File 09:土地の古地図と登記簿謄本

資料名:是枝邸 土地関連資料調査報告(是枝徹による私的収集・解析)

収集日:202X年3月17日

提供元:是枝杏奈(編集部への提供は、事件発生後)


【注釈】

File 08で工事中断後、是枝徹は物件の過去を探ることに没頭した。以下の記録は、彼が行政や法務局から取り寄せた資料に、私的な解析を加えたものである。特に「ミナミ」という名前の出所を突き止めようとしている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


資料番号:09-A

件名:明治期・大正期の土地台帳(抜粋)および古地図


【土地の状況(明治22年頃)】

現在の是枝邸(S区■■町三丁目14番地2)の区画は、当時「字(あざ)大石(おおいし)の鼻」と呼ばれていた地域に該当。

地目:田

所有者:■■村共有地


【古地図上の特記事項】

・現在の是枝邸の敷地中心に、非常に古い地蔵を思わせる記号が確認される。これは現在の公図には存在しない。

・この記号のすぐ横に、「水路跡」を示す点線がある。現在の区画の境界線とは完全にズレている。

・近隣の区画には、屋敷や畑を示す文字が書かれているが、是枝邸の区画にだけは「禁足地(きんそくち)」あるいは「捨場(すてば)」を意味するような、判読不能な古い符丁が墨で上書きされている。


是枝徹の私的解析:

「大石の鼻」という地名は、地元でももう使われていない。地図を見ると、この土地はかつて、村落の中心から少し外れた、湿地と水路が交わる場所だったようだ。

地蔵や禁足地の符丁は、この場所が水害や疫病の発生源として忌み嫌われ、村人から隔離されていたことを示すのではないか。

あの家の床下にあった甕(File 07)は、水路跡と何か関係があるのか?

そして、この土地の古い地名が示す「石」は、煉瓦(File 07)や、縦穴から見つかった「小さな石」(File 04の藁人形の眼)と関係があるのかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


資料番号:09-B

件名:是枝邸の土地・建物の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)抜粋


【建物に関する登記記録】

家屋番号:14番2

構造:木造スレート葺2階建

新築年月日:昭和63年8月15日


登記権利者(所有者)の変遷:

初代:昭和63年8月15日登記 —— 鈴木 一郎

二代目:平成10年4月3日登記 —— 佐藤 花子(※鈴木一郎の相続人)

三代目:平成25年1月10日登記 —— 田中 秀明

四代目:令和4年10月1日登記 —— ■■■■(売主。是枝夫妻へ売却直前の所有者)

五代目:令和5年2月14日登記 —— 是枝 徹、是枝 杏奈(現所有者)


是枝徹の私的解析:

この家に住んでいたのは、鈴木、佐藤、田中の三家族。

ここで注目すべきは、佐藤花子が所有権を取得した「平成10年4月3日」の直後、周辺で起こった出来事だ。

(※ここから、徹が独自に検索した古い新聞記事のコピーが貼られている)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(新聞記事コピー:平成10年5月20日付 地域紙抜粋)


【S区で相次ぐ変死事件、関連性捜査へ】

S区内で、この一ヶ月間に高齢者の変死体が二体発見された。いずれも病死と見られているが、遺体の衣服には古い泥が付着しており、共通点が指摘されている。

警察は事件性はないとしているが、一部住民の間では「祟りではないか」という噂が広がり、特に■■町三丁目周辺の住民は不安を募らせている。


(新聞記事コピー:平成10年8月5日付 地域紙抜粋)


【三丁目の地蔵、原因不明の破壊】

■■町三丁目、長年水路跡の近くにあったとされる小さな石造りの地蔵が、何者かによって破壊されているのが発見された。地元住人によると、この地蔵は古い石碑の上に安置されていたもので、過去には「子供の失踪を防ぐ」という言い伝えがあったという。


是枝徹の私的解析:

二代目の所有者である佐藤花子が住んでいた時期(平成10年〜平成25年)に、この家、あるいはこの土地で、何かが起こっている。

新聞記事にある「地蔵」は、古地図(09-A)にあった地蔵の記号と一致するのではないか。

そして、あのカセットテープの「ミナミ」という名前。

もし、あの縦穴が「誰かを閉じ込める」ためのものだとしたら、その誰かは、この時期に、この家で「柱」にされたのではないか。

佐藤花子。この家の最も長く住んだ住人だ。この人物が、あの穴と甕の目的を知っているはずだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


資料番号:09-C

件名:田中秀明(三代目所有者)の残したメモ書き(是枝邸リビングより発見)


(走り書きのようなメモ。日付なし)

もう限界だ。

夜中のドンドンという音。まるで壁の中で、誰かがずっとノックしているみたいだ。

「ミナミ」じゃない。あいつはもう出ていったはずだ。

これは、底から上がってくる音だ。底から。

床下で、水が動く音が聞こえる。ドロドロと、重いものが這いずり回るような音。

地鎮祭をやろうにも、あの土地は誰にも触らせない。

呪われている。あの家は、柱の裏で、まだ呼吸をしている。

早く、早くここから逃げなければ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【編集部による追記】

是枝徹はこの記録作成後、工務店に「工事を再開する」と強く要求した。ただし、リノベーションの目的は「普通の家に戻す」ことではなく、「あの穴の底を確かめる」ことに変わっていた。彼の探求心は、もはや狂気に近い。

妻である杏奈は、この時すでに、夫の異常に気づいていたが、彼を止められない状態にあった。


(File 10へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る