天文学者になれなかった
清瀬 六朗
第1話 「天文学者になればよかった」
さだまさしさんに「天文学者になればよかった」という曲があります。
最初に聴いたときの印象は、
「天文学者がバミューダ・トライアングルやピラミッドパワーの研究をするわけあるか!」
でした。
なまいきでしたからね、そのころ。
「天文学のこともろくに知らずにこんな曲作るんじゃない!」とか思ってましたよ。
でも。
そんなことを言いつつこの曲を覚えていたというのは、やっぱり気に入ってたんだなぁ。
それから何十年かが経ち。
世のなかに生成AIというものが登場したので、ふと
「「天文学者になればよかった」という曲を作ったとき、さだまさしさんは、ほんとうにバミューダ・トライアングルやピラミッドパワーの探究が天文学者の仕事だと思っていたのでしょうか?」
と質問したところ、
「そうではないと思われます」
という回答が返って来ました。
それではどうしてそういう歌詞になったのか? 返答には当時のオカルトブームの説明なども添えられていて。
なんて親切なの?
生成AIって。
……と思いました。
で、次に、そういう詳しい質問ではなく、たんに
「「天文学者になればよかった」ってどういう曲ですか?」
という質問をすると、こんどは
「失恋して現実逃避している歌です」
とか、身も蓋もない返答が返ってきました。
そりゃあ。
そうだけどさぁ。
さっきは「当時のオカルトブームなどもふまえてさださんはこういう歌詞を書いたものと思われます」というところまで
落差大きすぎでしょ?
生成AIの答えって。
……と思いました。
生成AIの回答は、質問(プロンプト)次第なんだなぁ、ということをとても痛感し強く実感した経験でした。
そんなことをやってみて、この曲が世に出てから40年以上経って気づいたのは。
「幸せ」は「設計する」ものなのか、ということが、この曲の問いかけなのではないか、ということでした。
「幸せ」を「設計」して、その「設計」どおりに進んだら「幸せ」、失敗したら「不幸」。
そういうものなのか?
そんなことよりも、予想外のこと、ありそうもないこと、夢みたいなことに出会う。
確率はどんなに小さくても、「こんなことがほんとうにあるんだ!」ということに出会う。予想したことでも、まったく予想しなかったことでも、出会って、見つけて、驚いて、喜ぶ。
「幸せ」ってそういうものなんじゃないの?
「設計」どおりに行かなくても、「設計」なんてしようがない、「設計」のときには想像もしないことに出会うからこそ、楽しいし、「幸せ」なのでは?
ちなみに、現実の天文学者は、「設計」の才能もあったほうがいいと思われます。
それはねえ。
すばる望遠鏡という、世界に一台しかない貴重な望遠鏡の上に、もし望遠鏡の鏡に落としたら回復不能の損害を与えるような巨大カメラを設置するとか。
宇宙機を、電波が往復するのに10分単位とかの時間がかかるような遠い小さい天体に着陸させて、そこから岩石のサンプルを取って、また地球に運んで来るとか。
着陸させるのもたいへんですし、岩石のサンプルを宇宙機から地球に届けるのも非常に難しい。
「投げる」角度がほんの少しでも違っていたら、大気圏の上を素通りして(または大気圏から再脱出して)地球に届かないか、大気で燃え尽きてしまうか。もし届く範囲に投げることができても、ほんの少し角度とタイミングが違うだけで、海に落ちて回収不能、ということも起こりえます。
何が起こるかわからない宇宙で、ほんとうに微妙なところまで、正確にコントロールしなければいけない。
天文学者の仕事ってそういうものなので、現実には「設計」の才能はあったほうがいいでしょう。
でも。
それは、別の話、として。
私自身は、失恋して天文学者になりたいと思ったことはありませんが、小学生の低学年のころ、天文学者になりたいと思っていたことがあります。
しかし、実際には天文学者にはならなかったですし、また、実際に天文学者になるために何かした、ということもありません。
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