File 05:スマートスピーカー音声ログ「深夜2時の会話」

資料名:是枝邸 現場定点監視デバイス記録(抜粋)

デバイス:AIスマートスピーカー「アミィ」(施主持ち込み)

記録期間:202X年3月8日(金)〜3月11日(月)

提供元:匿名(編集部)


【注釈】

施主である是枝夫妻は、リノベーションの進捗状況を遠隔で確認するため、現場の1階リビング(解体後)にスマートスピーカーを設置していた。通常、このデバイスは起動ワード(「アミィ」)に反応して録音を開始するが、以下のログには起動ワードがないにも関わらず記録された音声が含まれている。


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ログ時刻:202X年3月8日 23:45

(ノイズ:微弱な電波障害音)


(環境音:無人のはずの家屋内に、微かな水の滴る音。壁の向こう側から聞こえる低音の振動音)


(アミィの音声:)

「おやすみなさい。今日の気温は現在6度です。明日の天気予報は曇り、最高気温12度です。」


(注:この応答は、是枝氏のスマホアプリからの遠隔操作によるもので、現場には誰もいない)


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ログ時刻:202X年3月9日 02:03

(ノイズ:突発的な「ザー」という強い砂嵐のような音)


(環境音:静寂。かすかに聞こえる風の音)


(アミィの音声:)

「起動ワードが検出されました。ご用件は何でしょうか?」


(周囲の音声:)

「…………あ……い…………」

(不明瞭な、非常に小さな子供の声。録音位置はスピーカーから1メートル以内と推定される)


(アミィの音声:)

「申し訳ありません、聞き取れませんでした。」


(周囲の音声:)

「…………た……だ……い……ま…………」

(前の声と同じ子供の声。途切れ途切れで、語尾が歪んでいる)


(アミィの音声:)

「現在時刻は午前2時3分です。ご主人様、何かお探しですか?」


(周囲の音声:)

「…………つ…………ら……い…………よ…………」

(非常に細く震える声。直後に、壁を爪で引っ掻くような「カリカリ」という音が数回記録されている)


(ノイズ:突発的な「ドンッ」という衝撃音。録音が停止)


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ログ時刻:202X年3月9日 07:15

(環境音:外部からの車の音、鳥の鳴き声)


(アミィの音声:)

「おはようございます。今日は土曜日です。天気は曇りです。」


(注:この応答は、施主である是枝夫妻が現場に到着し、起動ワードを発したことによる正常な記録再開)


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ログ時刻:202X年3月10日 01:22

(ノイズ:継続的な「低周波」のような振動音。心臓の鼓動に似ている)


(環境音:静寂)


(アミィの音声:)

「起動ワードが検出されました。ご用件は何でしょうか?」


(周囲の音声:)

「…………あ……そ……ぼ……う……よ…………」

(File 04で解析されたカセットテープ内の子供の声と、音質・特徴が酷似している)


(アミィの音声:)

「お遊びのご提案ですね。申し訳ありません、私にその機能はありません。」


(周囲の音声:)

(笑い声。甲高く、ヒステリックな笑い声。急に近くなり、直後に遠ざかる)


(アミィの音声:)

「……ご主人様ですか? 声が遠いようです。」


(周囲の音声:)

「…………ミ……ナ……ミ…………ミ……ナ……ミ…………」

(名前を連呼する声。子供の声と、大人の女性の声が重なっている)


(アミィの音声:)

「検索結果が見つかりませんでした。関連する情報として、S区の南公民館の電話番号を読み上げますか?」


(ノイズ:アミィのスピーカーから「キィィィン」という、ハウリングに近い高周波音が約5秒間発生。録音停止)


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ログ時刻:202X年3月10日 18:30

(ノイズ:なし)


(環境音:施主夫妻の会話)


夫(徹):

「あれ? アミィ、昨日夜中に勝手に起動してね? ログ見たら変なのが残ってたぞ。」


妻(杏奈):

「えー!やだ!誰かの声? いたずら? でも現場は鍵かけてるよね?」


夫(徹):

「わかんない。でも、壁を引っ掻く音とか、なんかゾッとするだろ。夜中の2時だぞ?」


妻(杏奈):

「……でも、それって、前の住人の子供の声だったりして。可哀想に、寂しくて誰かを探してるのかな。」


夫(徹):

「やめろよ。そういうこと言うな。変なもの呼ぶぞ。」


妻(杏奈):

「大丈夫だよ。私たちがリノベして、この家を明るくしてあげるんだから。それに、トオルが言ってたじゃない。この家は『面白い』って。」


夫(徹):

「……そうだな。面白がってるだけだ、俺は。気のせいだ。」


(周囲の音声:)

(夫の言葉の直後、周囲の会話とは明らかに異なる、息を呑むような「ヒュッ」という音が記録されている)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【編集部による追記】

施主である是枝夫妻は、この記録を笑い話として処理しようとしているが、現場監督代理B(File 03、04の記録者)がこの頃から体調を崩し、最終的に現場を離脱していることを考慮すると、この「深夜の会話」は単なる誤作動ではない可能性が高い。

特に、カセットテープ「ミナミ」の子供の声と、ログの声が酷似している点は、過去と現在の異変が結びつき始めていることを示唆している。


(File 06へ続く)

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