第一章第二節
最後の門をくぐった瞬間、七人の前に鋼鉄の迷宮が広がった。鉄骨と配線の網目のように入り組んだ通路、無数の小型センサー、そして昼夜の区切りもない空調室の冷たい光。人力で稼働する機械たちは、微かな振動と音でこの空間を生きているかのように脈打っていた。
「ここからは、さらに危険度が上がる」
シルウァヌスが冷静に指摘する。彼の瞳は光を反射し、計算と予測の数式が頭の中で踊るのが見えるようだ。
「でも、俺たちなら大丈夫だよね!」
イグナティウスは拳を握りしめる。熱血の皮をかぶった理知――彼の言葉には自信が宿る。しかし、私は背後から彼らを見つめ、心の中で小さく呟いた。
「油断するな……」
鉄格子の階段を上がり、七人は次々に通路を抜ける。追っ手の足音が、遠くから、しかし確実に近づいている。私は暗がりで解除した変怪をもう一度行い、体を変形させ、半魔族としての戦闘フォルムを整える。冷静な顔の奥で、血が熱を帯びる。
追っ手が現れたのは、狭い交差通路だった。人間のような顔立ちをした魔族――しかしそれは、私が最も警戒すべき相手ではない。
「まったく……手のかかるクソガキ共だ」
私は低く呟き、蹴り一つで先頭の追跡者を吹き飛ばす。続けて変形した腕で装甲壁を殴打し、振動で後方の通路を封鎖する。七人は息を乱しながらも、その隙に進む。
「大丈夫?!」
アウレリアの声に、私は短く頷く。報告すれば即死刑だ。しかし、その瞬間、胸の奥に湧き上がるのは、彼らの自由を守りたいという願いだけだった。
・通路の構造も、私の視点で少しずつ明らかになる。
・上層には配線と小型動力装置が複雑に絡むメンテナンス通路
・中層は人力で稼働する巨大タービン室
下層には電力を制御する信号室が七つ配置され、七人が通過する経路を微細に制御
七人はこれを瞬時に見抜き、警報の届かない角度を通って進む。センサーの位置、監視カメラの視野、機械の振動パターン――幼いころの英才教育が、ここで光を放つ。
クラウディアは他の誰よりも慎重だ。しかし、私にはその微妙な視線の動きが気になる。彼女の目には、何かまだ隠された計画が宿っているように思えるのだ。
セレニアは静かに前を進む。まるでその歩み一つで場の空気を鎮めているかのようだ。七人の中で、彼女の存在は常に穏やかで、皆を精神的に支える軸となっている。
私は彼らを追跡者から守りつつ、自分の中で葛藤を噛み締める。
「守るべきは命……しかし、この先に何が待っているのか、それを知っているのは彼らだけだ」
扉を一つ、また一つと通過するたびに、追手が迫る。私は蹴散らし、遮断し、七人に安全な道を開く。しかし、その心の奥底で、微かに後悔が芽生える。守りすぎても、未来の選択は彼ら自身が背負わねばならない。
『迷宮の奥深く、光は届かぬ。だが影は希望を映す。最も暗い場所に、最も小さな火がともるとき、真実は静かに目覚める。』
その言葉が胸をよぎる。私はただ、彼らの背中を見送りながら、次の戦闘に備える。
***
七人が最後の通路を進む。通路の壁は薄く、遠くに振動する警報のランプの光が、まるで怒り狂う魔の眼のようにちらつく。追手の足音が、確実に距離を詰めていた。
「あと少しだ……」
ルキアヌスの声に、アウレリアがかすかに微笑む。だが私は、その微笑みにも冷ややかな影があることを見逃さない。希望の裏には、必ず危険が潜んでいるのだ。
その瞬間、追手が角を曲がって飛び込んできた。鉄の体を持つ魔族――彼らは人間と違い、変怪での身体変形で攻撃と防御を瞬時に切り替える。
私は立ち上がり、変怪戦闘フォームに変化させる。手足の筋肉が異様なまでに膨張し、鋭利な爪と硬質の皮膚が形成される。冷静な目で敵を見据え、次の瞬間、蹴り飛ばした。
「まだだ……まだ逃がさぬわけには」
心の中で呟く。しかしその一方で、背後で七人の小さな足音が通路を駆け抜ける。守りたい――この感情と職務の狭間で、胸の奥が締め付けられる。
イグナティウスが叫ぶ。「突っ切るぞ!」
熱血少年の勢いは、理論だけでは動けない仲間をも突き動かす。シルウァヌスは冷静に最短ルートを選び、セレニアはその穏やかさで皆の不安を抑える。
通路はさらに分岐し、上層には冷却装置が並ぶ小部屋、下層には動力室が格納されている。私は追手を一人ずつ蹴散らしつつ、振動でセンサーの誤作動を誘発させ、七人に安全な進路を開く。
クラウディアは一歩遅れる。私はその小さな背中に違和感を覚え、心の奥で警鐘が鳴る。しかし今は、警戒よりも守ることが優先だ。
「……もう少しだ」
最後の扉が視界に入る。厚い鉄製、警報回路は複雑に絡まり、容易に開けられるものではない。しかし七人は迷わず鍵を探し、装置を操作する。ルキアヌスの指先が微細なスイッチに触れると、鉄扉がゆっくりと開き始めた。
追手が迫る――その時、私は決断する。
「行け、クソガキ共……俺が食い止める」
変怪の戦闘フォームで、私は追手を迎え撃つ。蹴り、打撃、変形の腕を駆使し、一人また一人と通路を封鎖する。胸の奥で、彼らの無事を祈る一方で、冷徹な思考が戦闘を制御していた。
最後の一歩、七人が鉄扉をくぐる。私はそれを確認すると、追手の一群に向かって突進する。背後から聞こえる笑い声、叫び声、足音――それは、自由を勝ち取った者たちの生の証でもある。
『光の届かぬ場所で、影は人を守る。誰も知らぬ影が、希望を運ぶ――それは罪でもあり、祝福でもある。』
私はその言葉を胸に刻み、追手を蹴散らしながら、彼らが安全に世界の外へ出ることを祈った。後悔の念が一瞬胸をよぎるが、すぐにそれは薄れた。期待など、最初からしてはいない。だが……彼らの笑顔を、影からでも見たいと願う自分がいた。
七人は無事に脱出する。通路の先に広がる未知の光――人間の世界と交わる並行世界、まだ魔王の支配を免れた領土。彼らの旅はここから始まる。
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