと回っていきます!』


 記録魔導士の言葉の通り、雑魚ドラゴンが減り、冒険者や騎士たちがフェインの援護に回れるようになっていく。

 様々な魔法が飛び交いだしたことで、フェインの動きもどんどんスムーズになっていく。

 獄炎竜はフェインを退けようと必死に動くが、フェインの圧倒的な速度にまるで対応できていない。


 そして、フェインに集中すれば、援護の魔法に当たり、そちらに意識が向いた瞬間にフェインの強撃が獄炎竜の守りを崩す。

 ギルドにいた冒険者たちがその戦いに熱狂していく。

 ここまでくれば、皆の心にも余裕が生まれていた。

 すでに祝杯とばかりに酒を飲み始める人たちも出てくる。


「……こう見ると、なんだか一方的ですね」


 ある冒険者がそう呟いた。しかし、それをたしなめるように他の冒険者が頭を叩く。


「アホ。そりゃあ、一方的になるように事前にどれだけ準備したと思ってんだよ?」

「そうだぜ。戦いってのは、戦う前に八割決まってんだ」

「ほんとな。獄炎竜が動きづらい場所に誘導して、獄炎竜が苦手な水魔法を使える冒険者をたくさん用意して……そして何より――万全の状態の英雄を用意して、ようやくこれなんだぜ?」

「……そうだよな。……この戦いだって、フェイン様がいなかったら成り立たないような作戦だしな……」

「……相変わらず、すげぇよ、フェイン様……」


 その時だった。

 後方に控えていた冒険者たちが、一斉に構える。


『今だ! 放て!』


 冒険者の声が響いた瞬間。

 後方で魔法を溜めていた冒険者たちが、一斉に魔法を放った。

 打ち出されたのは水魔法だ。それらが獄炎竜へと向かう。


 冒険者たちの魔法はそこまで強力なものではない。

 しかし、獄炎竜の体力も相当削られていたのだろう。

 さすがに、それらを受けるわけにはいかないと思ったのだろう。


 獄炎竜はそちらに全力の魔法障壁を展開してみせた。明らかにこれまでとは防壁の密度が違う。

 冒険者たちの水魔法は防壁へと当たるが……それを突破することはできなかった。


 冒険者たちからすれば、全員で合わせた全力の一撃。

 普通ならば、あっさり守られたことに絶望することだろう。


 だが――冒険者たちの顔に絶望はない。

 

(彼らの魔法は、陽動……ですか。やはり本命は……あぁ……ご主人様ですね……っ)


 希望の存在が、すでに力を溜めている。その姿に、リジナの全身が身震いした。あまりの興奮にその場で崩れ落ちそうになる。しかし、フェインの専属メイドという立場から、下手なことはできないと必死にこらえる。


『英雄が、動いた! フェイン様の一撃が今、放たれます!』


 記録魔導士の絶叫が響く。魔導映写盤の中で、フェインの剣が強い光を放ち――跳躍する。

 一瞬で獄炎竜の首へと迫る。獄炎竜がそれに今さらながらに気づき、首を回す。


 だが、遅い。

 フェインの剣が獄炎竜が対応するよりも先に首を捉え、振りぬかれた。


 ――ごちそうの、準備をしなければ。

 リジナがゆっくりと席から立った次の瞬間。


「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」


 ギルド中が、地鳴りのような歓声に包まれた。


『見てください! 獄炎竜の首が、落ちました……っ! 討伐が、完了しました……! 長年……! 長年、この前線都市を苦しめ続けていたあのいまわしき獄炎竜が……! 今、討伐されました……!!』


 魔導映写盤の映像が、激しく揺れる。

 現地の撮影班たちも、感情を抑えきれなくなっていたのだろう。


 すぐに撮影班がフェインの方へと駆け寄ると、フェインの視線がこちらへと向いた。


 リジナは外に向かっていた足をぴたりと止めた。

 立ち去ろうと思っていたが、大好きなご主人様の言葉を刻み込む必要があった。


『街の皆。戦いは終わった。我々の、勝利だ……!』

「フェイン様ぁぁぁぁ!」

「きゃあああ! 今こっち、こっち見て少し微笑みましたよ!」

(は? ご主人様は私を見ていたんですが?)


 ふざけたことを抜かす周囲の冒険者たちを威圧してから、リジナはギルドの出口へと向かっていく。

 ここで、興奮に身を任せるわけにはいかない。先ほどの美声を大切に脳内に記憶しながら、リジナは何とか出口へと歩いていく。


「すげえ! これで、都市を脅かす脅威は、あらかた片付いたな!」

「ほんと、すげぇよ……。フェイン様が来てから、連戦連勝だよな」

「残る脅威度Sの魔物は……黒曜の騎士だったか?」

「ああ、そうだぜ。それだって、もうそのうちフェイン様なら、討伐してくれんだろ!」


 リジナはそんな周りの言葉を聞きながら、歓喜に溢れる冒険者ギルドを離れていった。

 これは、そんな英雄――フェインの物語だ。




―――――――――――

《あとがき》


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