『灰の英雄譚』

kuroeru

第1話  転生と初陣

水晶のように透き通った音が頭蓋に響く。


瞼を開くとそこは見知らぬ天井だった。薄暗い照明と金属板が張り巡らされた空間——医療ベッドだ。


「……ここは?」


喉から出た声が別人のように聞こえる。思わず首筋を擦ろうとしたが手に違和感があった。痩せた筋肉質の手。掌には深い剣胼胝すらある。


(俺は確か……普通の会社員だったはずだが)


記憶は不自然に断絶している。デスクワーク中の微睡みから一転、戦場の喧噪に叩き落とされたような感触だ。


「意識戻りましたね」


白衣の看護師が顔を覗き込む。制服の肩章には二つの星。上級曹長の証だ。


「君は地方駐屯地での事故に巻き込まれた。運良くコクピットは原型を保っていたが……記憶障害が残る可能性もあるそうだ」


「事故……?」疑念が浮かぶが彼女の瞳に偽りは見えない。「それと……私は一体……」


「安心しろ。記録上は君も含めて三人が奇跡的に生還した。残る二人は別の病棟で治療中だ」


ベッド脇の端末パネルを操作する看護師。モニタに投影されたデータは断片的でぼやけていた。


> 戦士階級:兵長

> 所属:北方防衛ライン第七小隊

> 操縦機:《グレイハウンド Mk.II》

> 脳内ログ:正常稼働中(一部曖昧)


(兵長……?)


愕然とする暇もなくドアが開き、強面の男性士官が入ってきた。首の勲章は大尉を示す。


「起きたか。名前を思い出せるか?」


「……分かりません」


「まあいい。今朝の記憶チェックテストでは“個人特定番号”しか残っていなかった。それだけで充分だ」大尉は机にタブレットを叩きつけた。「明朝六〇〇、格納庫に集合。操縦資格は生きてる。現場復帰だ」


「待ってください!記憶が……」


「心配ない。脳内リンクを参照すれば“体が覚えている”。これが現代戦争の常識だ」


看護師に退室を促された大尉は去り際に告げる。


「君の機体は《グレイハウンド Mk.II》。量産型の灰色狼だ。無理して仲間を庇おうとするな。君も灰色なんだ。群れに溶け込め」

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