デアフライシュ 魔弾の女王

火猫

第1話 ✴︎白い姫と黒い影

 白髪と紫の瞳――その異形の見た目ゆえに、ヴィレ皇女は生まれた瞬間から宮廷の噂の種だった。


 正妃は露骨に顔を歪め、皇帝は短くため息をつくだけ。


 平民上がりの側妃から生まれた娘など、皇族の中では取るに足らぬ存在だった。


 だからこそ、幼いヴィレはもう悟っていた。

 ——この宮で、誰ひとり自分を守る者はいない。


 最初のメイドが与えられたのは、五歳のときだった。


 名をリーゼと言った。


 痩せぎすで、手首には細かな傷跡がいくつもあった。


 気弱そうに見えたが、その眼だけは静かな獣のように光っていた。


「今日から、あなたの世話をします。……ヴィレ皇女殿下」


 ヴィレは少し首を傾げた。

 この女は、他の使用人たちのように蔑む視線を向けてこない。


 むしろ、警戒している。


 まるで“自分が危険な存在だと知っている”ように。


「逃げないの?」

「逃げる理由がございません」


「ふーん……じゃあ、ついてきて」


 そう言って宮廷の裏庭へ向かった。

 そこは警備が手薄で、よく不審者が侵入することで知られていた。

 ヴィレは小さな影が動くのを見つけると、迷いなく駆け寄った。


 捕まったのは、粗末な短剣を持つ少年の盗賊だった。

 驚愕する彼に、幼い皇女は平然と問いかける。


「あなた、殺したら怒られるのかな?」


 リーゼが息を呑んだ瞬間、少年は恐怖で刃を振り上げた。

 しかし、先に動いたのはヴィレだ。


 転生による特典――詠唱不要の魔弾。


 その光点が手のひらに生まれ、ぱち、と弱い音を立てて放たれた。


 次の瞬間、少年は倒れていた。

 胸に空いた小さな穴からじわじわと赤が広がる。

 その光景を見ても、ヴィレは眉ひとつ動かさない。


「音がショボいの、なんとかならないかな。もっと、こう……迫力がほしいのに」


 その言葉に、リーゼは悟った。

 

——この子は天性の“殺す側”だ。


 だが、それを咎める者はここにはいない。

 むしろ放置され、いずれ使い潰されるだろう。


 ならば。


「殿下。……後始末は、私がします」


 ヴィレが振り返る。

 紫の瞳が、初めて興味を帯びた。


「できるの? あなた」

「はい。慣れておりますので」


「……ふーん。いいね。じゃあ、これからもそうして」


 その瞬間、二人の間に奇妙な静けさが生まれた。

 主と従者という関係には収まりきらない、しかし確かに“依存”の芽吹きがあった。


 ヴィレは思う。

 ——この女は逃げない。私を拒まない。

 初めて得た“使える存在”に、小さな安堵を覚えた。


 リーゼもまた思う。

 ——この子に仕える限り、私は不要にはならない。

 その確信が、暗い闇の中で唯一の温かさに変わっていた。


 こうして、白い皇女と黒い影は出会った。

 血のにおいを前にしても動じない二人の運命は、この日から静かに絡み合い、決して解けることはなくなる。

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