月が落ちた朝に祝福を
星海 探査
一 緊急事態
ある満月の夜。無造作な茶色の長い髪を揺らしながら、モノクルをした少女が学校の寮内の廊下を歩いていく。
彼女の目的地は、この学校最強と言われる生徒の寝室だ。彼女はそこにたどり着くと、トビラをガンガンと蹴り始める。
「ヤグルマ〜?起きなさいよ〜!」
トビラを蹴る音とその呼び声に反応したのか、紺の短い髪にピアスを開けた男が、少し眠そうにしながら部屋の戸を開ける。
「んぁあ?こんな真夜中に一体何の騒ぎだよランリ。俺眠てえんだから勘弁してくれよ……」
「私も眠たいわよ。でも、校長先生におつかいを頼まれちゃったのよ」
「おつかいぃ?」
「ヤグルマを呼んでこいっていうおつかいよ」
「朝に行くって言っといてくれ」
そう言って部屋に戻ろうとするヤグルマを、ランリが素早く制止する。
「緊急の任務だから。はやく来いって言われてんのよ!」
「んじゃあもっと早い時間に言えって言っといてくれ」
「んもー!仕方ないわね!」
ランリは大きくため息をつくと、なにやらブツブツと念仏のようなものを唱えはじめた。それに気づいたヤグルマは慌てて逃げようとしたが、ときすでに遅し。次の瞬間、彼はランリとともに、校長の目の前に立っていた。
「おっ!ランリ、連れてきてくれたか!」
「ヤグルマはすご〜くイヤそうですけどね。で、校長先生、緊急の任務ってなんなんですか?私も眠たいので、早く聞いてとっとと寝て、明日に備えたいんですが?」
どこかケンカ腰になるランリを制止しつつ、ヤグルマが問う。
「ランリ、やめろ。校長先生、こんな真夜中に呼んだんですから、さぞかし重大な任務なんですよね?校内最強の俺が出る必要のある」
「そうといえばそうだ」
校長は資料をヤグルマに向かってポイッと放り投げる。ヤグルマとランリはそれをキャッチし、目を通し始める。
それは、先日起こった事件の資料だった。
「一夜にして狂人討伐学校にいた狂人討伐の生徒、先生が全滅……。犯人は今だわからず……か」
「あぁ、あの事件。似たようなこと、他にも結構起きてますね」
ランリは不気味ですよね、ホントと少し顔をしかめ、ヤグルマは黙ったまま資料を黙々と読み続ける。そんな反応の二人に、校長は続けた。
「そうだな。狂人討伐学校
「犯人の目星はつかないんですか?こんなに続いてるんだから、これまでの在籍記録とか調べればすぐにつけれそうなもんですけど」
しかし、校長は顔をしかめてヤグルマの問いに答える。
「それがそうもいかないんだよ、ヤグルマ。生徒、教師は全滅してるんだ……」
「全滅……?まさか……?」
「まさかではない。跡形もなく、な。そりゃ、在籍記録だって調べようとしたさ。だが、その在籍記録が消えていた」
「はあ?」
「そのまんまだ。在籍記録が残っていない。彼らの存在そのものが消されてしまったかのように……」
「その……なんかアレですけど……。生徒の生きてた痕跡とか、倒された痕跡は……」
「それも残ってない。強力な魔法で一気に片付けたんだろう。痕跡が残らぬうちに全生徒、先生を全滅に追い込んだ……」
校長のその言葉を最後に、彼らはだまりこんだ。生徒の痕跡を残さず、一夜の間にすべてを消し去った謎の人物。ランリが、口を開く。
「それは……。狂人、でしょうか?」
校長はまた、顔をしかめる。狂人とは、ヤグルマたち人間とは対立関係にある種族だ。狂人は人間を襲う。その対策のために、狂人討伐学校というものが作られた。今では、ほとんどの子供たちは狂人討伐学校に進学する。
ランリは深刻そうな顔をするが、ヤグルマが楽観的に言い放つ。
「わかりましたよ、校長先生。で、俺が呼ばれた理由はなんですか?この事件の犯人である狂人を討伐してこいって言うんですか?」
「違う違う。残る狂人討伐学校は少ない。ここが狙われる可能性だって十分にある。そこで、君に頼みたいのは――スカウト活動だ!」
「は?」
「わたしが目をつけとるヤツがいる。そいつをここに引っ張り込んでくれ!」
「いや、なんで俺が」
「ここからが!重要なんだ!」
校長の剣幕に押されたように黙るヤグルマを見、校長は資料をヤグルマに突き出して語りだす。
「わたしが目をつけたのはコイツだ!」
「コルチウム……?銀髪で赤目か。のんきそうなヤツですね。で、コイツ強いんですか?」
「知らん!」
「は?」
「知らんから、最強のお前が手合わせして、使えそうならこの学校に引っ張り込んでこい!」
「……」
「校長先生、強さ、なんでわからないんですか?」
「コイツな、なんか、こう、よくわかんねえんだ。だから、確認してこいってことだ!」
「……不本意ですが分かりましたよ先生。明日、行ってきます」
「ついでにそこ、狂人も出る可能性ある廃村だからな!気をつけろよ〜!」
「結局討伐任務もあんのかよ!?」
「まあまあ、コルチウムと二人で討伐してこい」
そうにこやかに言う校長に呆れつつ、ランリとヤグルマは校長室を後にした。
「はあ……」
「元気ないわね。いつもなら、おっしゃー!行ってくるぜー!って言って飛び出していくのに」
「……俺はそんなふうにお前の目に映ってんのか、ランリ?」
「まあ、スカウト活動が不本意なのは分かるけど、戦力が足りないのは確かよ。今は是が非でも強力な人がほしい。校長はそう言いたかったのよ」
ヤグルマの不満をまるっと聞き流し、ランリはそう説得する。
「で、校長の狙いが分かったところで。お前、ついてきてくれんだよな?」
「え?いかないわよ。私は魔力の研究したいの!」
「お前もか……」
「明日の弁当作ってあげるから、元気だしていってきなさーい!」
「いや、んなんで元気なんて出るわけねえだろ!」
結局、ヤグルマが一人で行くことになったのだった。
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