《短編》留学生が家に帰りたいので、日本をどうにかして脱出する話

りんごが好きです(爆音)

プロローグ

「今日こそ故郷に帰ってやる」


 イギリスからの留学生りゅうがくせいことティーナ・ヒルズモービルは変だ。日本にやって来てから、早一ヶ月が経つ。


 なのに本分である勉強に全く打ち込もうとしない。というかさっさと祖国そこくのイギリスへ帰りたがっている。


 ティーナは成績優秀生せいせきゆうしゅうせいとしてイギリスで表彰され、日本への留学が決定したらしい。友人たちや家族にとっては誇らしいことだ。


 だが、本人は『別に普通に勉強してただけだし』『早くイギリスの田舎でゴロゴロしたい』『ステイ先のベッドは固い』などとわたしに吐かす。そのステイ先はわたしの実家であることを忘れてやしないだろうか。


 何はともあれ、ティーナの目的は日本を秘密裏に脱出して故郷のベッドへ飛び込むことらしい。そしてその計画は絶対にバレてはならないらしい。

 

 何故か。

 仮に彼女が素行不良で、先生たちに警戒されていたとする。こっそり欠席して空港まで行ったりでもすれば、きっとすぐステイ先たる私の親へ連絡がいって連れ戻されるだろう。


 ティーナいわく、途中で見つかれば脱出は困難になる(空港や市内で、という話)が、もうイギリスまで着いてしまえばこっちのもんらしい。果たしてその理論は正しいのか。


 守備よく日本を抜け出し、イギリスへ漕ぎ着いたとする。その先で待っているのは、ふかふかの慣れ親しんだベッドではなく途方もない説教で、ため息を漏らすだけではないだろうか。


 こんな話をティーナには何回もして、そのおかしな計画に終止符を打とうと試みた。


 しかし頑固な彼女は『椎名はどうしてわたしに干渉して来るんだ』とじっとりした目で見つめてくる。


 ステイ先で一緒に暮らしてるからだよ! 世話焼き係なんですよわたし! と言いたくなったが、声を荒らげても何にもなりゃしない。そんな感じでちょっと喧嘩っぽくなった時は、黙って駅前にある七百円のクレープを胃袋へ放り込むが吉だ。

 なのに毎度それに着いて来て、わたしと一緒に糖の塊を吸収するティーナの心情はやっぱり分からない。


 クレープを食べながら、ティーナは言う。


「わたし、やっぱり帰るぞ。どんなことでもして、家に帰ってやる」


 壮大な目で言うが、それはただのホームシックだ。帰ったら駄目だ。このクレープも食べられなくなるぞ。


 これは、留学生のティーナが何としても故郷に帰ろうとするのを阻止するわたし、椎名との攻防を描いた話だ。

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